南部杜氏発祥の被災地岩手より
若き蔵元の熱いメッセージ。
<後編>

PICK UPピックアップ

南部杜氏発祥の被災地岩手より
若き蔵元の熱いメッセージ。
<後編>

#Pick up

五代目蔵元 久慈浩介さん

百年以上続く手作りの技を大切にしつつ、新しいアイデアを積極的に取り入れる五代目蔵元。南部杜氏の熟練の技と若き情熱の融合、そのお味はいかに?!

文:

麹と酒母ができあがるといよいよ仕込み。こちらはもろみをかき混ぜる「櫂入れ」の最中。Photo by 南部美人

豊かな自然に恵まれた岩手で、110年の歴史を誇る酒蔵「南部美人」。
若き蔵元は東北の日本酒を全国、そして海外に広めるべく
柔軟な発想力で新奇な試みを次々と実現している。

まず一つめは、17、8年前から精力的に行っているお酒の会、通称「ライブツアー」。
北は北海道から南は沖縄まで、NYや中国でも開催し好評を博した。

ライブツアー、つまり蔵元がその場に立ち会い、皆で日本酒を楽しむ会のことである。

「とはいえ、ただの試飲会では面白くないですから。
造り手がそこに立ち会って、実際にその酒がどうやって造られているのか、
その苦労話や裏話、面白いエピソードを披露しながら、テイスティングしていただきます。

たとえば日本酒とブルーチーズが合うんですよ、なんて話をすると
みなさん、とっても驚かれる。
そこで根拠を提示しながらどうして合うのか、という話をすると
日本酒に対する理解が一層、深まるんです」


「バーテンダーと一緒ですよね。
バーテンダーがカクテルを作る一連の流れは、れっきとしたエンターテインメント。
それを日本酒の蔵元バージョンでできないか、と考えてうまれたのがこのイベントです」

酒飲みの醍醐味ともいえる蔵元を囲む会、通称「ライブツアー」。次回は7月29日、被災地仙台にて行われる。(カネタケ青木商店主催)Photo by 南部美人

蔵元が自ら出向き、自分たちの酒の魅力を語る。
かつてはほとんど開かれることのなかったという、蔵元を囲んで酒をたしなむ機会がここ数年で激増した。

久慈さんはそうした会を、ブログやツイッター、フェイスブックなど
ソーシャルメディアを駆使して発信していく。
「電脳酒蔵と呼ばれます」と笑うが
そうした発信力、柔軟性がまさしく新世代。

「ブログにツイッターなんて、伝統産業のイメージとは相容れないかもしれない。
でも自分の世界にとじこもっていては前に進めない。
いろいろなものを見聞きし経験することは勉強になりますし」

そうしてソーシャルメディアを利用することで世界は広がり
海外でのプレゼンテーションの機会も増えた。

今年は開催未定の酒蔵ライブ。例年は6、7、8月にかけて行われる。Photo by 南部美人

2002年からは仕込みが終わった後の、空になった蔵を利用して
酒蔵ライブを行っている。

「酒蔵ライブではコンサートや落語を、しぼりたてのお酒、地元の料理と一緒に
楽しんでいただいています」

近代的な建物は逆に音が反響するそうで、酒蔵と音楽は意外に相性がいいのだとか。

落語と言えば、たとえば三遊亭鳳楽師匠の高座は久慈さんも楽しみにしている酒蔵ライブのひとつ。
日本酒が大好きという師匠、全国の酒蔵をボランティアで巡っているそう。
まさいく伝統産業と伝統文化の、最強タッグである。

「元々地域貢献の一環で始めた活動ですが、
伝統産業の担い手こそ、そうした地域コミュニティの中核になるべきだと
私は考えています」

このような泡のある酵母は段々と使われなくなっているとか。Photo by 南部美人

そんな願いからうまれた数々の試みだが、残念ながら過日の震災の影響を受けて中断しているのが現状だ。
そしてもちろん、こうした活動が立ち消えになることに加えて風評被害の問題もある。


「壊滅状況にある蔵もあれば、うちのように製造ラインは無事だったという蔵もある。
岩手だけでなく東北全体の酒蔵のことを考えたら、自分たちが何かしなくては、という気持ちになりました」

日本酒の文化やそのたしなみ方を、あらゆる層に知ってほしい。
その魅力をもっと広め、日本酒の価値を高めたい。
地域文化を支える存在でもありたい。
従来からの願いに加え、同じ東北人としていても立ってもいられない気持ち。
そうした気持ちが、あの動画の呼びかけにつながった。


伝統産業である日本酒の造り手。
自分たちの故郷やルーツを大切にしている職人たちの言葉だからこそ、
多くの日本人の胸に響いたのではないだろうか。

「『あさ開』ほか岩手の三酒蔵で呼びかけたあのメッセージには、
多くの反響があり、ありがたいことにそのほとんどが好意的なものでした。

何かしたい、何かしなくてはいけないと思っていても
何をすればいいのかわからない、そういう気持ちが自粛ムードにつながっていたのでしょう。
でも東北の酒や食品を買って、飲み食べることが支援になると気づいてもらえた。

沿岸部の被害は甚大です。
今後必要になるのは一時的なボランティアや義援金にも増して
中長期的な支援になると思います。

それには被災地以外のエリアに暮らす人々が自分たちの生活を営みながら
続けていける活動を考えていかなくてはならない。
おいしいものをみんなで楽しく飲んで食べて、それが支援につながるのなら
誰しもが長く続けられるんじゃあないでしょうか」

東北全体の酒蔵の、そして東北地方すべての産業のために
「毎日の生活に、なにか一つ東北のものを」と発信する久慈さん。
現在、「南部美人」の酒蔵でのイベントは中断してしまっているが、
東北や北関東の日本酒を支援するイベントなどでは、
久慈さんたちが手塩にかけた酒に出会えるはずだ。


現に先ごろ渋谷で開催された、
関東の地酒専門店が主催する「POWER TO THE 東北!北関東!」のチャリティ試飲会に参加。
29の酒蔵と団結して復興への道のりを一歩ずつ、だが確実に歩んでいる。

こうした地道な活動が東北地方への支援の力となり
地元への貢献が日本酒の価値を上げ、ひいては100年、200年と続く文化に育てあげる。
東北と日本酒の未来に思いを馳せて、若き五代目はそう信じている。

SPECIAL FEATURE特別取材