お酒と食卓の名脇役!
美しき「うすはり」の存在感。
<前編>

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お酒と食卓の名脇役!
美しき「うすはり」の存在感。
<前編>

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村松邦男さん by「松徳硝子株式会社」

まだまだ暑い日が続くけれど、だからこそ冷えたビールがおいしいのもまた事実。今回はお酒がもたらす高揚感とその味わいをより繊細に慈しむためのグラス、「うすはり」の酒器とそのモノ作りへのこだわりをご紹介。

文:Ryoko Kuraishi

料亭や割烹、レストランで長きに渡り愛されている「タンブラーL」(¥1470)。愛用の理由は、ビールが最もおいしく見えるから! 

軽くて薄くて、口がガラスに触れた時の異物感が限りなく少ないガラスの酒器、「うすはり」。
製造する松徳硝子は大正11年、村松庄太郎氏により墨田区に誕生した。


当時は電球用ガラスの製造工場として機能していたが、
時代の移り変わりとともに電球用ガラス生産も職人による手吹きから機械製造へと変遷を遂げるなか、
松徳硝子はあえて職人の仕事にこだわり、電球製造ならではの薄吹きの技術にさらに磨きをかけ
手作りガラス器を製造してきた。


さて、その「うすはり」が誕生したのは平成元年のこと。
もともとガラス工業は東京の地場産業。
「うすはり」は江戸硝子として古くから愛用されてきた一口ビールグラスを原型に、その薄吹きの精度をさらに高めたものである。

工場に隣接する松徳硝子のショウルーム「玻璃蔵庄太郎」(予約制)。月に1、2度オープン、次回オープン日は9月2日を予定。詳細、予約申し込みはホームページからどうぞ。

さっそく工場内を案内してもらおう。


ガラス工場の現場はアツく、厳しい。
工場内の温度は40度以上になることも度々だ。ただいるだけで汗が噴き出してくる。
ここで35人の製造スタッフが日夜、ガラス作りに精を出している。


心臓部ともいうべき工場中央に位置する窯は24時間、365日休むことなく稼働している。
窯内の温度は1300〜1400度。
一旦火を止めてしまうと、この温度まで再び上げるのに実に2週間を要するという。


「ガラス工業が他の製造業と違うのは、窯に火が入っている以上、
何かしら『作り続けなきゃいけない』ってところ。
よく『窯の火を止める』っていうでしょ?
ガラス工場が廃業する時はまさに、この窯の火を止めるんですよ」と話すのは三代目の村松邦男さん。


窯をぐるりと取り囲むスペースは吹き職人の作業場で、通称「舞台」と呼ばれる。
この舞台こそ、まさしく職人たちのサンクチュアリ。
若手職人たちは早くここに立ちたいと願い、技術を磨くのだ。


吹き作業は3人一組になって行われる。
窯の中のツボ(猫ツボと呼ばれる)で溶融したガラスの種を吹き竿に巻き取り、小さな玉を作る。
吹き竿に息を吹き込み、グラスの元ともいうべき下玉を作る。
これを「玉取り」という。
基本中の基本ともいうべき作業だが、竿に一定量の種を巻かないと厚さにばらつきがでてしまう。
また均等の大きさ、厚さに吹かねばならないが、この技術の習得には最低でも3年はかかることから
「玉取り3年」などと言われる。

ガラス吹き一筋50年余!その卓越した技と経験に誰もが一目おく、親方こと片桐久夫さん。竿を持つ手さばきが、なんて粋!

お次はおなじみの吹きの作業。
吹き職人が下玉を取った吹き竿で再び必要なだけのタネを巻き取り、りんと呼ばれる鋳型で形を整えた後、
吹き竿を上に向け一気に息を吹き入れタネを膨らませる。
この行程を「ブル」と呼ぶ。
「吹き職人はガラス工場の花形。若手のほとんどが吹き職人を目指しますね」


そのお手本ともいうべきマスターが、この道53年という「親方」こと片桐久夫さん。
ガラス一筋に腕を磨き、現在では「現代の名工」「東京都伝統工芸師士」など数々の認定を受けている。
片桐さんいわく「玉取り3年、吹きは一生。今までに完璧に吹き上げたグラスは一つもない。死ぬまで勉強です」。あくまで謙虚。


「職人ってのは、自らに課すハードルをどんどんあげちゃう人種でね。
『うすはり』はハンドメイドなんですが、グラスを10個並べたらまったく見分けがつかないような、
精密機械のような精度を目指しています。
まだまだそのレベルには到達しない、これからですね。
うちの親方は『個体差があっていいなら猿でも作れるよ』が口癖ですわ」
と村松さん。

口焼きを担当する若き職人、佐藤さん。華やかな吹きの職人を志す若手が多いなか、「自分は仕上げのスペシャリストになりたい」と願い、絶妙の手さばきでガラスの口を炙っていく。

さて、吹き上げて膨らんだガラスは徐冷庫で500度くらいの熱を加えながら、80分かけてゆっくりと冷やす。
冷えたグラスは選品され、規格に合ったグラスのみが仕上げの工程へと運ばれる。


バーナーで吹き竿との接合部をカットしたら(火切り)、研磨機で荒摺りをかけた後、
手作業でさらに滑らかに摺りあげる。
金剛砂と水を練ったものを回転台の中心から一滴ずつ垂らし、グラスをさらに細かく研磨する。


仕上げは「口焼き」。
バーナーで炙って、グラスの口の部分の角を溶かし、口当たりの良いグラスに仕上げる。
焼きすぎると変形するし、焼き足りないと角が残る。
焼き加減の微妙な見極めを要求される繊細な作業で、吹きと同様、長年の経験が求められる。


そうそう、忘れてはいけない。
出来上がりのガラスのよしあしは、タネの質によっても大きく左右される。
窯でガラスを溶融するツボ内に異変が生じないか、
窯の状態や火の回りを、その日の気温や湿度などを鑑みながら管理しガラスを溶融する。
職人たちが作業を終えた夕方以降、夜通しこれを行うのが窯炊き職人である。


窯炊きから玉取り、吹き、選品、火切り、洗浄、口焼きまで、
いくつもの行程で多くの職人の手を経て完成するハンドメイドのグラスたち。


「ガラス工場っていうと吹きの職人ばかりが注目されるけれど、
タネ作りから仕上げまでオールキャストで一つのものを造り上げるんですよ」


後編に続く。

SHOP INFORMATION

松徳硝子株式会社
130-0013
東京都墨田区錦糸4-10-4
TEL:03-3625-3511
URL:http://www.stglass.co.jp

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