こだわりの職人魂炸裂!
日本屈指の地ビールマイスター。
<後編>

PICK UPピックアップ

こだわりの職人魂炸裂!
日本屈指の地ビールマイスター。
<後編>

#Pick up

醸造長 山田一巳さん by「ブルーパブレストラン ROCK」

八ヶ岳南麓の恵まれた風土で生まれる八ヶ岳地ビール「タッチダウン」。ビール一筋半世紀!の職人が語る地ビール・ブ−ムと、おいしい地ビールの味わい方。

文:Ryoko Kuraishi

八ヶ岳の伏流水はビール作りに適した硬水。八ヶ岳南麓の恵まれた気候、風土、そして清流な水がおいしい地ビールを育てる。Photos Tetsuya Yamamoto

つい十数年前は野生のホップが茂っていたという清里。
温暖化の波が押し寄せ、自生のホップは消えてしまったが
八ヶ岳山麓は本来、ビール作りに適した風土なのかもしれない。

前述したように、プレオープンで手応えを感じブルーパブレストラン「ROCK」のオープン初日に望んだ山田一巳さん。

オープン前に八ヶ岳地ビール「タッチダウン」を取り上げた旅番組が
テレビで放映されたこともあってか、当日は予想を超える人出を集めた。
「ありがたいことだよね。たくさんの人が、このビールを飲むために何時間も並んでくれたんだから」

「タッチダウン」の原点ともいえる「ピルスナー」、
そして山田さんの自信作「デュンケル」。
オープンしてしばらく後、新たにラインナップに加わったのが、通常より手間ひまもコストもかかる
プレミアムビールだった。

八ヶ岳ブルワリーの設備は、キリンのパイロット設備とほぼ同規模という。山田さん、そして醸造スタッフの目が行き届く最適の大きさなのだ。この小さなブルワリーに、大手メーカーも視察に訪れる。

「当時は夏は清里に常駐、冬場は自宅のある横浜に戻るというサイクルで暮らしていてさ。
横浜に戻るとき、置き土産がわりにプレミアムを作ったんだよ」


ドイツ産とカナダ産の厳選された麦芽を1.4倍量(ピルスナー比)と、
世界最高品質と言われるチェコ産ファインアロマホップを贅沢に使った
こだわりの「プレミアムロック・ボック」。
2ヶ月もの間じっくり熟成させ、よりまろやかに仕上げたビールは瞬く間に評判になり、
周囲の説得もあって、山田さんが「大嫌い」と言うコンテストに出品することに。

「一生懸命作っているんだから、
誰にどう評価されようと作り手には関係ないんだよね」

そんな山田さんの思惑とは裏腹に、「プレミアムロック・ボック」が全国種類コンクールで高い評価を得たことで
(ビール部門総合一位、一般テイスティング部門一位!)
オンラインショップでも売り切れ続出、「幻の地ビール」として一気にメジャーに躍り出た。


ご存知のように2007年以降、ご当地ブームと地ビール醸造の規制緩和に伴い、
全国に地ビール旋風が吹き荒れた。
大手から小規模まで各地で地ビールの醸造所が乱立、
一部のブルワリーでは実際、本場ドイツからブラウマイスターを招聘していたほど。

「ドイツでパブをはしごしてビールを飲み歩いたけどね、
気になったのは1杯だけだったな。
ドイツと日本では気候も風土も、味の好みだって違う。
おまけにビールのレシピは知的所有権、ブラウマイスターは決してレシピを残して行かないから、
彼らが本国に戻っちゃうと味が変わっちゃうんだ」

左は「ピルスナー」(Lサイズ)650円、右は「デュンケル」650円。ブルーパブレストラン「ROCK」はカレーが有名なのだが、デュンケルはカレーの香りにも負けない、しっかりとした風味・味わいを持つ。

