南部杜氏発祥の被災地岩手より
若き蔵元の熱いメッセージ。
<前編>

PICK UPピックアップ

南部杜氏発祥の被災地岩手より
若き蔵元の熱いメッセージ。
<前編>

#Pick up

五代目蔵元 久慈浩介さん

3月の震災直後、「自粛よりもお花見を」という被災地からの真摯なメッセージが話題になった岩手の酒蔵、「南部美人」。自らの蔵への、そして東北の酒への熱い思いを伺った。

文:

左は純米吟醸¥2,761、右は特別純米酒¥2,415。オンラインでの購入は同じ二戸市内にある「ささき酒店」で。http://www.appabeer.com/

岩手と言えば南部杜氏。
県内の蔵元は23蔵と、秋田、山形と比べれば決して多くはないけれど、
醸造技術の研鑽を重ねた南部杜氏の技術力の高さは折り紙付きだ。
現在は北海道から四国まで、実に300人余の南部杜氏が酒造りに関わっているという。

今回はそんな南部杜氏発祥の地である岩手県にある、
内陸部北端に位置する日本酒の酒蔵、「南部美人」を訪ねた。
東に陸中海岸公園、西に八幡平国立公園、十和田湖を望む、
豊かな自然に恵まれた小さな町である。


この度の大震災では岩手県も大きな被害を被った。
陸前高田市の「酔仙」など、沿岸部にある酒蔵は津波により甚大な被害を受けた。
幸運にも壊滅的なダメージを免れた「南部美人」ほか内陸部にある酒蔵ではいち早く、被災した酒蔵の支援を始めた。

震災直後の4月初旬、YouTubeにアップされた「被災地岩手からお花見のお願い」とした
メッセージを覚えておられる方も多いだろう。
盛岡の酒蔵「あさ開」、紫波町の「月の輪」とともに動画で呼びかけたのが
「南部美人」五代目蔵元の久慈浩介さんだった。

日本全国に蔓延していた自粛ムードが、応援モードに切り替わったのは
こうした被災地からのよびかけがきっかけの一つになったのではなかっただろうか。

蔵の裏手に祀ってあるお酒の神様、松尾大明神。毎年、仕込み始めの前と後にスタッフ全員でお参りする。

「自粛は日本人独特の美学ですよね。
被災地を気遣っての自粛の気持ちは本当にありがたかった。

そのお気持ちはありがたく頂戴しつつ、でも行動は自粛しないでいただきたい。
そんな東北のすべての酒蔵を代弁して、被災地以外の地域へ向けてメッセージを発信しました」と久慈さん。

お酒というのは人々を元気にするものである。
被災地ではお酒を楽しむどころではないけれど、
せめて被害を免れた地域では酒を飲んで心を癒し、活力をみなぎらせ、
豊かな時間を共有してもらいたい。
そしてその活力を少しでも東北へ向けてもらいたい。

伝統ある酒の作り手たちの気持ちが痛いほど伝わってくる、
真摯なメッセージだったように思う。


実際、内陸にある「南部美人」でも町のシンボルであった煙突の一部が損壊、
下水管の一部が崩れたりする被害があった。
が、幸いなことにスタッフ、製造ラインともに無事だったため
「地盤の強固な場所に蔵を建ててくれて」とご先祖さまに感謝しつつ、
規模を縮小したことはあれど一日も休まず酒造りを続けている。

市内のシンボルでもあった蔵の煙突は、3月の地震で一部が損壊。

ここで、「南部美人」について説明しておこう。
酒蔵としての「南部美人」の創業は1902年(明治35年)のこと。
蔵を代表する銘柄「南部美人」は戦後すぐの昭和26年、
従来の雑味の多い酒が主流であった中で、「本当に美しい、きれいな酒を目指して」生まれた。
清流な水に恵まれた豊かな風土と美しい酒質をイメージして、三代目が「南部美人」と命名したとか。


久慈さん曰く「『南部美人』は、口に含めば思わず笑顔があふれるような
明るくて、おいしさがストレートに伝わる酒」。
「女性の方や日本酒は苦手という方にも楽しんでいただけるはず」と胸を張る。


もちろん、酒と料理は切っても切れない関係にある。
「南部美人」はその点、どんな料理とも合わせやすいと好評だ。
公式ホームページでは「ビストロ南部美人」というコーナーで
「南部美人」と相性のいい料理のレシピを紹介している。

久慈さんのおすすめは「南部美人」×せんべい汁の組み合わせ。
せんべい汁といえばこのあたり一帯の有名な郷土料理だが、
そのせんべいをすき焼きに入れても「南部美人」とよく合うのだそう。

こちらは約200年前の土蔵の仕込み蔵。あいにく仕込み後につき、タンクの中は空だった。

さて、「南部美人」に加えてもう一つ、五代目が注力しているのが、
純米酒と梅のみで作った「糖類無添加 梅酒」である。
原材料は米と梅と水、ただそれだけ。きわめてナチュラルな梅酒なのだ。

地元・岩手産の梅を使用、「南部美人」が持つ「全麹仕込み」という特殊技術を応用し
いっさいの砂糖、甘味料、アミノ酸を加えない、
自然の甘み、梅本来の味わいを楽しめる大人のための梅酒を作り上げた。

「糖類を加えない」というのは他に類がないそうで、この技術で特許を取得。(特許第4415072)
若き蔵元だからこその発想、挑戦と言えるだろう。

「従来の梅酒はやはり甘みが難点。
その点こちらは、甘くないからいくらでも杯を重ねられる。
バーテンダーや料理屋さんにも好評です」

そもそも久慈さんがこのリキュールを思い立ったのは
近年の日本酒離れに危惧を抱いたからだった。

「若年層や女性など新たな層を取り込もうと、日本酒業界はアルコール度数を低めにしたり
端麗や濁り酒、淡いピンク色の日本酒など様々な酒を打ち出してきました。

それでも明らかな効果は認められない。

「逆に海外では日本酒ベースのカクテルはもはやスタンダードなんですね。
NYでは『サケティーニ』が大人気で、これが欧米の方々の日本酒のエントリーモデルになっている。
だったら自分たちは、日本人を日本酒に導くためのガイドラインとして、日本で何ができるだろうか、と」


長きに渡る「日本酒」という伝統の、価値観の根底にあるものは変えず、
でも若年層へのイメージアップや訴求力は図りたい。

ここで久慈さんがたどり着いたのは「そのためには『媚び』は必要ない」ということ。

「濁りも発泡もピンク色も必要ないんです。
もしかしたらある程度、敷居は高くてもいいのかもしれない。

造り手としては昔ながらのトラディショナルな酒を造り続け、そのおいしさを広めるだけ。
そしてそのガイドラインとして、日本酒ベースの梅酒を造ったわけです」


後編に続く。

SPECIAL FEATURE特別取材