五島つばき蒸溜所:「GOTOGIN」は、
風景の“アロマ”をジンで表現する
– 前編 –

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五島つばき蒸溜所:「GOTOGIN」は、
風景の“アロマ”をジンで表現する
– 前編 –

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Kadota Kunihiko/門田クニヒコ、Kitou Hideaki/鬼頭英明 by「五島つばき蒸溜所」

今月のテーマはジャパニーズ・クラフトジン。「GOTOGIN」を生み出した気鋭の造り手、「五島つばき蒸溜所」の蒸留家たちと、シーンの未来に思いを馳せてみました。

文:Ryoko Kuraishi

左から、「五島つばき蒸溜所」の門田クニヒコさん、鬼頭英明さん、小元俊祐さん。

九州最西端、歴史と自然に彩られた島。

長崎県・五島は、大小約150の島からなる九州最西端の列島だ。

遣唐使の痕跡や潜伏キリシタンの遺産といった歴史の面影が、コバルトブルーの海や天然の白砂のビーチ、火山景観といった変化に富んだ自然と共存する、不思議の島である。

2020年12月、五島の主な島のひとつである福江島で、ジン蒸留所が開業した。

「五島つばき蒸溜所」と名付けられたその蒸留所を立ち上げたのは、キリンを退職してセカンドキャリアに挑む3人。

代表取締役の門田クニヒコさん、開発・製造担当の鬼頭英明さん、マーケティング・広報担当の小元俊祐さんというチームである。

今回は、50歳という節目の年に自らのキャリアを振り返ったことをきっかけに、「インディペンデントでユニークな酒を造る」という夢に向かって一歩を踏み出した門田さんと、キリン在職時代から、いつか南の島でスピリッツを造ろうと考えていた鬼頭さんの2人にご登場いただき、前編では「GOTOGIN」で目指したもの、「五島つばき蒸溜所」ならではのものづくりについてご紹介する。

蒸溜所が位置するのは、五島の観光の中心である福江島の北部、“秘境”と呼ばれる半泊(はんとまり)という集落だ。

門田さん「前職では『おいしい、安心安全、コスパのいい』お酒を多くの人に届けるというものづくりを30年やってきました。

それは僕たちの誇りでもあるんですが、一方で、新たにチャレンジするなら、これまでの経験で得られたものづくりの哲学を貫きつつも、これまでとは異なる方向性のスピリッツを目指したいと思っていました。

僕たち3人に共通するのは、『酒の魅力は物語である』という価値観ですが、最近のお酒の世界にはかつて僕たちを惹きつけた物語性がなくなっていると感じていたこともあり、村上春樹さんのエッセイに書かれていたような、風景や物語と深く結びついた酒造りに挑戦したいと思いました」

五島という場所を拠点に定めたのは、豊かな自然と水に恵まれていることに加え、「他のどこにもない風景や歴史があり、風景をアロマで表現するという物語性にぴったりはまった」から。

蒸溜所がある福江島の半泊は、わずか5世帯のみが暮らす小さな集落。くねくねと続く山道の先にある集落には、江戸時代、キリシタンが隠れ住んでいたという。

蒸溜所とした建物は、この集落に佇むカトリック半泊教会に隣接する。門田さんたちはこの小さな教会を保全する役割も担っている。

五島らしい景色あれこれ。右上は「GOTOGIN」にも使われている椿の葉と実。

土地のテロワール・歴史を分解し、アロマで表現。

鬼頭さん「前職ではウイスキーのブレンドや原酒開発を中心に、リキュール、スピリッツ、焼酎、ワイン、香料の開発:製造までを手がけ、たくさんの人がおいしいという味や香りを作ってきました。

だからこそ、ここではより嗜好性の強いものを作りたいと考えました。目指したのは、歴史や風土、風景を味や香りで表現すること。

海がきれいで山が深く、キリシタンの歴史がある。開発担当としては、味や香りで表現したい要素が多いほど作り甲斐を感じるものですが、五島は物語の宝庫だと実感します。

これまでに培った技術や経験、知識を総動員して、海から吹く風、土地に立ち込める匂い、ここならではのアロマを閉じ込めようと考えました」

風景を味わいや香りで表現するためにどういうアプローチを取ったのか。

まずは、五島の風景を構成するものごとから、抽出したい要素を選定する。

鬼頭さんたちが選んだのは、海、風、土、島に自生する椿、複雑な歴史、島にあふれる慈しみの心。こういった要素を分解し、植物の香気成分にあてはめていく。

ステンドグラスが美しい蒸溜所内の様子。

鬼頭さん「私たちのジンは香味成分、つまり化学物質の香りと味に注目して各要素を調合し、香味を作り出すスピリッツです。

五島の海風の匂いを表すのは、つばき茶(椿の葉)由来の青くささやラズベリーに含まれる海苔っぽいニュアンス。慈愛を表現するのは、ラズベリーを加熱したときの甘い香り。

そんな風に選定した17種類のボタニカルをまとめるのが、キーボタニカルの椿の実。実に含まれる油を蒸溜で抽出すると、全体の香りをまとめてハーモニーを生み出し、アルコール感を和らげてくれます」

製造方法もユニークだ。
17種それぞれの植物に求める香味成分をピンポイントで抽出すべく、一種類ずつ蒸溜している。

実の割り方などの加工方法、漬け込むアルコール度数、沸点、カットのポイントというような蒸溜のディテールが、ボタニカルごとに異なるためだ。

植物ごとのエッセンスを最後に調合し、目指す景色を表現できる味わい、香りに調合し、仕上げていく。つまりフレグランスと同じ作り方なのだ。

椿の花のつぼみを模したボトル入りの「GOTOGIN」。原材料はジュニパーベリー、椿の実、つばき茶、椿油搾り粕、ナツメグ、リコリス、アンジェリカ、柚子、カカオニブ、アーモンド、和紅茶、シナモン、青山椒、グリーンレーズン、ラズベリー、カルダモン、コリアンダー。

その土地ごとの風景をアロマで表すため、フレグランスと同様にボタニカルごとに蒸溜する「GOTOGIN」の方式は植物の特徴を最大限に引き出せる反面、あまりに手間がかかるため、他の蒸溜所ではなかなか採用できないようだ。

門田さん「絵画に例えるなら、作り方や原材料が限定されるウイスキーは水墨画、自由度の高いジンは油絵具のように表現力に幅があるから油彩画のようだと言われます。

僕たちが造るのはジンではなく、ボタニカルという絵の具を使って風景を描く、印象派の絵画のようなスピリッツだと思っています」

3人が持つスキルや知識を総動員し、他にはない製法で独自の世界観を追求する「五島つばき蒸溜所」。

後半では門田さん、鬼頭さんとともに現在のクラフトジンのシーンをひもとき、シーンのキーワードを考えていきます。

続く。

SHOP INFORMATION

五島つばき蒸溜所
長崎県五島市戸岐町 半泊1223
URL:https://gotogin.jp/company-info

SPECIAL FEATURE特別取材