グランメゾン元給仕長が作る
富士山麓の有機野菜を求めて。
<後編>

PICK UPピックアップ

グランメゾン元給仕長が作る
富士山麓の有機野菜を求めて。
<後編>

#Pick up

松木一浩さん by「レストラン ビオス」

野菜カクテルの新たなインスピレーションを得られるかも?
そんな気持ちで赴いたビオファームまつき。
オーナーの松木さんが模索する「ビジネスとしての有機農業」、果たしてその哲学とは?

文:

眺望がいいのはもちろんのこと、有機物に富んだ土と富士山からの清らかな水。富士山麓は条件に恵まれている。

「ビジネスとして有機農業がおもしろい」、松木さんの口からはそのフレーズが何度も飛び出す。

その考えの根幹にあるのは「自分でつくった野菜にいかに付加価値をつけるか」ということ。

「たとえば、10年前から販売している『野菜セット』には必ず、野菜のおいしい食べ方を記したレシピを同封しています。
それぞれの野菜の特徴や、どんな畑でどんな風に育ったのか、そんなストーリーも添えて」


例えば、ある月の野菜セットに添えられたのは、トマトやマクワウリ、ゴーヤをジュースとして楽しむためのレシピ。
メロンのようなマクワウリはそのままジューサーにかけて、
ゴーヤはハチミツやリンゴでナチュラルな甘みを加えて、これまたジューサーに。

こうしたジュースをカクテルのベースとするのも、新しいアイデアかもしれない。
一部の野菜はリキュール類ととても相性がいいのだそうだ。

「レストランでは、キュウリをパスティスと合わせてグラニテにしたり、
ジャガイモをパスティスト合わせアイスにしたものをデザートとしてサーブしたこともあります。
フローズンカクテルのようだと、お客様からもとても好評でした」
と話すのは、ビオファームまつきの野菜ソムリエ、中田美智代さん。


「寒さのおかげで、冬の野菜は甘みがぐっと増すんです。
うちのニンジンはまるで柿のようですし、ダイコンは梨かと思うほど。
だから冬場は、フレッシュジュースがおいしい季節でもあるんです」

あと2、3ヶ月もすれば、こうした野菜が畑直送で手に入る。
フレッシュで瑞々しい野菜をジュースにしてリキュールと合わせれば、新感覚の野菜カクテルが楽しめそうだ。

「ただし、ダイコンは葉に近い部分を使ってくださいね。
下の部分は辛くなりますから」

こうしたレシピ提案もひとえに野菜のことをよく知ってもらうため、おいしく食べてもらうため。
消費者にいかにそれを伝えるか。
松木さんはじめ、ビオファームまつきのスタッフはそうした工夫に専心する。

新たなカクテルのアイデアソースとなるかも?レシピも楽しみな野菜セット。 Photo by Daisuke Akita

「農家は厳しい仕事だ、お金にならない。雑草や害虫、天候に苦しめられる。
メディアではマイナス面ばかりが取り上げられますが、はっきり言って何かビジネスをする以上、『大変』なんて当たり前。
誰だって大変ですよ。
毎朝早起きして満員電車に揺られて通勤するのだって、十分『大変』じゃないですか?
大変という言葉は甘えに過ぎないと、私は思います」

「農業って最高に面白いんですよ。
勉強すればするほど、その可能性を知り、それを実現できる余地がいまだ残されていることを理解する。
そう、農業には可能性があるんです。
これまで競争らしい競争のないジャンルでしたから」

かように松木さんを魅了したのは、生産を取り巻く外側部分の可能性だった。

といっても、生産をないがしろにしているわけでは、決してない。

レストラン ビオスで供されるのは、素材のよさを引き出すシンプルかつトレートな一皿だ。 Photo by Daisuke Akita

「デリにしろ、レストランにしろ、畑の作物ありきですから。
畑作業に手を抜いて作物がだめになった、なんてことになったら、デリもレストランもつぶれてしまう。
とはいえ、販売面をおろそかにしたら、せっかくの農業の面白さを活かせない」

販売がうまくいけば農業は楽しい仕事になる。
これ、松木さんが10年にわたる研鑽で得たモットーのひとつ。

「作ることより、むしろ売ることが面白いんです。
農業って結局、天候まかせ。お天道さんに作ってもらっているというのが正直なところです。

でも販売は自分でコントロールできるんです。
販売網を新たに開拓したり、いかに売れるかを考えて売り方や見せ方を工夫したり。
自らが栽培し、プロデュースする。『売る』楽しみは何倍にもなりますよ」

有機栽培ゆえ少量多品目。年間約80種もの作物を栽培している。 

就農して3年目くらいには、自分で栽培した野菜を使った料理を供する店を持ちたい、と思っていた松木さん。

レストラン時代の経験を踏まえ、素材(野菜)作りから料理までをプロデュースしたいと願うのは、当然のことなのかもしれない。

こうして2007年にはじめての店舗となるデリカテッセンを富士宮市にオープンした。

「デリは、野菜はこう食べたらおいしい、こんなレシピがある、という情報発信の場。
いわば、野菜セットにつけるレシピの進化版です。
と同時に、『野菜を有効活用する』という大切な目的もありました」

有機栽培ではどうしても形が悪い、あるいは大きすぎたり小さすぎたり、商品にまわせない野菜も出てくる。

そういう野菜を料理の素材として活用し、デリカテッセンで販売すればムダもない。

「レストランに比べ、デリカテッセンなら人手も店舗も小規模で始められますしね」

その頃には研修生も受け入れており、スタッフも雇いはじめた。
松木さんにとっての「ビジネスとしての農業」が、本格的にスタートする。

こぢんまりとしたレストランだが、料理、サービスはあくまでもエレガント。 Photo by Daisuke Akita

育て、料理し、口に入れる。
食にまつわる全プロセスをどうプロデュースするかが有機農業の醍醐味、と語る松木さん。

その考えを現実のものとするデリが誕生したことで、その取り組みはさらに進化する。

ビオデリのための野菜を一次加工する加工所、レストラン……。

松木さんが目指しているのは、有機農業の新たなビジネスモデルをつくること。

漠然と農業をやりたいと考える若者が、就農に踏み切れるような。

たとえば、子供たちの将来なりたい職業の一つに、「有機農家」が選択肢の一つに入るような。

「農家は特殊な産業ではない、他産業と同じです。
自分の満足のいく生産を行い、販売網を開拓する。
今までの農業は狭い世界で保護されてきたけれど、遠からずそのシステムは機能しなくなるでしょう。
いかに作り、いかに売るのか。それは他産業と変わらないんです」

前職時代と同様、スーツに身を包みレストランでにこやかにゲストを迎える松木さん。

昔といま、何が違うかと問われれば、
「ここが自分の店だということ。
提供する料理は、自分たちが大切に育てあげた野菜を使っているということ。
矜持と、モチベーションと、達成感が違います。
今も休日なんていらないくらい、毎日が充実していますよ」

だから、スーツに身を包みフロアに立っていても、松木さんは自らを「ペイサン」と呼ぶ。

土とともに生きる農民なのだ、と。

レストラン ビオス
静岡県富士宮市大鹿窪939-1
TEL:0544-67-0095
URL:http://bio-s.net/

SPECIAL FEATURE特別取材