植物と共にあるレストラン「maruta」、
ここでしかできないドリンクのこと。
<後編>

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植物と共にあるレストラン「maruta」、
ここでしかできないドリンクのこと。
<後編>

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Toyama Hiroyuki/外山博之 by「maruta」

庭で採ったハーブや果実をドリンクや料理に生かし、ここでしかできない食体験をさせてくれる「maruta」。前編に続いてある日の手製ドリンクを紹介しながら、根底にある想いを聞いていく。

文:Yumiko Numa 撮影:Sonia Cao

ワインはボルドーの南の集落で造られる“L'ile Rouge(リル・ルージュ)”を。メルローのみで醸された凝縮感とニンニクやネギと同じ香り成分を持つ。そこに肉醤を垂らすことで、いっそう薪焼きに寄り添える。Photos by Sonia Cao

ワインに旨味を足したり、庭で採れた植物を生かしてカクテルをつくったり。

2021年に入り、さらにその独自性と実験的取り組みが増しているレストラン「maruta 」。

後編で紹介するのは、外山博之さんが一手に引き受けるドリンク。

庭で焙じたウェルカムティー、そしてドリンクカウンタ―でリクエストする食前酒に続く、ある日のドリンクを追いかけた。

「肉料理を提供するタイミングで、ワインをお出しすることもあります。

薪焼き特有の風味に寄り添うよう、凝縮感や土臭さ(硫黄化合物)のある赤ワインを抜栓してから2,3週間置き、そこに肉醤をほんの少し垂らします。

すると熟成した古酒のようなニュアンスが出るんです」 

肉醤とは、料理で出た肉の端材を煮詰め、旨味をぎゅっと濃縮したものだ。

カクテル的なドリンクを提供することもある。たとえば、自家製キルシュと、庭のイチジクと八重桜の葉を使用した発酵茶を合わせたカクテルだ。

リキュールは、本来鑑賞用に育てられた三鷹産のシナミザクラの実と、ズブロッカ草をウォッカに漬け込み、氷砂糖を加えたもの。

そこに、同じく庭で採ったイチジクと八重桜の葉で手もみの紅茶をつくり、その紅茶を薪火で焙じてお茶を淹れて合わせている。

実は、これらの素材はクマリンという桜餅のような香り成分が共通しているのだが、外山さんはそんな難しいことは言わない。

香り成分や料理との相性を重視して、このドリンクが生まれたのではなく、あくまでその時季に採れる素材を主役として考えた結果がこうなっているからだ。

「香りだけ甘いので、料理の邪魔をしません。お茶を多めにすれば食中に、リキュールを多めにすれば食後酒として愉しめます」

自家製キルシュと発酵茶のカクテルをつくる外山博之さん。ほんのり甘やかな桜の香りが印象的で、肉料理を食べた後のリフレッシュカクテルとしても存在感を放ちそうだ。

外山さんは言う。

「最近いいな、と思っているのは、ヤマモモなりブルーベリーなり、主となる素材でジュースを搾るだけでなく、その搾りかすもリキュールづくりに活用して循環させることです。

搾ったあとでもすごく香りがいいのです。ウォッカやスピリタスに漬けてリキュールをつくると、それだけで一つのアイテムが加わります。

それでも余ってしまうので、ワインを合わせてビネガーをつくったりもします」

「maruta」のドリンクは、その時季に庭や近隣の採れるものが主役だから、料理が変わったからといって、ドリンクもがらりと変わるということはない。

「フレッシュな植物がある時季は、それを生かしたお酒に。

秋冬は、乾燥させたものを漬け込んでみる予定です。

旬の感じ方というのは、フレッシュなものを食べることだけでなく、一番香りがいい時季に採ったものの、その香りを映したものを味わうことにもあると思うのです」

外山さんが「marutaではペアリングをやりません」と言った真意は、もちろんペアリングを否定しているわけではない。

本気でやるとなったら、庭にあるものだけではどうしてもまかなえなくなってしまうことも、理由のひとつなのだ。 

薪火で茶葉を焙じ、薪火で炊いた湯で、紅茶を淹れる。手間と時間をかけた、なんとも贅沢な一杯だ。

バーテンダーとソムリエ。そのすべての経験が今に生きている。 

多彩な素材がふんだんに手に入る環境とはいえ、外山さんが創るドリンクはラフで緻密、繊細でいて大胆である。その発想はどこからやってくるのか?

