奥深きシェリーの世界へ誘う
シェリー・ミュージアム、開館!
<前編>

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奥深きシェリーの世界へ誘う
シェリー・ミュージアム、開館!
<前編>

#Pick up

中瀬航也さん by「Sherry Museum」

五反田・目黒川沿いにオープンした「シェリー・ミュージアム」。製造方法、歴史的な逸話、文化背景......、奥深いシェリーの世界へ、パイオニアである中瀬航也さんが誘う。

文:Ryoko Kuraishi

目黒川に面したビルの2階。小さなドアの向こうはまさしく、シェリーの博物館! Photos by Tetsuya Yamamoto

先頃、自身のシェリーバー、「シェリー・ミュージアム」を五反田にオープンさせた中瀬航也さん。
ヘレスの原産地統制委員会認定ベネンシアドールにしてコルタドール・デ・ハモン、シェリー酒学講師であり「シェリー酒 知られざるスペインワイン」(PHP研究所)著者である中瀬さんは、日本におけるシェリーの第一人者として知られている。
今月は中瀬さんをお迎えし、シェリーの魅力をたっぷり語っていただこう。


さて、ご存知の通りシェリーとはスペイン南部のカディス県、ヘレス周辺だけで作られる酒精強化ワインのこと。
カディスは大航海時代に栄えた港だ。
100年戦争によってボルドーをフランスに奪われた英国が、自分たちが消費する酒の新たな生産地を求めて南下。
立ち寄りやすいヘレスやポートに商館を作ったことが始まりだった。


そんな謂われのあるシェリー、実はスペイン人もほとんど飲まないとか。
現在でも国内消費は2割以下、多くは英国、そしてヨーロッパへ輸出されている。

2003年に刊行された「シェリー酒 知られざるスペインワイン」。残念ながら現在は入手困難。

作り方でいうと20種に分別されるが一般的には5種類が知られている。
マンサニージャ、フィノ、アモンティリャード、オロロソ、そしてペドロ・ヒメネスだ。
シェリーの作り方はブドウの収穫、圧搾、発酵までは白ワインと同じ。
樽に詰める際、わざと空気の層を残すのが、酸化を嫌うワインと大きく異なる点である。
空気の層を残した樽内では、条件が揃うと白い酵母の膜(フロール)が生じる。
フロールがバリアとなって空気を遮断し、酸化反応を防ぐのだ。
一方で、このフロールが樽内の液体にシェリー独特の風味や切れ、味わいを醸してくれる。


さらにソレラシステムと呼ばれる独自の熟成法がある。
シェリーはボデガと呼ばれる貯蔵庫で熟成されるのだが、出荷される際はいちばん古い樽から適量を抜き取り、同量を新しい樽から抜いて古い樽に補充する。
このように常に継ぎ足し継ぎ足ししながら熟成していくため、シェリーは熟成の過程が重視されるのだ。


ワインはブドウの品種や産地により味わいが異なるが、シェリーは熟成の違いだけで一種類のブドウにこれだけのバリエーションが生まれる。
そこが面白いところなのだとか。

シェリー・ミュージアムのオリジナルシェリーはクロード・デュリエが描いた、国宝の支倉長常像をラベルに。1杯¥1,600。

さて、中瀬さんがシェリーの魅力に目覚めたのは今から20年ほど前のこと。
日本で唯一のシェリー酒専門店だった「しぇりークラブ」に入店した頃は、シェリーは「ワインの出来損ない」と言われていたそうだ。


「明治時代の酒精強化ワインのイメージが尾を引いていたんだと思います。
明治になって開国し日本人が海外に出かけるようになるとパンとワインを覚え、やがて小麦やブドウの栽培を始めた。
さて、時期を逃してしまったブドウも何かにできないか。
そう考えて作られたのが、国産の酒精強化ワインでした。
その当時の酒精強化ワインのイメージが長らく、『シェリー=出来損ない』を印象づけていたようです」


そんなシェリー事情に変化の兆しが現れたのは2000年代に入ってから。
まず、スコッチウイスキーのシェリー樽の影響が大きかった。
「単なる『シェリー樽』ではなく、ウイスキーの専門家たちがフィノ樽やオロロソ樽に興味を抱き、より詳細な情報を求めるようになったんです」


