
PICK UPピックアップ
伝統工芸のポットスチルで世界を目指す、
北陸唯一のウイスキー蒸留所。
<前編>
#Pick up
稲垣貴彦さん from「三郎丸蒸留所」
文:Ryoko Kuraishi
「三郎丸蒸留所」5代目の稲垣さん(右)と「老子製作所」の15代目老子祥平さん 。
北アルプスの3000m級の高峰が連なる立山連峰と富山湾に囲まれた富山県は名水の宝庫と謳われ、古くから日本酒造りが盛んに行われていた。
そうした造り酒屋の一つが、1862年創業の若鶴酒造。
こちらでは1952年から、富山県が誇る名水を仕込み水に使って冬に日本酒の仕込みを、夏にウイスキーの蒸留を行う二刀流を取り入れている。
国内で半世紀以上もウイスキーを造っているのは大手2社とここだけという伝統を誇る「三郎丸蒸留所」では、新たにブレンダーに就任した稲垣貴彦さんが現在、大リニューアルを推し進めている。
まず2016年にクラウドファンディングを立ち上げて資金を集め、老朽化が著しかった建物や製造設備を大改造。
また、コメの浸漬タンクを改造した自作のマッシュタンを半世紀ぶりに更新し、三宅製作所の最新型を導入した。
ステンレス製、純銅製、銅錫(どうすず)合金の試作機。
世界初、鋳物(いもの)でポットスチルを作る!?
きわめつけはポットスチルだ。
なんと、世界で初めて鋳造(ちゅうぞう)のポットスチルを開発したのである。
「当時の設備は30年ものの蒸留器が1基だけ。初留と再留をこれで行わなくてはならず、非常に効率が悪かった。
そのほかの設備もすべてが古く、どうしても『昔の地ウイスキー』の味わいにしかならないんです。
うちでは1952年の稼働当初からヘビーピーテッドにこだわってウイスキーを造ってきたのに、肝心なピーティなフレーバーが抜けてしまう。
そこでポットスチルを含めて設備を一新することにしたんです」
フォーサイスなど海外のポットスチルのメーカーに問い合わせてみたところ、納品まで2、3年という回答が。
国内についても、相次ぐ蒸留所の建設により時間がかかる状態だった。
ポットスチルの導入に3年もかかっていたら、いつまでたっても本当のウイスキー造りに着手できない。
そこで稲垣さんが目をつけたのが、同じ富山県の伝統工芸である高岡銅器だった。
従来のポットスチルと「ZEMON」の内部の表面の滑らかさの測定結果。銅板を叩いた従来のタイプは滑らか、一方で「ZEMON」には細かな凹凸がある。
高岡市は日本の銅器生産の9割を担う一大産地。
高岡銅器の歴史は400年前、加賀藩主・前田利長の時代に遡る。
当初は鍋や鍬などの日用品、農具を製作していたが、江戸時代中期からは青銅の鋳物を手掛けるようになった。
鋳物造りではまず、原型師が元となる雛型を作りそれを砂でできた鋳型(いがた)に置き換え、その鋳型に液状の青銅を流し込む。
型をはずして研磨し、着色し、仕上げの加工を行えば完成だ。
こうした工程を分業で行うことでそれぞれの専門技術を極限までに高めたのが高岡だった。
「高岡銅器といえば銅像などの細かな細工から梵鐘(ぼんしょう)といった特大サイズまでを担う屈指の鋳造(ちゅうぞう)技術を誇ります。
直径3m、高さ5mという特大サイズの梵鐘(ぼんしょう)を作れるならポットスチルも鋳造できるのでは、そう考えたんです」
稲垣さんが門を叩いのは、梵鐘製作で知られる老子製作所だ。
「まずは従来のポットスチル、つまり銅を叩いて溶接する板金製と鋳造で作ったものを比較検証することにしました。
まずポットスチルの製造でいえば、叩いて成形する板金よりも鋳造のほうが格段に早くできるうえ、型さえあれば増産が可能です。
機能でいうなら鋳造のほうが肉厚なものができるので蒸留工程で生じる銅の消耗に耐えうるのではと考えました。
それに、板金のポットスチルは純銅製ですが、鋳造の場合は銅と錫(すず)の合金となります。
この錫がどう作用するかも知りたかったんです」
鉛を抜いた特殊な合金で製作。そのせいで、溶融した合金を型に流し込む「湯回り」がうまくいかない、などの問題もあって2、3回はやり直した、と老子さん。
銅錫合金で、純銅よりもウイスキー造りに適していた!
稲垣さんの依頼に応え、老子製作所15代目の老子祥平さんが容量2ℓの試作機を銅錫合金で製作。同じサイズの純銅、銅錫(どうすず)合金(=・・鋳物)、ステンレスの3パターンで比較検討することに。
「試作機で蒸留したスピリッツの成分を酒類総合研究所に鑑定してもらいました。
ステンレススチルで硫黄臭(サルファリー)が発生したのは予想通りでしたが、驚いたことに銅錫合金の鋳物は従来の純銅製と比べて同等以上の効果があるという結果が出たのです。
そこで正式に実機の開発を始めました」
一方、鋳造のポットスチルの開発を老子製作所はどう感じたのか。
開発を担当した老子祥平さんに聞いてみよう。
「図面や写真を見た限りでは簡単にできるなと思いました。
形状が梵鐘に似ているし、うちではこれよりももっと大型の梵鐘も製作していますから。
おまけに、稲垣さんは『従来より長持ちさせたいので肉厚なものを』という。
鋳造では薄くするのが難しいんです。
そういうわけで、これはむしろうちの得意分野と感じましたね」
とはいえ、ポットスチルなんて見るのも聞くのも初めて。
実際の製作にあたってはいくつもの難題に直面したとか。
ブレンデッドウイスキーの「十年明」、三郎丸蒸留所の原酒を使ったブレンデッドの最高峰が「ムーングロウ」。「三郎丸1960」はその名の通り、1960年に蒸留したウイスキーを2015年にボトリング。「曽祖父が蒸留したものです。富山のものづくりの心を伝えようと、県内で製造された手拭きガラスのボトルを採用しました。55年ものなので55万円で発売しましたが即完売に」。現在も蒸留所内にある令和蔵で、ハーフショット9,000円でテイスティングできる。
たとえば、通常の鋳物で使用する合金には3〜5%の鉛が含まれているのだが、鉛は有害であることから鉛を抜いた合金を使わなくてはならない。
「鉛が入ると湯回りがよくなって加工もしやすくなりますが、梵鐘と違って食品に使うものですから鉛を抜かなければいけない。
世界を見据えたウイスキーを造りたいという稲垣さんの要望もあって、最も厳しいヨーロッパの基準(ROHS2指令)に合わせることにしました。
鉛含有率0.05%以下の合金を高岡のメーカーに特別に作ってもらうことにしたんです。
また、うちは梵鐘を主に製作するということもあり、職人たちは外側を丁寧に作り込む傾向があります。
でもポットスチルで大事なのは外側よりもむしろ内側。その意識改革も必要でした」
試行錯誤してできあがった世界初の鋳物製ポットスチルは、老子製作所の屋号である老子次右衛門(おいごじえもん)に因んで「ZEMON(ゼモン)」と名付けられた。
これが予想以上のできだった。
後編では、「ZEMON 」で目指す世界基準のウイスキー造りについて稲垣さんに伺います。
後編に続く。
SHOP INFORMATION
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三郎丸蒸留所 | |
富山県砺波市三郎丸208 TEL:0763-37-8159 URL:http://www.wakatsuru.co.jp/saburomaru/ |