奥深きシェリーの世界へ誘う
シェリー・ミュージアム、開館!
<後編>

PICK UPピックアップ

奥深きシェリーの世界へ誘う
シェリー・ミュージアム、開館!
<後編>

#Pick up

中瀬航也さん by「Sherry Museum」

シェリー・ミュージアムを舞台に、現代のシェリー事情をお送りする今月。歴史、文学、宗教など知識を深めるほどに広がっていくシェリーの魅力を中瀬さんが解説する。

文:Ryoko Kuraishi

中瀬さんが「しぇりークラブ」に勤めていたころからまとめている酒年表。酒にまつわる年号すべてをまとめたものだ。現在、そのボリュームはおよそ700ページ。まだまだ増えそうだ。

さて、満を持してオープンした「シェリー・ミュージム」。
およそ60種のシェリーを揃えるこのバーのコンセプトはずばり、「南蛮貿易」だ。
支倉長常、東インド会社、スエズ運河……、南蛮貿易の登場人物たちがもたらした歴史のひとさじを、中瀬さんはシェリーにまつわる壮大な物語に紡いで、シェリーの一杯とともに提供してくれる。


その物語の舞台となるこちらでは、「館長」である中瀬さんのこだわりが随所に見受けられる。
例えばグラスだ。
シェリーのサーブはいたってシンプルだ。
ボトルからグラスに注ぐだけ。
カクテルのようにシェイクしたりステアしたりというプロセスがない分、口に入る最終段階である温度やグラスには人一倍、気を使う。
提供の仕方が悪ければ台無しになるからだ。


「在庫は同じ銘柄でも冷えたものと常温の2種類を用意し、温度の異なるものを合わせてトルネード(シェリーを入れたグラスを大きく回し、香りを立たせる)することも。
愛飲家のかたたちが自宅ではできないモノやコトを提供するのが自分たちの仕事ですから、温度管理だったりグラスの口当たり、あるいはストーリーなど、シェリーにまつわる付加価値を作っていかないと」

今年の春、セルリアンタワー能楽堂で開催された「能とシェリーを楽しむ会」。400年前、歴史の登場人物たちが堪能した能とシェリーのコラボレーションを再現するという試みだ。

ほんの2世代前は、ラインナップそれ自体が価値になった。
希少な銘柄を揃えている、それだけでも十分、バーに通う理由になった。
その次の世代では空輸、リーファーコンテナ、セラーなどそれを最適の状態に保つコンディションが重要視されるようになる。


誰もが当たり前にインターネットで希少な銘柄を取り寄せることができ、その値段も謂われも調べることができる現代。
中瀬さんは「目に見えないサービスこそが、現代の価値」と考えている。


「うちでは『松田優作セット(松田優作が好んだティオペペとバーボン、コーヒーを一杯ずつとエコーを一本サービス)』や『チャーチルの誕生日セット(チャーチルが80歳の誕生日に贈られたマッサレムのオロロソとベルモットのボトルを添えたジンを一杯、シガリロ1本つき)』、あるいは映画にちなんだ『バベットの晩餐会セット』など、シェリーにまつわる人やモノを物語仕立てにしたオリジナルのセットを提案しています。


酒を飲む体験に『ストーリー』を紐づける。
そのストーリーはWikipediaには書いていないし、自宅で一人飲んでいてもつまらない。
こういうマニアックな店ですから、ネタありきでシェリーとそれにまつわる世界を発展させられる体験を提供することが僕の仕事かなと思います」

能を観劇後、シェリーを楽しむパーティが催された。シェリーを味わう前に中瀬さんのシェリー談義も。

そもそも日本とシェリーの関係は17世紀に遡る。
初上陸は1611年。
徳川秀忠の部下がシェリーで乾杯し酔いつぶれてしまったという記述があるが、これが日本における初登場だそうだ。


「その数年後、1613年10月31日には英国通商大臣が徳川家康にシェリーを献上しました。
同時にローストチキン、ローストポーク、そして乾パンも献上されたようで、シェリーと一緒に晩餐の席にあがった可能性があります。
さらに、このときは異国からの客人をもてなすため、能が舞われたという記録があります」


400年を遡ってこの一夜を再現すべく、中瀬さんが企画・主催したのが「能とシェリーを楽しむ会」だった。
「家康に献上されたその日からちょうど400年後にあたる2013年の同日に開催したかった」と中瀬さん。
残念ながら日時はずれてしまったが、念願叶って今年の春にセルリアンタワー能楽堂で開催された。


喜多流とコラボレーションし、二部制で催された「能とシェリーを楽しむ会」は、能「男舞」を観劇後に能およびシェリーのレクチャーを受け、後半はイタリアンレストランに会場を移し、喜多流の能楽師や中瀬さんとの歓談を楽しみながらローストチキン、ローストポーク、そして乾パンとシェリーをいただくという内容となった。

「シェリー・ミュージアム」ではぜひ、オリジナリティあふれるセットをお試しあれ。こちらは映画『バベットの晩餐会』にちなんだ「ローレンス将軍セット」。

「お客さんがリピートしてくれる理由は味、サービス、雰囲気、コスパなどいろいろあると思いますが、『面白い』って要素が僕にとっては重要で。
ほかのバーやバーテンダーとやっていることは一緒だけれど、こと『面白さ』に関しては他では経験できないオリジナルな要素を追求していきたいと思っています」


「最近、端で見ていてもカクテルが料理化、バーテンダーがシェフ化する風潮が見て取れます。
やはり道を極めよう、ほかのバーテンダーにはできないものを創りだそうとすると行き詰まりを感じるのでしょう。
外国語ができるバーテンダーは海外の文献を漁って古いレシピに挑戦したりしていますよね。


もちろん、バーテンダーの興味は海外だけに向けられるものではないはず、という思いがある。


「お茶、能、歌舞伎。
これは日本人のバーテンダー、バー関係者なら嗜んでおいて損はないと思います。
なぜなら、他国にはない文化だから。
所作、精神性、美意識など、ここからなにがしかのヒントを得ることができるのではないでしょうか」

南蛮貿易をテーマにした店だけあって、食器類にもこだわりあり。東インド会社の社章をモチーフにしたレプリカの皿やしょうゆ差し、シガリロはそれぞれにストーリーがある。

奈良の博物館に出かけたとき、中瀬さんは明治時代に消滅してしまった「酒道」の資料を目にする機会があった。
公家、武家、商家とそれぞれスタイルがあり、公家は香道にも通じるブラインドテイスティング、武家は現在の居酒屋にも通じる「とにかく量を飲む」というスタイル、そして商家は器を愛でるという方式で継承されていたようだ。


「酒道というように、日本には昔からさまざまなスタイルで酒を楽しむ気質がありました。
『道』としての作法は失われてしまったけれど、現代の社会の酒文化にも酒道のそれぞれの気質は息づいていると思うんです。
戦後、いろいろな情報や資料が失われてしまったけれど、日本人にこの気質が受け継がれている限り、バー文化の一端を担う僕たちもまだまだ深堀りする余地はありそうですよね。
最近はそんな風に考えています」


さあ、中瀬さんが紐解く壮大な歴史絵巻をぜひ今宵、シェリーの一杯とともにお楽しみあれ。

SHOP INFORMATION

Sherry Museum
東京都品川区西五反田1-4-8 2階
TEL:03-3493-4720
http://k-nakase.jp

SPECIAL FEATURE特別取材