厚岸のウイスキー蒸溜所、
来年秋、ついに蒸溜開始!
<前編>

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厚岸のウイスキー蒸溜所、
来年秋、ついに蒸溜開始!
<前編>

#Pick up

樋田恵一さん by「厚岸蒸溜所」

「道東初のウイスキー蒸溜所建設」が発表されたのが昨年秋のこと。今年の夏にはホームページも出来上がり、施設建設も着工、いよいよ動き出した厚岸ウイスキー。目指す味わいをいち早くお伝えしよう。

文:Ryoko Kuraishi

北海道の南東部に位置する厚岸町。別寒辺牛湿原はピートも豊富で、夏は海流の影響で霧が発生しやすい。

「クラフト」と呼ばれる、小規模蒸溜所で造られる個性豊かなスピリッツが世界的なトレンドとなっているいま、日本に新たなクラフトウイスキーが誕生する。
北海道厚岸にて、来秋蒸溜を開始する「厚岸蒸溜所」がそれだ。
道東初のウイスキーとして注目を集める厚岸蒸溜所のウイスキー造りについて、代表取締役の樋田恵一さんにインタビュー!
果たして厚岸蒸溜所の目指すウイスキーとは?


昨秋発表された、新たなジャパニーズウイスキー蒸溜所、「厚岸蒸溜所」の建設計画。
北海道・厚岸町にてモルトウイスキーを生産するという。
手がけるのは、食品原材料の輸入や酒類の輸出を手がける堅展実業だ。


「初めてウイスキーを飲んだのは学生時代のことでした」と、堅展実業の代表取締役、樋田社長。
当初は周囲の大人たちに勧められるままにバーボンのソーダ割りを飲んでいたそうだが、オーセンティックなバーに足を運ぶようになってウイスキーの奥深い味わいにすっかり魅了されてしまった。

ポットスチルは、ウォッシュスチルとスピリットスチルをスコットランドのフォーサイス社に依頼した。

「いろいろな蒸溜所のウイスキーを試しましたが、中でも心惹かれたのがアイラモルト。
あのピート特有のスモーキーな味わいは衝撃的でしたね。
以来、いつか自分もアイラモルトのようなウイスキーを造ってみたい、それもスコットランドの伝統的な手法で、なんて夢を漠然と抱くようになったんです」


ジャパニーズウイスキー・ブームを受けて、その夢は以外に早くかなうことになる。
食料品原材料の輸入を行う堅展実業では酒類も取り扱っている。
国内で仕入れた原酒を海外へ輸出しているのだが、近年のウイスキー人気を受け、原酒が手に入りづらい状況に陥っていた。
ならば独自にウイスキーを造り、販売・輸出すればいい。
堅展実業はついに、樋田社長念願のウイスキー造りへ乗り出すことになった。


「蒸溜後、最低でも3年の貯蔵・熟成期間を要するウイスキーは、投資から回収までに長い時間がかかります。
ウイスキーが収益を生むまでの間をどうまかなうのか。
ビジネスとして捉えると、冒険であることに変わりはありません。
幸い、本業が順調なことから株主の理解も得られ、ようやく事業計画を立てる事ができたんです」

人口200人足らずの小さな島、ジュラ島の「アイルオブジュラ蒸溜所」を訪ねた樋田社長と蒸溜責任者の田中隆志さん。

目指すウイスキーの第一段階はやはりスコッチウイスキーだ。
蒸溜所の建設地には、アイラ島とよく似た風土を持つ北海道厚岸町に決めた。
はじめて厚岸を訪れたとき、海霧に覆われた湿原の様子があまりにも自分の想像通りで、蒸溜所を造るならここしかない!とピンときた。


アイラ島に似た場所なら、スコットランドの伝統的製法で造りたい。
そこで重要な設備はスコットランドから取り寄せることになった。
ポットスチルはフォーサイス社に発注済みで、現地のエンジニアが厚岸蒸溜所のニーズにあったスチルを設計してくれている。
モルトもスコットランドから輸入する。