バブルがはじけてよりカジュアルなスタイルの外食産業が主流になったという事情も味方した。
スペインバルや立ち飲みバーではシャンパンではなく、軽くさっぱりした口当たりのマンサニージャをソーダで割って、そんな飲み方を提案するようになった。

シェリーは常時60〜70種、海や南蛮貿易、キリスト教にちなんだラムやリキュールなども。「カクテルを作れない分、ストーリーに紐づけられる酒を揃えて他のバーでは表現できない面白さを目指しています」

シェリーそれ自体のトレンドも、時代性を色濃く反映してきた。


「70、80年代はすべての酒が同様でしたが、『ドライ、辛口であるべきだ』という風潮がありました。
『辛口=かっこいい』という時代だったんです。
その後、90年代には甘口が出てきました。
インターネットが普及しつつあり、種々の情報が広まるにつれて『男がペドロ・ヒメネスを好きでもいいじゃない』、そのような多様性が生まれたように思います」


もちろん、インターネット、SNSの普及により、海外に出かけて本場のシェリーに触れた人たちの口コミも後押しになった。
そんなわけで、ラムやテキーラ愛好家が急増している昨今、シェリーもようやく日の目を見るようになってきた、そんな風に感じている。


そして現在。
「現在は何でもあり、の時代です。
たとえばソムリエも作り手や醸造学、マリアージュなどさまざまな知識に長けるようになり、その一環としてシェリーを見据えるようになってきた。
モルト界がシェリーに風穴を開けたと言いましたが、現在はワインをきっかけにシェリーに興味を抱く人もいます。
ウイスキーバーとワインバー、それぞれが各々のスタイルでシェリーを取り入れていて、その使い分けも興味深いですね」

シェリーのペアリング写真は、中瀬さんがブログに投稿しているもの。海鮮丼や馬刺以外にも麻婆豆腐と豚キムチ炒め、鯖の味噌煮と......と、驚きのペアリングが登場。

もちろん、シェリーと食のペアリングの可能性が広がってきたことも現代のシェリー事情を盛り上げている一因だ。
「シェリーといえばスペイン料理と思われるかもしれませんが、前述したようにスペイン人はほとんどシェリーを飲まないので、本場スペイン料理とシェリーの組み合わせは少ないんです。


刺身や天ぷらを含む魚介類とすごく相性がいいんですが、これは科学的に説明できます。
シェリーの原料となるブドウはヘレス特有のアルバリサという土壌で栽培されますが、この土壌には鉄分がほとんど含まれない。
日本酒やシェリーなど鉄分を含まない酒は魚介の臭みを生じさせないので、ペアリングとしては申し分ない。
むしろシャンパンやワインよりもシェリーが合いますね」


また、中瀬さんが披露してくれたのが、足りない栄養素をほかの食材で補うという栄養学をベースにしたペアリングだ。
「ドライシェリーは液体中に脂肪になりうる要素が少ないんですが、そうすると油分をほかの食品で補いたくなる。
たとえば、オリーブオイルを使った料理を一緒に摂りたくなるんです。
逆にオロロソはそれだけで栄養学的には満ち足りているので、ほかに何かを欲しいと思わない。


店では『どうしてこのシェリーとこのつまみが合うのか、あるいは合わないのか』、そうした理由も含めてお話しています。
味わいとしてのペアリングはもちろんのこと、栄養学的なマリアージュを考えてみるとシェリーの楽しみかたはもっと広がると思いますよ」


このように、ペアリングひとつとってもさまざまな視点から相性の善し悪しを提案してくれるのは中瀬さんならではと言えるだろう。


後編ではさらなる中瀬節が炸裂!
店のこだわり、そして念願かなって開催された「能とシェリーを楽しむ会」についてなど、中瀬さんの近況をうかがう。


後編に続く。

SHOP INFORMATION

Sherry Museum
東京都品川区西五反田1-4-8 2階
TEL:03-3493-4720
http://k-nakase.jp

SPECIAL FEATURE特別取材