日本のものづくり、再見!
ラムに託した職人の心意気。
<前編>

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ラムに託した職人の心意気。
<前編>

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竹内義治さん by「ナインリーブズ蒸留所」

今月ご紹介するのは、昨年誕生したラム「ナインリーヴズ」の竹内義治さん。自動車パーツを製造していた竹内さんがいかにしてマイクロディスティラリーを立ち上げたのか。その挑戦の物語をご紹介する。

文:Ryoko Kuraishi

音羽山系長石鉱山の坑道奥、地下約500mにあるたった一カ所の源泉から湧き出る超軟水を、酒造りに用いている。ミネラル豊富な柔らかな味わいの名水だ。

滋賀県大津市、琵琶湖の南西部に連なる音羽山系。
その岩間山麓にある長石鉱山の岩盤から湧き出る地下深層水は、希少な名水として知られている。
長石という自然のフィルターで磨かれた天然水は硬度12という超軟水。
その水源の近くに誕生したラム専門のマイクロディスティラリーがナインリーヴズ蒸留所だ。


創業者にして蒸留責任者を務める竹内義治さんはもともと、愛知県で自動車の防音材や内装部品の製造を行っていた。
1937年創業の4代目、祖父が起こした会社である。
戦前戦後を通じて日本のものづくりの一端を担い、日本の高度経済成長時代を支えてきた竹内さん一家。
そうした環境にあって竹内さんはいつしか、「最初から最後まで、自分の目の届くものづくりを行いたい、そうしてできあがったものを、消費者に直接届けられるようなものづくりを行いたい」、そんな思いを抱くようになっていた。


長年、製造業に携わってきたからこそ、次なるものづくりの形を模索したい。
その願いを叶えつつ、いままでの技術や知識を活かせるものづくりの形は何だろう。
答えは酒造りの中にあった。

水源の近くに、自ら設計図を引いたラム専門の小さな蒸留所を建設した。

「もともとバー巡りは大好きで東京、大阪、京都、名古屋….出張のたびにそのエリアのバーによく出かけていました。
酒造りに関してはもちろん、まったくの素人ですが、そこで出会ったバーテンダーや常連のみなさんと話すうちに段々、酒にまつわる知識が増えてきて。
そしてどうやら、蒸留酒造りはいままでやってきたことに近いようだとわかってきました」


いわく、糖分を発酵させてアルコールを造り、蒸留・濃縮して香りの成分を抽出する蒸留酒製造は、いわば化学である。
同じ酒造りでも、作り手の長い経験が問われる醸造酒はやはり勝手が違う。
今まで手がけてきた自動車部品製造も化学の世界だ。
湿度や温度、四季の変化を鑑みながら素材に熱をかけたり、冷やしたり。
「条件設定をどうコントロールすれば、こちらが思った通りの寸法にきっちり部材をはめられるか。
それはそのまま、いかに酵母に作用して狙い通りの香味を出させるかという蒸留のプロセスに当てはまると思ったんです」


加えて酒造りの分野では、自分が理想とするものづくりの規模を実践している、マイクロディスティラリーがすでに存在している。
そういう作り手たちの存在も大いに励みになった。

創業者であり蒸留責任者。たった一人の作業は、ときに三十時間に及ぶことも。

「そういうわけで酒造りを、中でも世界中で飲まれているスピリッツ、ラム造りを決意しました。
一般的にはウイスキーなんでしょうが、すでに多くのメーカー、ディスティラリーがありますし。
世界中で飲まれているスピリッツで、かつ、日本ではそこまでメジャーになっていないラムの方に可能性を感じたんです」


ちょうどそのころ、たまたま縁があって長石鉱山の名水に出合う。
日本の蒸留酒製造では珍しい超軟水だ。
酒造免許を申請する傍ら、鉱山のオーナーに掛け合って使用許可を求めた。
この水源からミネラルウォーターをボトリングする会社もあったので、関係会社や周辺農家へ理解を求め、洋酒造りの啓蒙活動も行った。
「市役所も税務署も『ラム?洋酒?』というような状況でした。
洋酒製造が土壌や水源に害のないことを理解してもらうことに、とにかく時間を割きましたね。
10カ月は費やしたかなあ」


蒸留酒造りの知識を増やすべく、蒸留所巡りに行ったら、中南米の生産国を廻ったというバーテンダーから現地の情報を得たり。
ある程度知識を深めたところで、イチローズモルトで知られる秩父蒸留所で研修させてもらった。

秩父蒸留所で教えてもらった、スコットランド・フォーサイス社の蒸留器。

「知り合いのバーテンダーと一緒に蒸留所にうかがったとき、肥土社長に『技術援助交際させてください!』ってお願いしてみました(笑)。
肥土さんも自己資産でマイクロディスティラリーを立ち上げ、自分なりのものづくりを追求しているという点で『境遇が似ている!』と勝手にシンパシーを感じていたので。
『お金はいらないから好きに見ていっていいよ』ってあっさりOKしてくださって、酵母以外は全て見せてもらいましたね」


わずか3日という超短期研修には肥土社長も驚いたようだが、自動車産業の世界ではこのくらいの期間が当たり前なんだとか。
工場を見て1日、長くて3日で勘をつかむレベルでなくては、現場で使い物にならないという。


「せっかく肥土社長にお世話になるのに、こちらが白紙の状態で出向くわけにはいきませんから。
知識、情報面はかなり整理して伺い、あくまでそれらの確認とか実践の場におけるアレンジを参考にさせてもらうという立場で研修しました。
いろいろ勉強になった研修でしたが、フォーサイスの蒸留器を知ったことも収穫の一つでしたね」

長石に磨かれた超軟水と多良間島産黒糖、そして選び抜かれた国産酵母の出合いから生まれた「ナインリーヴズ クリア」¥4,725。

スコットランドの名門蒸留器メーカー、フォーサイス。
国内でも探してみたが、焼酎メーカーが使っていたステンレス製の中古は出回っているものの、お目当ての銅製は見つからない。
肥土社長も「洋酒は銅だ」と言っていたし、ここは銅製にこだわりたい。
結局、スコットランドに単式蒸留器をオーダーすることになった。


「初留釜は秩父蒸留所のものをヒントに、再留釜はフォーサイスの担当者と相談してグレンモーレンジのスティルの形状を参考にしました。
オーダーしてからわずか半年くらいで出来上がってびっくりしましたね。
まだ蒸留器の図面の打ち合わせをしている段階なのに、『そろそろ完成するよ』と言われ、大慌てで現地に確認に行きました(笑)」


時を前後して、地元に理解を得られるようになった滋賀県大津市では水源の近くに蒸留所の建設が始まっていた。
使い勝手を考えて自ら図面を引いた、ラムを造るためだけに作られた、小さな蒸留所。


水源を確保し蒸留所を建設し、蒸留器もいよいよ完成間近に….。
いよいよナインリーヴズが始動する。


後編へ続く。

SHOP INFORMATION

ナインリーブズ蒸留所
520-0862
滋賀県大津市石山平津町字平津西山603
URL:http://www.nine-leaves.com

SPECIAL FEATURE特別取材