「とはいえ、アイラ島で造るからアイラモルトになるわけで、厚岸で造ればそこには必ず、厚岸らしさが加わるはず。
この『厚岸らしさ』こそ、私たちが厚岸に魅せられた理由なんです」


なぜ厚岸を選んだのかというと、ここではピートが取れるから。
しかもここには海と山があり、いろいろなタイプのピートが手に入る。
植生が違うからピートの質はアイラとは異なるが、目指すウイスキーによってピートを使い分けるようなことも可能。
まさにウイスキー造りにぴったりの土地なのだ。


「同じ厚岸町内で場所を探し、大麦の栽培も始めようと思っています。
地場のピートと大麦で厚岸のモルトをつくり、そこにスコットランド伝統の製法を取り入れ、厚岸独自の味わいを探っていきたい。
最終的な目標は、世界のどこにもない厚岸だけの味わいですから」

熟成樽はバーボン樽、シェリー樽と入手困難なミズナラ樽を用いる。国内唯一の独立系洋樽メーカー、有明産業の樽を導入予定だ。

インタビューの合間に、計画が立ち上がった2013年から進めているという試験熟成のテイスティングをさせてもらった。
国内2カ所の蒸溜所から買い取った原酒を、バーボン樽とシェリー樽で熟成させたものだ。
1年半足らずの熟成だというが、想像以上に深みのある味わいに驚いた。
いわく、寒いときでマイナス20℃、夏には25℃という寒暖差のためか、樽内の熟成が思った以上に早く進むそう。


さて、樋田社長は7月、製造ラインの担当者とともにスコットランドに飛んだ。
ポットスチルの設計についてフォーサイス社のエンジニアと話を詰めつつ、現地の蒸溜所を視察するためだ。


およそ2週間の旅程でアイラ島とジュラ島すべての蒸溜所を、メインランドではフォーサイス周辺の蒸溜所を見学した。
「キルホーマン、アードベッグ、ラフロイグ……、現地で本物を見る・触れることは大切ですね。
早くここに近づきたいという思いが具体的になってきますから。
各蒸溜所のスタッフも『なんでも質問してくれ』というウェルカムなムードで迎えてくれ、勉強になりました。
実際に製造を担当する者も連れて行ったんですが、私が帰国した後も現地に残り、視察を続けたようです」

スコットランド視察旅行で訪れたブルイックラディ蒸留所では、マスターディスティラーのジム・マッキュワン氏とニューメイクのテイスティングも体験。

蒸溜責任者である田中隆志さんによれば、「スコットランドでいちばん興味深かったのは、蒸溜所ごとの製法の違い」とのこと。


「全ての工程に違いがありました。
例えば麦芽の粉砕度合いや、マッシングの加水回数。
発酵も、短いところでは40時間程度ですが、長いところは100時間を超えます。
蒸溜も蒸溜所ごとにポットスチルの形やミドルカットのタイミングが異なりますし、樽詰めの度数もさまざま。
さらに樽の種類もバーボンやシェリー、ワインなどバリエーションがあります。
出来るウイスキーの個性に関与するパラメータは無限にあるということを、自分の目で見て実感できたことは大変勉強になりました」


ウイスキーは地酒であると同時に、造り手の技術と情熱で出来上がっている。
スコットランドでの体験はそんなことを確信させ、熱い情熱と技術でもって厚岸なりの地酒造りに取り組みたいと思わせてくれたそう。


また、偶然、取材旅行中の土屋守さんにお会いし、取材に同行できた、なんてハプニングも。
取材風景を真近で見られたことも、勉強になったそうだ。


後編では実際の蒸溜所の設備プラン、厚岸の地場の食材とのマリアージュなど、さまざまな角度から厚岸蒸溜所が目指すウイスキーの形をお伝えする。


後編に続く。

SHOP INFORMATION

厚岸蒸溜所
北海道厚岸郡厚岸町宮園4丁目109
URL:http://akkeshi-distillery.com

SPECIAL FEATURE特別取材