
PICK UPピックアップ
2025年注目のバーテンダーは誰だ!?
どりぷら編集部的期待のU30をご紹介。
- 後編 -
#Pick up
山田采弥/Yamada Ayane/Mixology Heritage、硲真人/Hazama Mahito/watoto
文:Ryoko Kuraishi
「A SPECTACULAR DISCOVERY」でのプレゼンテーションの様子。
山田采弥さん/Mixology Heritage(東京、日比谷)
コロナをきっかけに、大学をやめてバーテンダーへ。
後編でご紹介するのは、東京・日比谷「Mixology Heritage」の山田采弥さん。2000年生まれの山田さんは、コロナ禍をきっかけに大学を中退し、バーテンダーとしてのキャリアをスタート。
当時、アルバイトをしていたフレンチレストランがコロナ禍で閉店。そこの常連客に紹介してもらったのが、ウイスキー専門バーだった。
「当時はまだ20歳になっていなかったので、氷の仕込みなど下働きを行なっていましたが、傍から見てもカウンターでの接客は楽しそうでした。
その後、会員制施設内にあるバーに移り、21歳の誕生日を目前に、本格的にバーテンダーの道に進むことを決意。2021年秋にSpirits & Sharingの面接を受けました」
大学時代、経営学部でマーケティングを学んでいた山田さんは、「会計業務でも事務作業でもなんでもやります!」と熱烈にアピールしたが、当初は「お酒の味も知らないでしょ?」とまったく相手にされなかった。
ところが、新規開業における人手不足からか、はたまた山田さんの熱意が通じたのか、翌年初めに「Memento mori」のスタッフとして採用されることになる。
Spirits & Sharingのバーテンダーとして3年目を迎えた昨年は、転機の年となった。
ウッドフォードリザーブが主催したカクテルコンペ「A SPECTACULAR DISCOVERY」ジャパンファイナルで準優勝を果たしたのである。
「自分を変えたい、視野を広げたいと思って初めてカクテルコンペに挑戦してみたところ、思いがけない結果を残すことができました。
これまで、『コンペ=結果』だと思っていたけれど、参加したバーテンダーとの間に生まれるつながりこそが糧なんだと実感。コンペ観が変わりました!」
写真左:ウッドフォードリザーブを使った「Osme Fashioned」は、トップノートからミドル、ラストにかけて、まるで香水のように変化するアロマを実現したカクテル。「身に纏うだけではなく、上質な香りを飲むという愉しみをカクテルで提案しようと思った」と制作意図を語ってくれた。ウッドフォードリザーブの骨太なボディと心地よいウッディな余韻に、自家製金木犀シロップの繊細な香り、ベルガモットの軽やかな苦味が調和している。写真右:カクテルレシピを作成する際のメモ。上はスピリッツの中にある要素を書き出したもの、下は香水のフレーバーノートを参考にしたもの。
初コンペで準優勝!大きなステップアップとなった「A SPECTACULAR DISCOVERY」。
「NEW オールドファッションド」をテーマにしたオリジナルカクテルを競うこの大会のために、山田さんはウッドフォードリザーブと自家製金木犀シロップで、香水のようなフレーバーノートをもつ一杯を考案てした。
普段からカクテルのレシピ作成においては、香水のフレーバーノートのようなチャートを作成しているそう。トップノート、ミドルノート、ラストノートそれぞれの、フレーバーの相性を考えてレシピを組み立てるのだ。
「アナログで非効率に思えるかもしれませんが、大学のマーケティングの授業で『可視化しろ』と言われたことを思い出し、毎回、フレーバーノートを作っています。
書き出すことで、どういうフレーバーが必要なのか、なにを加えればいいのかが見えてきます」
「A SPECTACULAR DISCOVERY」で好成績を残したおかげで、8月にはタイでゲストシフトも実現。これが初海外だったという山田さん。
毎週、どこかしらで新しいバーがオープンしているというバンコクでは、ダイナミックなアジアのムーブメントを目の当たりにし、大いに刺激を受けたとか。
「面白かったのは『Opm.bkk』。特にメニューの作り方が参考になりました。ブック型のメニューで、地図の中に地域の食材や食文化がマッピングされているんです。
『Mixology Heritage』のメニュー作りを担当していることもあり、土地ごとのストーリーをわかりやすく紹介し、飲み手に選ぶ楽しさを提供する構成が参考になりました」
そんな山田さんの2025年の目標は「技術の向上と、海外でのゲストシフト!」。
「あらためて基礎技術にフォーカスしたいと思い、弊社の伊藤(学さん)のもとでクラシックカクテルを学び直しているところです。
