未来のコミュニティのありかたを
酒を通じて考えた。<後編>

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未来のコミュニティのありかたを
酒を通じて考えた。<後編>

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宮坂勝彦さん by「真澄蔵元 宮坂醸造株式会社」

海外で実感した食卓への意識をきっかけに、故郷の自然や風土に思いを馳せるようになった宮坂勝彦さん。そうした思いはやがて地元・諏訪の町のありかたやコミュニティに及ぶようになる。

文:Ryoko Kuraishi

バックパック旅の始まりはトルコから。奇岩の絶景が広がるカッパドキアを訪れた。

「食卓」を意識するようになった宮坂さんの、次の転機は大学時代に訪れた。


日本に帰国し、神奈川県で大学生活を送っていた宮坂さんは、卒業後の身の振り方に頭を悩ましていた。
留学先で大義を見つけたものの、いわゆる「経済活動」に否定的な自分がいたからだ。


故郷の諏訪は、美しい自然が多く残るところだ。
雄大な南アルプスの連なり、山からもたらされる清冽な伏流水、四季折々の表情を見せる諏訪湖。
天気が良かったらふらっと山に遊びに行ける、そんな恵まれた環境で育った。
その一方で山の切り崩しやゴミ問題など、生まれ育った自然を脅かす種々の問題を目にするようになった。
大学生になり故郷から離れて諏訪を眺めるにつれ、深刻な自然破壊をもたらしかねない、あらゆる経済活動に与したくない気持ちが大きくなっていった。


「ちょうどそのころ、大学に近いパタゴニアの鎌倉店でアルバイトをするようになって。
そこで出合ったパタゴニアの環境への考え方や取り組みが答えを導いてくれました
『健全なビジネスには健全な地球が必要だ』という哲学のもと、ビジネスを手段として環境危機を解決する行動をとる。
パタゴニアの理念を知るようになって、ビジネスへの考えがポジティブに変化しました。
パタゴニアに入社したいと考えた時期もありましたが、実家の家業だって同じなんじゃないかって気がついたんです」


酒造りにはきれいな水、おいしい米を生み出す田畑が欠かせない。
つまるところ、周囲の環境はなによりも大切なものだ。
そして酒造りこそ、地域に根ざした昔ながらのビジネスである。
とすれば、いままでの酒造りの環境を守りながら、世界をよりよいものにする手伝いができるんじゃないか。


「それこそが故郷のために自分ができる活動なんだ」と考えたら、自分らしい働き方が少しずつ見えてきた。

地図を片手にプランニング。道中、たくさんの同年代のバックパッカーと知り合えた。

働き方は漠然と見えてきた。
でも、大学を卒業して社会人となると、今度は生き方全般に思いを馳せるようになった。


「大学卒業後は修業のため2年間、伊勢丹に勤めました。
その後、ロンドンで働きながら日本酒の海外セールスを学ぶことになるんですが、ロンドン暮らしを始める前に3カ月間、バックパックでヨーロッパ中を旅したんです。
トルコからデンマークまで、スカンジナビア諸国をのぞいてほぼ全ての国を訪れました。
この期間の人との出会いが、僕にたくさんのヒントを投げかけてくれました」


ヨーロッパ諸国の面白いところは、「過去に栄えた記憶があちこちに刻まれつつも、いまはその勢いを失っている国が多いこと」と宮坂さん。
経済的な繁栄を失ったあと、人々の暮らしはいかに続いていくのか。
家族や友人との時間を尊重し、食の時間を何よりも大切にする暮らし。
昔ながらの暮らし方と新しい価値観を自分なりにとりいれ、日々を楽しく過ごせるよう工夫する人々の姿に、ゆとりがもたらす新しい生き方を見た。


高度に経済が成長し、その反面、昔ながらの価値観やライフスタイルが廃れつつある日本で今後、いかに暮らしていくのか、どんなライフスタイルを思い描くのか。
漠然と抱いていた疑問へのヒントがそこにあった。

酒を酌み交わすことで深まった縁も多かった。「とくにトルコ、スペインの人はオープンで、この国で知り合った人たちとはいまでも密につながっています」

もうひとつ印象的だったのは、トルコで、スペインで、ドイツで、どこの国の人々も実に楽しそうにテーブルを囲み、酒を酌み交わしていたことだった。
その土地で生まれた「酒」という潤滑油を媒介に、ふとした会話からたくさんの縁が生まれ、より密度の濃い人間関係が織りなされていく。
そのさまにあらためて、風土が生んだ酒の力を思い知った。


「こうした経験や転機のなかに、僕がやりたいと思っていることのヒントが散りばめられていたように思います。
『真澄』がこの先も農家とつながり、自然を守り、長野の人たちに愛される職人集団であり続けるよう努力すること。
諏訪の地が育んできた豊かな食文化を、食卓を通じて提案していくこと。
かつ、『古本市』のように新しいことにも積極的に取り組んで、お酒のある文化的なライフスタイルをここ、諏訪から提案していくこと。
県外の人たちも足を運んでもらえるような企画を考え、諏訪の魅力を知ってもらうこと。


そこから新しい文化やコミュニティが育まれていけば、この町はますます魅力的になっていくんじゃないでしょうか」

美しい諏訪湖を一望する。「諏訪の魅力は雄大な自然に気軽にアクセスできること、自然が残る恵まれた環境、発酵の歴史、それから頑固だけど愛すべき諏訪人の存在」

日本酒の蔵元とはいえ、酒だけを打ち出す企画は「つまらない」と宮坂さんは言う。
酒や食、ときに器までをも含めた食卓の文化と、本や音楽など魅力的な娯楽のあるライフスタイルをその土地に根ざした方法で提案したら、もっと多くの層に訴えることができる。
日本酒の消費量が下がり続けているといういまだからこそ、そうした提案が酒の文化を下支えすると考えているからだ。


土地の気候・風土に根ざす「酒」というものを、もっとたくさんの人に知ってもらいたい。
日本酒に触れたことがない人に、酒のある食卓の豊かさを提案したい。
そして魅力ある風土に導かれ、作家や絵描きや山男や……お金ではない価値観を求める、ユニークな人たちがたくさん集う町にしたい。
そうした人たちが夜、集まる時に「真澄」やそのほか、諏訪生まれの酒が選ばれるよう、酒のある文化を伝えていきたい。
宮坂さんは未来に向けて、わくわくするような計画を考えている。


まずは次回、「くらもと古本市vol.4」は今年9月に開催予定だ。
「次回は映像を組み合わせてみようかな、と。
トークイベントや朗読会もできたらいいなって考えています」


日本酒という枠を超えて酒のあるライフスタイルを、それをとりまく魅力的なコミュニティを、諏訪から発信する新しいムーブメントに、どうぞご期待ください!

真澄蔵元 宮坂醸造株式会社
392-8686
長野県諏訪市元町1-16
TEL:0266-52-6161
URL:www.masumi.co.jp

SPECIAL FEATURE特別取材