バーショー開催直前スペシャル、
業界きっての国際派に密着!
<後編>

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バーショー開催直前スペシャル、
業界きっての国際派に密着!
<後編>

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上野秀嗣さん by「BAR HIGH FIVE」

バー業界きっての国際派、上野さんには海外からのラブコールも多数。来日するバーテンダーに、東京案内を頼まれることもしばしばだ。後編では、そんな上野さんの東京ツアーに密着。海外と日本のバーテンダー、それぞれのスタイルについて思うこととは?

文:Ryoko Kuraishi

左はスペインから来日したパオロ。東京に1年間滞在し、ジャパニーズ・バーテンディングを学ぶ予定だとか。さっそく、合羽橋・山下食器でバーツールをチェックする。Photos by Tetsuya Yamamoto

とある平日の午後。
上野さんと待ち合わせたのは東京・合羽橋。
今日はバルセロナから来日したばかりというイタリア人バーテンダー、パオロ・デ・ベヌート氏を、上野さんが恒例の“ツアー”に連れていくというというので、同行させてもらうことになった。


年間およそ十数名の海外バーテンダーに東京案内を頼まれるという上野さん。
その多くはシェイカーやミキシンググラス、ナイフなど日本のバーツールや道具に興味を持っているそうで、そんな彼らを案内する際の鉄板ルートがあるんだとか。


まずは一軒目、合羽橋にある山下食器へ。
幅広いし品揃えはもちろん、クレジットカードが使え、かつタックスリファウンドができるなどサービスが充実しているので、海外バーテンダーにおすすめしている店だそう。
ここでは定番のシェイカーやバースプーン、グラスなどをみてまわる。


最初に手に取ったのは、ユキワのバロンシェイカー。
「日本のツールはスゴくシンプルで、でもシンプルだからこその奥深さがある。
それは表面からはわからないものだよね。
使い込んでみてはじめて、良さを実感できるものだと思う。
バーテンディングしかり、ヨーロッパのスタイルと日本のスタイルは全く違うものだと思うよ」(パオロ)


「若いバーテンダーがこうして何かを日本で学びたいと、一生懸命お金を貯めてやってきてくれるんだから、人としてその気持に応えてあげたいですよね。
それはバーテンダーだけでなく、一般のツーリストでもそう。
彼らが日本で何かをつかむためのお手伝いをするのが、自分の役割だと思っています」(上野)

パオロも大興奮する釜浅商店、刃物コーナーにて。

次に向かったのは、同じ界隈にある老舗の釜浅商店。
上野さん自身が昔から通っている店でもある。
日本の丸氷が海外で注目されるようになって、海外からの客人をアテンドすることが多くなった。
なかでも、海外のバーテンダーに上野さんがおすすめするのがこちらのペティナイフである(写真下)。


「ペティナイフの一種なんですが、特にこれは氷を削るのに具合がいい。
刃渡りが長いナイフを10年くらい研いでいるとこのくらいの長さになるんだけど、彼らはそんなに待てないので(笑)、こういうものをあるメーカーに作ってもらっているんです」(上野)


見せてくれたのは切っ先を丸く、あごも角度を落としてあるステンレス製のペティナイフ。
柄は黒、刃渡りも短く仕上げてある。
これに名前を刻印してもらうのが彼らにとってのステータスだそうで、もちろんパオロも前回来日時に入手済みだ。
「スーパーエレガントでプロフェッショナル!
これぞ和の道具って感じだよね」(パオロ)
「バーツールはもちろん、料理道具を見たいというリクエストも多くて、日本の道具への興味のたかまりを感じますね」(上野)


続いて、海外でも名の知られている浅草の創吉へ。
ここはグラスほかオリジナルのバーツールも扱っている。
プロのバーテンダーがお店で使えるようなデリケートなグラスや、バーテンダーに直接ヒアリングを行い使い勝手を追求して開発したという、ここでしか手に入らない道具を探す。

上野さんおすすめのペティナイフがこちら。刃はステンレス製。

ショッピングを終えたら近くの「神谷バー」へ移動。
「電気ブランと和風のおつまみを食べながら、ここで戦利品を広げてあれこれ感想を述べあうのがいつものパターン」なのだそう。
実際、パオロも前回来日した際は、スーツケースいっぱいの道具やグラスを購入し、電気ブランを頼んだとか。