『A SPECTACULAR DISCOVERY』で評価されたのも、クラシックカクテルを大切にする『Mixology Heritage』で学んだことを生かせたからだと思っています。
ミクソロジーは、クラシックの基礎があってこそ。技術力を強化する1年にしたいですね」
バーテンダーとしてさらなる高みを目指す山田さんの2025年にご期待ください。
カクテルメイキングもコーヒーロースティングも蒸留も!と、まさに死角なしの硲真人さん(写真右)。写真左のカクテルは「能登檜葉の香りのギムレット」。「watoto」のオープンに合わせて石川県の材木店から仕入れた能登檜葉の建具、その端材を減圧蒸留して香りを抽出し、京丹後の気鋭のクラフトジン「舞輪源」と合わせた。
硲真人さん/watoto(京都、京都市)
自身のルーツである小浜と京都の”いいもの”をキュレート。
京都・下鴨神社の隣に、自らのバー「watoto」をオープンしたばかりの硲真人さんは、2001年生まれの23歳。
築110年の古民家を改装した「watoto」は、生まれ育った福井県小浜市の山間の集落で両親が営んでいた「cafe watoto」を再編集したスポットだ。
日中は「cafe watoto」で提供していた“ゆる薬膳料理”を味わえるカフェ、夕方以降は下鴨神社の井戸水を使ったカクテルやモクテル、コーヒーを提供する。
「watoto」のコンセプトは、「福井県&京都の、知られざる作り手や生産者に光をあてること」。カクテルに使われる副材料は、小浜市の隣町で環境保全活動に携わりながら薬草を研究する施設のボタニカル、自給自足生活を営む生産者による自然栽培の食などなど、ユニークな生産者が丹精込めて育てたもの。
それだけでなく、店内を飾る建具や織物、グラスやうつわにもそれぞれにストーリーがある。「watoto」は、こうした作り手のストーリーを伝えるギャラリーのような空間なのだ。
「watoto」の前身である「cafe watoto」もただのカフェでなかった。”現代の寺子屋”をイメージした学びの場として2012年にスタートしたこちらには、写真家や作家、ミュージシャン、自然農の担い手など、大人から子どまでがボーダーレスに集まって、独特のコミュニティを築いていた。
子どものときから店を手伝っていた硲さんは、両親やここに集まる彼らに大きな影響を受けたようだ。中学生のときに見よう見まねでコーヒーの焙煎を始め、その後、鍋ややかんといったキッチン道具を組み合わせて自家製蒸留器を製作し、蒸留も行うようになったというから恐るべし。
「『cafe watoto』に集まる人たちはみなクリエティブなアイデアを持っていて、それに触発されていました。そうした経験から、大学を卒業した後は飲食の道に進み、『cafe watoto』のような場作りに取り組みたいと思うようになりました」
バックバーに並ぶスピリッツやリキュールはもちろん、内装に用いた建具からグラスの一つ一つに至るまで、ストーリーのあるものだけを厳選した「watoto」。硲さんの審美眼が光るこちらは、2025年の京都のバーシーンの台風の目になりそう。
下鴨神社の「水」を生かしたカクテルメイキング。
ところが大学入学と同時にコロナ禍に見舞われてしまう。オンライン授業にやりがいを見出せずそのまま退学。中学生のときから行っていたコーヒー焙煎を極めようと、京都の某スペシャルティコーヒー専門店の焙煎所に勤め、焙煎を一手に担うようになる。
アルコール解禁の20歳になると同時に、「喫酒幾星」に入店。「幾星 京都蒸留室」ができるとそちらに移り、蒸留三昧の1年半を過ごした。
家族とともに京都で「watoto」を営むことになり、昨年、「幾星 京都蒸留室」を退社。現在に至る。
「自分のことをバーテンダーとは思えない」という硲さんだが、カクテルは大好き。とくにカルヴァドスやフルーツを原料にしたスピリッツ全般が好きで、これらをベースにカクテルを作ることが多いそう。
そんな硲さん、今後はリキュール造りにも挑戦するそう。
「watotoの設計と施工は、小浜の『cafe watoto』を手掛けた同じチームにお願いしましたが、実はその建築事務所の代表が、小浜市にある造り酒屋、小浜酒造の生まれなんです。そんな縁もあって、小浜酒造と一緒に何かやろう!という話が出ています。
下鴨神社の隣というロケーションを生かし、御神酒のリキュールのようなものを造って下鴨神社の参拝客に振舞えたらいいな、なんて考えています」
カクテルメイキングにおいては、水の神さまを祀る下鴨神社に敬意を表し、「蒸留の技法を取り入れ、水の大切さを伝える場にしていきたい」という硲さん。
「水、生産者、食文化、土地の物語。伝えたいことはたくさんあります。
バーともカフェとも一味違う、小浜と京都、それぞれの物語を発信するコミュニティとして機能していく場になっていけばいいですね」