時代も国境も超越した?
アーティストたちの夢の隠れ家。<後編>

PICK UPピックアップ

時代も国境も超越した?
アーティストたちの夢の隠れ家。<後編>

#Pick up

伊藤拓也さん by「Bar Trench」

アブサンを通じて広がった世界から次々に派生するTramと伊藤さんの世界。インポーター、クラシックカクテル、そして「タイムレス・スタンダード」について思うこと。

文:Ryoko Kuraishi

パートナーであるロジェリオ五十嵐・ヴァズさんと。Photos by Tetsuya Yamamoto

アブサンを通じて世界が広まって、多くの人、ものと出合った伊藤さん。
こうした交流から生み出されたアイデアや想い、偶然の出会いが、プロジェクトとして次々と形になっていく。


その一つがインポーターとしての仕事。
一昨年、伊藤さんは酒販免許を取得。酒販事業部を立ち上げ、アブサンやその他ハーブリキュールの洋酒輸入代理店および卸小売り販売をスタート。
その第一弾としてスイスアブサン「Mansinthe」を手がけた。


「海外のバーにリサーチに行くと、そこには東京ではお目にかかれないような珍しいボトルが並んでいる。
例えばヨーロッパの小さな蒸留所が作る、少量生産のアブサンやジン。
東京では手に入らない素晴らしいものを、もっと多くの人に紹介していきたい。そんな気持ちが形になりました」
バーテンダーとはバーという空間を切り盛りしながら、お酒を通して人とコミュニケーションをとっていくこと。
コミュニケーションの対象を、バーという枠を超えて広げたいと考えたらインポーターという選択肢に行き着いたんだそう。


「アブサン品評会に日本人が初参加!」と伊藤さんたち一行を写真入りで紹介しているアブサン大辞典。アブサンミュージアムの館長でアブサン界の有名人、マリー女史が編纂している。2009年は日本人が初参加ということで、フランス東部の新聞”L’EST”紙にも紹介た。

インポーターとしてのあり方も、既成概念にはとらわれない。
たとえばこだわりのボトルの情報をきめ細かくバーテンダーに伝える。
飲みかたの提案はもちろんのこと、どんな造り手がどんな場所で、どういう想いを込めて作っているのか。
酒を卸すだけではなく、ボトルの背後にある作り手のストーリーを伝えていきたいと考えている。
「目指すは音楽レーベルみたいなインポーターですね。
どんなアーティストかわからないけれど、あのレーベルなら間違いない。音楽の世界にはそんな判断基準があるでしょう。
僕たちもレーベルとして、酒業界の中で一つのブランドになれればいいと思っています」


音楽といえば、昨年からはTrenchにて新たに「On the shelf」( www.ontheshelf.tv )という取り組みもスタートした。
これは 店舗2階部分にあるライブラリー・スペースをミュージシャンに開放、 そのライブの模様をウェブ上に作ったアーカイブに残していこうというプロジェクトだ。
「ライブで日本を訪れていたミュージシャンがTrenchを気に入ってくれ、 演奏してくれたのが始まりでした」



二つ目はクラシックカクテルへの取り組みだ。
インポーターとしてのプロジェクトをはじめたのと同じ年、
薬草酒とクラシックスタンダードカクテルを提案する「Bar Trench」を同じ恵比寿にオープンした。
カクテルをそれほど重要視していなかった伊藤さんの「カクテル観」を変えたのは、ニューヨークのバーだった。
「4年ほどまえ、ニューヨークへバー巡りに出かけました。
そのとき、カクテルの意識が日本のそれと全然違うことに気がついたんです。
ニューヨークのバーにはバーテンダーのクリエイティヴィティを楽しむ土壌が確かにありました。
それを感じた時に、真剣にカクテルに取り組もうと思ったんです。
今はクラシックスタンダードカクテルの温故知新、というのでしょうか。
たとえばマンハッタンを知らない20代に、ちゃんとしたマンハッタンを伝えていくのは
バー文化を俯瞰で考えたときにとても大切なことだと再認識して」

一昨年から開催されている、アブサンテイスティングのイベント「Green Hour」。昨秋のパーティではオリジナルアブサンファウンテンのコンテストやバーレスクダンサーによるショーなども行われた。ちなみにドレスコードは「19世紀」!Photo by Atuski Iwasa

Bar Trenchしかり、クラシックカクテルしかり。
アートや音楽、カルチャー・シーンから多大な影響を受けてきた伊藤さん。
今、彼の心を捉えるのは、時代を超えてスタンダードなものばかり。
Trenchだって、本来はトレンチコートのショップを始めたいという願いから
温めていたネーミングだったりする。


というわけで、次なる構想は「永遠の定番アイテム」、トレンチコートの専門店!
「本来ミリタリーウエアだったものが、いまは定番のファッション・アイテムとして定着しています。
ミリタリーウエアとしての本来の機能が優れているゆえに、現代においてもデザインが変わることなく愛されているんだと思うんですね。
トレンチコートという定番のアイテムだからこそ、それを通して自己表現という楽しみかたを提案してみたい。
自分が酒を通して得たものを、他の分野でも表現してみたいと思って」

インポーターとして伊藤さんたちが手がけるロンドン産、シングルビターズシリーズ「「Bob’s Bitters」全11種。4月発売予定。 いにしえのバーマニュアルを紐解くと、当時の良いバーにはそれぞれ店独自の自家製ビターズミックスを使用していると書かれているそう。スタンダードカクテルもビターズのセレクトで個性的なアレンジが可能になる。

世界のバーを巡ってきた伊藤さんは、その経験の醍醐味をこんな風に語ってくれた。
「初めて訪れる街を旅するとき、まず現地の店に情報収集に行きませんか?
毎日同じレストランに通うということはあり得ないけれど、
バーなら毎晩通い続けるということだって、大いにあり得る。


たいして言葉がわからなくとも、お酒という立派なコミュニケーション手段があるからです。
旅人にとってはバーこそが街の案内役。
人によっては、バーが『訪れた街そのもの』になることさえありますよね。
バーというのは都市生活者にとって欠かせない機能であると同時に、旅人にとってもそれと同じくらい大きな影響力を持つと思います。


海外のバーでは見ず知らずのバーテンダーや周りのお客さんたちに本当に親切にしてもらっていますから、
ですから自分たちも、日本を訪れる人たちをできる限り歓待したい。時間があれば、近隣の素敵なバーのショートトリップにつきあったり、とか。
それはすなわち、自分が海外のバーで受けたホスピタリティの恩返しなんですね」

旅先で訪れたどこかの国のバーのようで、それでいて東京でしかお目にかかれない、そんな風景。Tramの魅力は、その佇まいにある。

海外のバーテンダーや作り手とも積極的に交流する伊藤さん。彼にとっての理想のバーとはどんなところなのだろう。


「酒は本音で語るためのツール。
酒場とは他人と人生の一端を分ちあうための空間。
僕はそういう風に思っています。
ですから、バーの空間作りを考えた時に、そこを訪れた人が他人と心地よく時間をシェアできる空間にしたいし、
酒が持っている作用や文化をきちんと表現できる空間でありたいと考えています」


それはバーテンダーとして、バー経営者として、またインポーターとして
伊藤さんが酒に関わる時にベースとなる考え方なのかもしれない。
論理や理性こそが大人のあり方とされている社会において、
酒は右脳を活性化させ、人間らしい営みを思い出させてくれる素晴らしい道具なのだ。

Bar Trench
東京都渋谷区恵比寿西1-5-8
TEL:03-3780-5291
URL:http://small-axe.net/bar-trench/index

SPECIAL FEATURE特別取材