お酒と食卓の名脇役!
美しき「うすはり」の存在感。
<後編>

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お酒と食卓の名脇役!
美しき「うすはり」の存在感。
<後編>

#Pick up

村松邦男さん by「松徳硝子株式会社」

東京が誇るガラスの酒器はいかにも日本らしい、丁寧で正確、確実な手仕事の技から生まれる。経済効率ばかりを追い求める世間の風潮から一時、斜陽の時代を迎えた松徳硝子だが代表作「うすはり」を携えて見事、復活。手仕事にこだわる職人集団の次なる挑戦とは?

文:Ryoko Kuraishi

グラスは徐冷庫でゆっくりと冷まされる。急速に冷やすとガラス内にひずみが生じ割れてしまうためだ。

明治時代の初めより東京の地場産業として大いに栄えたガラス工業。
墨田区、江東区、江戸川区を中心にかつてはガラス製造工場が集積していたという。
ほんの4、50年前は松徳硝子周辺にも100軒以上の工場があったが
いまはほんの数軒が残るだけだという。


「祖父が工場を始めた頃は、職人は腕さえよければいくらでも稼げたもんですよ」
と村松邦男さんは回想する。
「東京でもここいら下町はガラス工場ばかりでね、当時はほんとに勢いがありました」


が、工場の量産体制が整い、業界が問屋依存の姿勢に傾きはじめると、モノ作りの有り様はがらりと変わった。
「受注されたものだけを作っていたら、工場は回るけれど若手の職人はそれ以上、伸びない。
職人の育成、モノ作りの未来を考え、この先どうなるのかと不安になることもありました」


こうした時代を迎え、「職人の手仕事を日本の食卓に」というコンセプトでモノ作りをしている松徳硝子も
実は7年前、真剣に廃業を考えていたという。
「あのときは廃業の挨拶状まで書きましたから。
でもね、古くからのお客さんや工場で働くスタッフたちに支えられました。
職人たちは『社長、給料いらないから続けようよ』って言ってくれまして」

切子×うすはりの美しきコンビネーション。モルトショットグラス(¥5250)はゴールドの特製パッケージ仕様。[Photo] Art Direction : Issay KITA[Photo] Art Direction : Issay KITAGAWA@GRAPH Photo : Kenshu SHINTSUBO 画像の無断転載、複製、使用を硬く禁じます。

踏みとどまった甲斐あり、20数年前から作り続けていた「うすはり」が大ブレイク。


それには偶然や幸運が味方したことは事実だけれど、あきらめずに作り続けたこと、
そしてそれを裏打ちする技術力があったらかに他ならない、と村松さんは胸を張る。


それでは村松さん、「おいしく味わうためのグラス」ってどんなものなのでしょう?


「バーテンダーにはバーテンダーなりの、そしてグラス職人はグラス職人なりのこだわりがあるよね。
たとえば、とある有名バーではうちのオンザロック(グラス)では重量感が足りないと言われた。
とはいえうすはりにはやはりこだわりたい。
ウイスキーの重量感を受け止めるロックグラスの開発はこの先の商品開発の課題でね。


使い手としては『重量感と飲み口のバランスがいいこと』、
作り手としては『モノをきれいに見せること』、
二つの異なる視点から設計しないといけないね」


もともと松徳硝子のグラスは和洋を問わずさまざまな食卓になじむデザインが主である。


例えばビールのCMなどでもおなじみのタンブラー。
ビールを上品に飲めると料亭やレストランで愛用されているSサイズから
「350の缶ビールがそのまま収まる」LLサイズまで、実に5サイズを展開。
ミニマルを極めたデザインは、「脚がついていたら洗うのが大変だから」という
村松さんの意向も反映されている。


