食文化を後世に伝える!
金沢で生まれた、革新的な食のコミュニティ。
<後編>

PICK UPピックアップ

食文化を後世に伝える!
金沢で生まれた、革新的な食のコミュニティ。
<後編>

#Pick up

宮田人司/Miyata Hitoshi(OPENSAUCE) by「A_RESTAURANT」

今月は金沢から食のシーンを牽引するムーブメントをお届け。前編でお伝えした「Alembic大野蒸留所」に続き、後編では、古きと新しきを素敵に繋げる「OPENSAUCE」の取り組みをご紹介します。

文:Ryoko Kuraishi

「Alembic大野蒸留所」の中川さん(左)と、「OPENSAUCE」ファウンダーの宮田さん(右)。

「未来に遺したい味」ってなんだろう。

金沢にユニークな食のコミュニティがある――といううわさは兼ねてから耳にしていた。その名を「OPENSAUCE」という。

食のルーツと伝承を目的に、最新のテクノロジーを使ってR&Dを行っていること、海外の料理人たちに、日本の食文化を体験する機会を提供していること、新しい角度で食農を追求していて、最近では農業ベンチャー部門や酒造部門を立ち上げたこと、など。

「OPENSAUCE」の創業者は、ミュージシャンであり、映像制作会社やIT会社などを幅広く手がけた宮田人司さん。
子どもがうまれたことをきっかけに、2010年に金沢に移住してきた。

「OPENSAUCE」を立ち上げたのは、自分の子どもが成長した時、思い出に残っている家庭の味はなんだろうと、思いを馳せるようになったからだ。

金沢の中心部にある「A_RESTAURANT」。ビルの2階にあるボウリング場をフルリノベした。奥に見えているのがキッチンだ。

「僕は人より少し早く、18歳で実家を出てしまいましたが、思い出に残る『母の味』がいくつもあります。

僕が思う『宮田家の味』の代表が、タマネギとシイタケを酒とみりんで煮て、醤油や砂糖、塩、鷹の爪、レモンジュースで味を調えるという料理。

我が家では月に数回、食卓に登場する定番料理でしたが、小学校の同級生に聞くと、そんな料理は見たことも聞いたこともないという。

母に尋ねると、その昔、バンコクで暮らしていた時にタイ人のメイドさんがよく作っていた料理を適当にアレンジしたものでした。

バンコク生まれの料理が宮田家の味として定着して、いまでは僕も兄も僕の妻も作っているというのが、なんだかおもしろくて。食のルーツと伝承って想像以上の広がりがあるんですね。

いわゆる伝統的な和食や家庭料理も、それぞれがストーリーを秘めているはず。それを、味わいとともに文化として未来に遺したいと思うようになりました」

「A_RESTAURANT」では手法も素材もさまざまな一品を提供しており、ドリンクペアリングにも意欲的に取り組んでいる。

「食の伝承」に取り組む研究者や料理家は少なくないだろうが、「OPENSAUCE」がユニークなのは、現代ならではのテクノロジーを武器に、誰もが使えるソフトウェアを開発して食文化の開発・研究を行い、その成果をオープンなプラットフォームで公開しようというところだ。

その活動のベースとなっているのが、レストランであり、料理人たちの研究開発機関でもある「A_RESTAURANT」。

食の研究をメインに行なっていることもあり、大きなキッチンを備えている。ここで披露されるのは、料理人たちの研究成果というわけだ。

異業種からの転身&金沢への移住を果たした「KNOWCH」のスタッフ。「KNOWCH」の代表を務める村田智さんも異業種からの転身組で、もともとは金融系営業マンだったが、当時の顧客に農家が多く、農業従事者向けの勉強会を開くようになったことで農業に興味を持つようになった。

食のベースを担う、農業の入り口を探してみたら。

2019年には農業ベンチャーの「KNOWCH」立ち上げた。

食の未来についてリサーチを行うなかで、現代の農業が抱える耕作放棄地や離農という課題に直面し、それらの解決に貢献したいと思っていたからだ。

農業をつないでいきたいという意志があっても、農業の入り口さえわからなかった、と宮田さん。

農地法があるから、代々続く農家でもない限り、簡単には農地を取得できない(当時)し、農地がなければ農家(農地所有適格法人)になれない。

そこで「KNOWCH」代表の村田智さんとともに考えたのが、こうしたしがらみや古い制度から自由になるための農業のプラットフォームの整備だ。

耕作放棄地を意欲ある生産者に使ってもらい、農家に伝えられている“農知”を次世代に繋ぎ、みんなの“農値”をあげていく。

現在、「KNOWCH」は日本とニュージーランドでブドウを栽培しながら、新しい農家・農業のあり方を模索している。

一方、金沢初の蒸留酒造りに挑んだ「Alembic大野蒸留所」は、「OPENSAUCE」的なものづくりの現場を担う、もうひとつのチームと言えるだろう。

食農を追求する「OPENSAUCE」には、「食の未来」というコンセプトに共感したさまざまなメンバーが集っている。

スタンスや活動内容はまったく異なるものの、「KNOWCH」と同様に「OPENSAUCE」の価値観を体現しているのだ。

「20年来の知り合いである宮田さんに『酒造りを始める』と相談したら、独立するなら金沢においでよと誘ってくれたんです。

農業部門もスタートしたところで、僕の酒造りにも共感してくれ、『OPENSAUCE』の一員として立ち上げることになりました」(中川さん)

「A_RESTAURANT」にはウェイティングバーが備わっており、ゲストシフトが組まれることも。

蒸留酒とは別に、現在は日本酒造りにもとりかかっているそう。

長野県東筑豊郡で375年の歴史を誇る老舗酒蔵が安曇野市松川村への移転・再生を計画しているが、このプロジェクトを担っているのが「OPENSAUCE」。

ただ日本酒を造るのではない。北信の在来品種で「幻の酒米」と呼ばれる「金紋錦」を蘇らせ、後立山連峰の伏流水を仕込み水に酒造りを行う計画だ。

移転後初の仕込みは2024年秋に予定しているが、その先にはどぶろく造りやウイスキー造りも視野に入れているそうだ。

そんな宮田さんが目指す、「OPENSAUCE」の姿とは……?

「先日、金沢の片町に『Asile(アジール)』というジャズクラブをオープンしまして、オープニングに20代、30代の若手ジャズミュージシャンを招聘しました。

彼ら、演奏もめちゃくちゃうまいんですが、聞けばYouTubeで伝説のミュージシャンたちのライブを繰り返し視聴して技を磨いたそうなんです。

90年代、IT業界に携わる者としてインターネットを普及させるために苦労を重ねましたが、その苦労が花開いた瞬間に立ち会えたと思いました。

それと同様に、食のルーツを解像度高く伝える『OPENSAUCE』の取り組みが、20年後、30年後の食の世界になにかしらの痕跡を残せているといい。

そんなふうに未来の食シーンに期待しています」(宮田さん)

A_RESTAURANT
〒920-0981 石川県金沢市片町2-23-12 2階
TEL:076-255-0088
URL:https://a.restaurant.co.jp

SPECIAL FEATURE特別取材