さて、神谷バーではビールを飲みながら、2人の話に耳を傾ける。
「日本のバーテンディングに興味を持ったのは、youtubeがきっかけ。
動画を見て興味を持つようになって。
バーテンディングはもちろん、日本のホスピタリティを学びたくて日本にきたんだ。
バーの世界ではホスピタリティがなによりも大切だと思うから」(パオロ)
「海外の大会で審査員をしていて思うけれど、最近海外でもそういうバーテンダーが増えてきたね。
少し前なら『ホスピタリティ』なんて口にする西洋人は、ただの一人もいなかった(笑)」(上野)


海外と日本、どちらのバー&バーテンダー事情にも詳しい上野さんからすれば、両者に共通してある危惧を抱いているそう。
「日本のバーの世界には、バーテンダーは5年、10年と技を磨いて切磋琢磨し、明けても暮れてもバーテンディングのことばかり考える『修業』期間を経て、やっと愛されるバーテンダーになる……そんな考え方が根付いていたと思うんです。


ところがここ7、8年、どうもそうした風潮が薄れているように感じます。
たとえば日本で大した修業をしていないのに、海外志向を抱くバーテンダー。
逆に海外でも、3ピースのシェイカーを持ってハードシェイクもどきを披露する若いバーテンダーを見かけるようになりました」

ショッピングツアーの最後はご存知、浅草の創吉へ。

「あるいは水の質を考えずに、いたずらに氷を丸く削ったり、容量、ストロークも違うボストンシェイカーを、まるで3ピースのように扱っていたり。
つまり、表面しか掬いとっていないわけです。


SNSやYoutubeで世界のさまざまな情報を一瞬で手に入れられる時代、外の情報に触れることは大いに刺激になるし、自分のためにもなる。
しかし、その情報の多様さに惑わされているんじゃないですかねえ。
新しい情報を追いかける前に、自らのアイデンティティを強く意識して、一つ一つの技や所作を掘り下げて、咀嚼して、自らのものにする——まずはそれが大切なんじゃないでしょうか」


いわば、バーテンダーとしての原点回帰を説いているわけだが、上野さんがジャッジを務める「ディアジオ ワールドクラス」では特にその傾向が顕著であると感じた。


「一時期多かったドライアイスやさまざまな機材を使ってパフォーマンスを行うバーテンダーは、ほとんどいなくなりました。
そもそもね、エル・ブジに代表される窒素ガスを使う手法だって、料理の世界でいえば20年も前に確立されたもの。
シェフが出場する大会では、いまどきそんな技法を使う人はいないですよね、『何を今さら』って。
20年前の手法だとわかってやるならいいのですが、この技法を『先進的』とか『進化系』と思っているなら、業界として恥ずかしい。
『顧客を満足させる』といった意味では、それがモナキュラーでもフレアーでも、何でも出来ないよりは出来る方がいいとは思っています。
こう見えても結構『受け入れる心』はある方なんですよ(笑)」

ツアーの締めは神谷バー。「時間があるときは浅草寺へ連れて行くことも」

「こういうことをインタビューで答えると、あまりのドメスティックぶりにインタビュアーに驚かれるんですが(笑)、僕自身は自分のことを『まったく海外の影響を受けていない在来種みたいなもの』と考えています。
海外に行く機会が多いゆえ、珍しいこと、新しい情報は手に入るので勘違いされがちなんですが、新しいものを求めて出かけているわけじゃないんです。
実際は真逆で、海外で日本のバーテンディングの情報を求める人に与えに行っているんですね」


世界のバーを見て来たからこそ、日本のバーの特殊性がよくわかる。
「日本のバーの世界ってやっぱり、ちょっと特殊な進化を遂げてきたんですね。
保守的だし、職人気質のバーテンダーが多い。
そういう意味では日本のバーって、こういうスタイルである程度完結しているし、だからこそ僕は海外で重宝されているのだろうと思います。
ですので、自分は長年培ってきた自分のスタイルを未来永劫貫いていこうと思います」


いま自分のバーテンダー人生を振り返ると、もはや外から何かを学ぶ段階は過ぎた、そんな風に思えるようになったという。


「学ぶというよりも自分がいまやっていることがベストなのか、より良い方法はないのか常に自分に問いかけながら、確認しながら日々、自分の仕事に向き合っています。
それでもある日、なにか......気づきとかひらめきのようなものが『ふっ』と降りてくることがあるんですよね。
いつになってもその感覚を味わえる、そこがバーテンダーという仕事の面白さなんでしょうね」


「と言いつつ本、音を言えば」とそっと教えてくれた上野さん。
「以前勤めていたお店のマスター(スタア・バー・ギンザの岸久氏)には、いまだに驚かされるような刺激を受けたりするんですけれどね(笑)」

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