その「引き算の造形美」とも評するべきシンプリシティが、和モダンの意匠として国内外から高く評価されているわけだが……。


「自分が酒好きなもので、家で晩酌をする時に使いやすいものをと考えたら、必然的に『和の食卓に合う』ことが条件になりました」

研磨機で荒摺りをかけた後、手で仕上げの摺りを行う。繊細なうすはりは薄いがゆえに割れやすく、わずかな力加減でも形状が大きく変わったり破損してしまう。ここでも繊細な感覚が求められるのだ。

「たとえばビール一つにしたって、タンブラーで飲むうまさとジョッキで飲むうまさはまた違う。
それを毎晩、お酒に教わっています(笑)。お酒ってのはありがたいね!
たとえば『こういうグラスがあったらいいなあ』とかアイデアが湧いたり
イマジネーションが膨らむのはやっぱり、楽しいお酒を飲んでいるとき。しかも自腹でね」


タンブラーやオールドのシンプルなデザインに、ゆるやかな凹みの曲線がアクセントになった「SHIWA」シリーズも、
村松さんのそんなひとときから生まれたアイテム。
グラスを型から出す瞬間、職人が息を吸うことでグラスが凹み、独特の風合いが生まれる。
息の吸い加減によりひとつひとつ表情が異なる、まさしく手仕事ならではのデザインだ。

「息を吹いたら膨らむし、吸ったら縮む。
これはガラス作りの現場を知っている作り手ならではの発想だと思うんですね。
デザイナーやバーテンダーにはそのアイデアはないでしょう?


デザインの特性上、どうしても個体差が生じてしまうから
うちの親方には『こんなものは作れん』と言われましたが、
なだめすかしてね、なんとか作ってもらいました」

村松さんのアイデアから生まれたうすはり「SHIWA」シリーズ。緩やかな曲線はまるで手に吸い付くようにしっとりとなじむ。ロックグラスとして、あるいは焼酎やウイスキーの水割り用に人気のオールド。Sサイズ¥1,470、Mサイズ¥1,575、Lサイズ¥1,785。

それでは村松さん、日本の手仕事、職人はこれからどうなっていくのでしょう。

「世界中でガラス工業は下向きになり、事実、工場は減ってきている。
そういう現状にあって、これだけの手間ひまをかけてこれだけのクオリティのものを
ハンドメイドで提供している、
作り手には、それを使い手やマーケットに発信する義務があると思うんです。


さもなければ職人たちのステータスはいつまだ経っても上向きにならないし
その技だって廃れてしまう。
今はマシンメイドでものすごく精密なものが生まれてしまう時代だけれど、
それでも『錦糸町のハンドメイドはスゴいんだ』って世界に見せつけていきたいですね」


最近は村松さん発案の製品以外にも、現場発案のアイテムが生まれている。
たとえばアルファベットをモチーフにした「KATACHI」。
職人たちの遊び心から生まれたこうしたプロジェクトを、村松さんは心底楽しんでいる。


「いくらこっちがアイデアを出しても、形にするのは工場であり職人だからね。
作る方も自分たちのアイデアが形になれば、テンションがあがるでしょう?


自分としては『うすはり』以外の可能性がどんどん広がっていくのが楽しみなんだよね。
うちはガラス工場であってうすはり工場ではないんだから、
うすはりしか作れない職人にはなってほしくないしね」


この先はいろいろな価値観を合わせもっていかなければ、商品企画はかなわない。
そのためには職人たちにもその環境を可能な限り整えてあげたい、と村松さんは5年、10年先を見据えている。
その思いを支えるのは繊細な感覚と熟練の技を合わせ持つ職人たちと、
精密機械のような手仕事へのこだわりだ。


モノ作りの現場は常に進化し、発展している。
それでも人の心を動かす美しいもの、面白いものは
日本が一時忘れかけてしまった、こうしたこだわりから生み出されている。

SHOP INFORMATION

松徳硝子株式会社
130-0013
東京都墨田区錦糸4-10-4
TEL:03-3625-3511
URL:http://www.stglass.co.jp

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