世界初の鋳物ポットスチルで、
ヘビーピーテッドなウイスキーを!
<後編>

PICK UPピックアップ

世界初の鋳物ポットスチルで、
ヘビーピーテッドなウイスキーを!
<後編>

#Pick up

稲垣貴彦さん by「三郎丸蒸留所」

高岡銅器で造られた世界初の鋳物(いもの)のポットスチル「ZEMON」で目指すのは、世界基準のウイスキー!1952年の製造開始以来、ヘビーピーテッドにこだわる「三郎丸蒸留所」のウイスキー作りとは。若きブレンダーの思いを伺います。

文:Ryoko Kuraishi

「ZEMON」の設計図を引いたのは稲垣さん。「三郎丸らしい厚みのある酒質を追求すべく、元のスチルの特徴であるラインアームの短さは新しいスチルでも踏襲しました。また、ネックも同様の効果を狙い、太く、短く設計しました」。「ZEMON」の詳細はこちらから。

世界初、鋳物(いもの)のポットスチル「ZEMON」を開発した「老子製作所」と「三郎丸蒸留所」の稲垣貴彦さん。
実際に完成してみると、これには思っていた以上のメリットが備わっていることがわかった。


板金を叩いて曲げて溶接して…という工法に比べれば製造期間が格段に短い。
通常、ポットスチル内部の厚みは4〜6mm程度だが、「ZEMON」は最低値で10mmになっており、寿命も長くコストダウンにつながるという。


鋳型(いがた)は砂型で作られるので内部には目に見えない細かな凹凸ができるのだが、そのおかげで純銅のポットスチルより表面積が大きくなる。
つまり、銅と錫(すず)の効果を引き出して触媒反応が大きくなることが期待できる。


さらに。
これは予期しなかったことだが、青銅は純銅よりも熱伝導が小さいことからスチルの中の熱が逃げず、省エネ効果があったのだ。
なんとガス代がそれまでに比べて6割程度に節減できるようになったとか。

富山県の観光事業「Online TOYAMA Travel」の一環としてオンラインイベントに参加した際の一コマ。老子さんとともに蒸留所内のツアーを実施したほか、参加者と双方向の交流を行った。

「おまけに、パーツごとにユニット化しているのでメンテナンスが容易になります。消耗したパーツのみの交換や容量を拡張することも可能です。

また、鋳造は銅と錫の合金を用いるのですが、錫は酒器や焼酎の冷却器にも用いられるなど、昔から酒質をまろやかにすると言われています。
この合金の効果も期待できます」(老子製作所・老子祥平さん)


こうして2019年春から「ZEMON」でのウイスキー造りを始められるようになった。


「『ZEMON』で蒸留したニューポットはまろやかでフルーティ、余韻も長い。これは銅と錫の合金という鋳物の特性上の効果だと思います。

『東京ウイスキー&スピリッツコンペティション2020』のジャパニーズニューメイクのカテゴリーで特別賞を受賞することができ、『三郎丸蒸留所』、そして『ZEMON』の可能性を高く評価していただきました」(稲垣さん)

三宅製作所の最新型マッシュタン。

高い評価を受けたニューポット。

さて、稲垣さんが理想とするウイスキーに向けて、蒸留所、マッシュタン、ポットスチルをリニューアル、去年は発酵槽とアイラピートモルトの導入……というように、毎年少しずつ設備を改良している「三郎丸蒸留所」。


2021年の目標は、酵母に焦点をあてたアップデートだとか。


「うちでは昔からエール酵母(ビール酵母)を使っていました。
ビールを造ったあとの余剰エールでウイスキーを造っていたんです。
2017年からはエール酵母とウイスキー酵母をミックスして使っていますが、2021年は酵母のコンディションに焦点をあてて仕込みを行いたいと考えています。

昨年は発酵槽の一つを木桶に変更しました。木桶で発酵させることで乳酸菌発酵が促されます。
酒蔵ならではのウイスキー造りということで、昔のやり方を踏襲していきたいですね」

熟成樽はバーボン、シェリー、ワイン、富山県南砺市のミズナラを使ったミズナラ樽などさまざまな種類を使っている。今後は地元で地場木材を使った樽づくりにも取り組んでいる。

稲垣さんが大事にしたいと考えるのは、曽祖父が情熱を傾けた「三郎丸」らしいウイスキー造りだ。


だから「これからもピーテッドのモルトだけを用いてスモーキーなウイスキーを追求していく」と稲垣さん。
理想とするのは70年代のアードベッグの味わいだとか。


「最近の短熟のピーテッドウイスキーはピートだけが前にがつんと出てくる、そんな印象を与えるものが多いように思います。
僕が思い描くのはスモーキーななかにも麦の甘み、厚みを重層的に感じさせる味わいです。
あの時代のアイラの風味、味わいは一体どうやって醸し出されたのか。

これまではスペイサイドのピートだけを使っていましたが、昨年は一部、アイラのピートを使って仕込んでみたんです。
これが3年後、どうなるのか。

こんな風に70年代のアードベッグを自分なりに紐解きながら、理想の味を求めることをライフワークとしていきたいですね」

富山湾越しに望む立山連峰。山と水、どちにも恵まれたこの土地では、ものづくりの文化が根付いている。(写真提供:(一社)富山県西部観光社 水と匠)

「それと同時に、ものづくりの担い手としては富山県の風土や伝統、ものづくりの文化も伝えていきたいと考えています。

蒸留所の敷地内でも二条大麦を育てていますが、県内のモルトを使うことで純粋な富山産を生み出すことができます。

さらに、立山の弥陀ヶ原の高原湿地にはピートが眠っているそうなんです。
国立公園内にあるから採集は夢のまた夢ですが、もし万が一にもこれを使えることがあったら、オール富山産素材でウイスキーを仕込めるな……なんて(笑)」


「三郎丸蒸留所」の挑戦はまだ始まったばかり。
造り手が個性を発揮することで蒸留所のものづくりの可能性は無限に広がるはずだ。
若きブレンダー、稲垣さんの熱い思いにご期待ください!

SHOP INFORMATION

三郎丸蒸留所
富山県砺波市三郎丸208
TEL:0763-37-8159
URL:http://www.wakatsuru.co.jp/saburomaru/

SPECIAL FEATURE特別取材