「ワインに混ぜ物をするなんて、ソムリエからしたらタブーです。

でも僕は、料理をおいしくするには大事なことだと思っています。その辺は柔軟かもしれません。

若い頃はバーテンダーをかじらせてもらい、その後はレストランのサービスとして経験を積んできました。

両方を経験したのは大きいですね。

そこで気づいたのは、レストランのサービスマンはワインのことはわかっていても、カクテルのことを知っている人はあまりいない。

逆もしかりで、バーテンダーの方はワインや日本酒のことに詳しい人は少ない。分断されているんです。

僕は、そのすべてが必要だと思ったんです。中途半端ともいえますが(笑)」


でも、外山さんは言う。自身が「maruta」で提供するカクテルは、バーテンダーが手掛けるカクテルとはまるで違うものだと。

「甘味や苦味、異なる香りの要素を重ねてバランスを構成した、経験がモノを言うようなカクテルをつくる事はできないので(笑)。

僕の場合は、主役となる素材を感じるカクテルをつくるようにしています。

たとえば、多くの人はヤマモモの味を知りません。

だからヤマモモの味をより感じられるカクテルにしたり、ブルーベリーらしい香りやフェンネルの香りといった、素材そのものを感じるカクテルに仕上げることを大事にしています。

日本全国から集めた最高の素材でつくり込んだカクテルをこの空間で飲みたいか、というとそれはまた違うと思いますし、かといって、深大寺まで来ていただいて都心でも飲めるワインを注ぐだけでいいのか、というとそれも違う。

ここでしかできない体験を味わっていただきたいのです」

ヤマモモのカクテルも特徴的だ。「maruta」の庭と、造園と菜園を手掛ける三鷹の農家さんから分けてもらったヤマモモを用いる。日本ではあまり食用とされてこなかったものの、桃の原種であり中国では好んで食べられている。ヤマモモでリキュールをつくり、二次発酵でヤマモモの果汁を加えたアカハタ(海藻)のコンブチャで割る。酸味と甘味があり、魚介料理にも肉料理にも合いそうである。

そもそも「maruta」は、あたり前のようにSDGs的な取り組みをしていた。 

「maruta」がここまでの庭の整備や取り組みを実現できるのは、母体の存在によるところが大きい。

オーナーは老舗造園業の三代目で、緑化事業やランドスケープデザインの会社を運営しながら、ずっと自然と付き合ってきた。

「maruta」の敷地は、自社の緑地をライフスタイルプロジェクトのモデルケースとするべく、住居、庭、店舗が共生する場所として始動したのだった。

庭の植物についても「共生農法」という方法を取り、農薬はいっさい撒かずに植物たちの持つ本来の力で育てている。

現在のSDGs的な取り組みも開店時からあたり前のように取り組んでいた。

「コロナ禍で環境の問題やSDGsの取り組みが10年加速した、なんて報道されていますが、僕らは変わっていないんです。

オーナーの考える『自然と繋がる暮らし』に、僕自身も共感したことが大きく影響しています。

それを実現するためにやるべき事がもり沢山で充実しています。今のところ終わりは見えませんが……(笑)」

ごみは12種に分別し、生ごみに関してはコンポストを稼働し、柑橘の皮や貝殻など土に還らないものは焼いて灰にして庭に撒く。

店内のごみ箱もほとんどなくし、紙のメニューもつくらずコミュニケーションを取りながら説明をする。

「真空の袋やサランラップといったものは排除しきれないのが、今の大きな課題です。

完全に排除することでおいしさのバランスが崩れてしまう危険もあるので、踏み切れないでいるんです。

でも飲食店でそれが実現できたら、レストランとして別の価値が生まれますし、誇れることだと思います。

それにはお店単体ではどうしても難しい部分があるので、今後は行政や近くの大きな企業の皆さんと協力して、さらに大きい力にしていきたいと考えています」

こういった真摯な取り組みは、シェフの石松一樹さんの考えによるところも大きい。

石松さんは、オーストラリア、メルボルンの果てにあり、世界的な評価も受けている「ブラエ」で研鑽を積んだ。

料理人をはじめとするスタッフたち自らの手で野菜を育てているオーベルジュのようなレストランで、食材を巡る料理のあり方に感銘を受けたのだった。

左はシェフの石松一樹さん。フレンチの基礎を学んだ後、単身オーストラリアへ。自給自足に近いレストラン「ブラエ」で研鑽を積んだ。右は、「maruta」のオーナーが提案する“茎道”。華やかな花のみでなく、茎や葉などの姿全体を見せるコンポジションで、花を生けることを通して、自然本来の植物の美しさや魅力に気づきを得るデザインアプローチ。2020年グッドデザイン賞を受賞している。

外山さんは語る。

「開店から4年目になりますが、庭や近隣の畑で採れるものを中心に展開していく取り組みは、まだ実験の段階です。

世界レベルのシェフたちと仕事をしたり、ペアリングを熟考するのもすごく刺激的でもちろん充実していましたが、レストランの現場で養った経験だけでは収まりきらないmarutaのスタイルを、オーナーやシェフともう一度つくりたくて戻ってきました。

子供が2人いて、コロナ禍に見舞われて、という環境のなかで先々のことを考えたときに、“効能”がベースにあるドリンクを創ってみたい、という想いもあります。

marutaが進めていく取り組みによって、調布や三鷹の皆さんを巻き込んで“自然と繋がる暮らし”を浸透させられたら嬉しいですね」 

今秋からは、オンラインショップにて、自家製の薪フレーバーオイルや薪の香りをつけたケーキなどを販売予定で、今後は茶葉づくりや薪火の動画配信もしたいと考えている。

その稀有な存在感は、ますます輝きを放ちそうだ。

SHOP INFORMATION

maruta
東京都調布市深大寺北町1−20-1
TEL:042-444-3511
URL:www.maruta.green/

SPECIAL FEATURE特別取材