洋酒ライター
石倉一雄さんによるウォッカレポート

SPECIAL FEATURE特別取材

洋酒ライター
石倉一雄さんによるウォッカレポート
[vol.02] - 「引き算」のスピリッツであるウォッカ、
その特別な魅力と繊細であるがゆえの問題点。

17.06.2021 #Special Feature

モルトウイスキーとは事情が異なり、ウォッカ銘柄ごとの特徴を捉えてバーテンダーがラインナップに意を配るバーは日本ではまだ数少ない。

《限りなく》無味無臭に近い酒。

テキーラはブルーアガベから、ラムはサトウキビから作られる。

ジンはボタニカルに由来する香味が主眼であり、ベースとなるアルコールの原料を語られることはあっても稀だ。

一方でウォッカはというと「無味無臭の酒」と誤解されることが多い。

正しくは「《限りなく》無味無臭に近い酒」であり、この「限りなく」の4文字が単なる原料用アルコールとウォッカの分水嶺であり、些末な言葉尻の問題ではない。

ウォッカは「引き算」のスピリッツ!

ウイスキーやブランデーは樽香を加えていく「足し算」の酒だ。

樽熟させたラムやテキーラ(アネホ/レポサド)もこのジャンルに入る。

ところがウォッカはウォッシュ(もろみ)に含まれる玉石混交の芳香成分を異臭の原因となる不純物と一緒に蒸溜の過程で惜しげもなく切り捨てていく。

つまり吟醸の日本酒にも通じる贅沢な作り方をしたウォッカは酒の業界では少数派の「引き算」の酒のジャンルに属する。

原料に15%程度含まれるライ麦や小麦の外殻もプレミアム・ウォッカでは惜しげもなく捨てられてしまう。

厳選された酒造米を削りに削って造られた吟醸酒を無味無臭の酒と思う人はいない筈だ。

他の蒸留酒とは異なり、現状ではウォッカの探求は洋書に頼らざるを得ない。そんなウォッカ専門書の多くが、ライ麦/小麦/ジャガイモといった素材の違いによる製法や味の特徴の説明に頁を割いている。

他の蒸留酒とは異なり、現状ではウォッカの探求は洋書に頼らざるを得ない。そんなウォッカ専門書の多くが、ライ麦/小麦/ジャガイモといった素材の違いによる製法や味の特徴の説明に頁を割いている。

プレミアム・ウォッカの「個性」とは!?

ウォッカは安価を求めて原料を穀物に頼っているわけではない。

糖化効率でいえば砂糖ダイコン(甜菜)から作れば効率よくアルコールができるはず。

だが、砂糖ダイコンから作られたウォッカ(実際に欧州の廉価版ウォッカにある)は、コーンを含む穀物のウォッカと比して一等も二等も下のウォッカと見做されている。

ウォッカを作る場合、原料を破砕してウォッシュを作り、酵母でアルコール発酵させたのち、蒸留でアルコールの純度を上げていく。

こうして96度前後の共沸限界ギリギリ(96度以上の無水アルコールを作るためには蒸溜だけでは不可能で別に脱水剤の添加が必要となる)までエチルアルコールの純度を高めて雑味を削ぎ落した、その先にあるものは何か。

残りの4%にはどんな意味があるのか。

それはプレミアム・ウォッカの「個性」である。

具体的には小麦由来の華やかさであり、ライ麦由来の品格であり、ポテト由来のクリーミーな滑らかさだ。

ここに大麦由来の香ばしさやコーンの軽やかさを加えてもいいだろう。

ピュアな酒ウォッカの味は、仕込み水の性格と不可分の関係にある。(画像はバイカル湖)

ピュアな酒ウォッカの味は、仕込み水の性格と不可分の関係にある。(画像はバイカル湖)

「引き算の酒」だからこその愉しみ。

例えばショットグラスを用意して、濃緑色のオリーブオイルを満たしたとする。

そこに醤油を1滴たらしてもらいたい。

攪拌してしまえば味の変化も色の違いも見分けることが困難になってくる。

これがミネラルウォーターの場合だったらどうだろう。

ウォッカは「引き算の酒」だからこそ、その残されたわずかな香味の違いを探ることが可能であり、そこに穀物やポテトなどの原料素材の質感(テクスチャー)の違いを確かめることができるのだ。

それがプレーンのウォッカをストレートでたしなむときの楽しみ方の一つでもある。

ポーランドで一番の人気都市、クラクフ歴史地区。一度は訪れてその文化とウォッカに触れてみたい! 画像:ポーランド共和国外務省

ポーランドで一番の人気都市、クラクフ歴史地区。一度は訪れてその文化とウォッカに触れてみたい! 画像:ポーランド共和国外務省

デリケート過ぎるゆえのジレンマ。

ところが、ここに厄介な問題が生じてくる。

96度前後まで度数を上げた後、各メーカーは加水して40度前後にして出荷する。

ウォッカの香味は繊細であるがゆえに、希釈される水そのものが味の重要な決め手となる。

たとえば、ウォッカにとって至高とされるバイカル湖の水なのか、ノルウェーのフィヨルドの雪解け水なのか、ウォッカ界では下等と見做される煮沸した蒸留水なのかによって、ウォッカのキャラクターは微妙に異なってくるのだ。

はたまた蒸留器は連続式か単式か?

蒸溜の回数は?

そして公にされることはまずないが隠し味として添加される上白糖や果実酒の種別は? その量は?

つまり素材の違いを利き分けるというほかのスピリッツにはない特質をウォッカは持ちながら、そのデリケートな性質ゆえに、たとえばエクストラ・ジトニア(ライ麦/ポーランド)とアルタイ(小麦/ロシア)、テトン・グラシア(ポテト/アメリカ)というバラバラのメーカーのウォッカを並べただけでは素材の比較実験ができないというジレンマがウォッカにはある……。

ということで、ひとまず今回のレポートを終えさせていただくこととする。

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