経験や知識に裏打ちされた、作り手の微妙な感覚に左右されるのが地ビールだ。
一時期の地ビールブームも一段落すると、
ご当地ブームに乗ってあちこちで生まれた地ビールは自然淘汰されていく。

「ブーム自体はいいことだよね。
一時期は『地ビールはおいしくない!』なんて言われていたけれど、
切磋琢磨した結果、それぞれ特徴のあるビールが断然、おいしくなった。
せっかくの地ビールを一過性で終わらせないためにも、おれたち作り手が一層努力しなくちゃいけないよね」


山田さんに言わせれば、
「地ビールとはその土地の産業、地場としての特徴を持ちつつ、かつおいしくなければならない」

「例えば強引に全国展開したいとかさ、猫も杓子もヴァイツェンとかさ。
ヴァイツェンって本来は難しいビールなんだよ。
自分たちの身の丈にあったビールを地道に作ることだな」

ヴァイツェンは南ドイツで作られている、大麦麦芽と小麦麦芽を用いた白ビールのこと。
ヴァイスビアとも呼ばれる。
フルーティな香りとホップの苦みを抑えた、爽やかな後味が特徴だ。
ブラウマイスターによって味が変わるのも、このビールの面白さ。

清里開拓の父にして、アメリカンフットボールを日本に初めて紹介したポール・ラッシュ博士へのオマージュとして、八ヶ岳地ビールは「タッチダウン」と名付けられた。

山田さんも一時、ヴァイツ(ヴァイツェンよりも小麦の含有量が少ない)を手がけたことがある。
「ヴァイツェン、ヴァイツは劣化が早いのが難だね。
瓶詰めしたら、時間が経つにつれどんどん風味は落ちる。
うちのヴァイツにも圧倒的なファンがいてくれたんだけど、
2週間で売り切れれば問題ないが、
一ヶ月も経てば、出荷当初とはまったく別物のビールになっちゃう」

味も風味も別物になってしまうなら、「出すことはまかりならん!」ということで、
山田さんはすべて廃棄させてしまった。

ヴァイツェンには作り手を刺激する面白いさがあるけれど、と前置きしつつ
「せっかく作ったのにさ、廃棄処分になるなんてビールもかわいそうだろ?
だから廃棄しなくちゃならないものは、おれは作りたくないね」


「新しいビールを作るのも面白いけどね、
いまは若いスタッフを育てることに魅力を感じてますよ。
現在醸造のスタッフは男性二人。
最近、彼らにも『ああしたい、こうしてみたい』って遊び心が出てきた。
基本のレシピはありつつも、彼らが『こうしたい』と言ってきたら
いつもね、好きなようにやりなさいって言ってるの。
マズかったらレシピを元に戻して、また一からやり直せばいいだけなんだから」

楽しんで作らなくては、おいしいビールは生まれない。
だからビール職人にいちばん大切な資質は「遊び心」である。
山田さんがいま作っているのは、そんな山田さんの職人魂を受け継ぐビール職人なのかもしれない。

清里、そして八ヶ岳はこれからいちばん美しい季節を迎える。目にも鮮やかなグリーンに癒されて、極上の一杯を!

山田さんいわく、
「地ビールはその土地を飲み歩くのがいちばんおいしい」。

確かに作りたてのビールは、瓶詰めされたビールとは(たとえ中で酵母が生きていようと)
異なる魅力やおいしさがある。
それは、そのビールを育んだ風や匂い、土地の空気を直に肌で触れ、
感じているからかもしれない。

山小屋のような佇まいのレストランで、作り立てのビールを飲む幸せ。
おいしいビールにつまみはいらない。
清里の清々しい空気に触れて、郷土が育んだ一杯を味わう。
このひとときこそが最高のごちそうなのだから。

SHOP INFORMATION

ブルーパブレストラン ROCK
山梨県北杜市高根町清里3545 萌木の村
TEL:0551-48-2521
URL:http://www.moeginomura.co.jp/ROCK/

SPECIAL FEATURE特別取材