洋酒ライター
石倉一雄さんによるウォッカレポート

SPECIAL FEATURE特別取材

洋酒ライター
石倉一雄さんによるウォッカレポート
[vol.01] - ウォッカの本当のルーツは
ロシア? それともポーランド?
2つのウォッカ宗主国をめぐる考察。

02.06.2021 #Special Feature

文:Kadzuo Ishikura(洋酒ライター)

ポーランドは幾多の望まぬ戦争の犠牲者となりつつも自国の文化への誇りを失うことはなかった。画像はグダニスクの噴水。画像提供:ポーランド共和国外務省

ポーランドは幾多の望まぬ戦争の犠牲者となりつつも自国の文化への誇りを失うことはなかった。画像はグダニスクの噴水。画像提供:ポーランド共和国外務省

「ウォッカ宗主国=ロシア」に異議あり!

ウォッカ……。凛として研ぎ澄まされたロシアの大気を思わせる「生命の水(ロシア語でズィズネニヤ・ワダ)」。

その味はあくまでクリーンで力強い。

(本来ならウォトカとロシア式に呼びたいところだが、一般的な表記に従い、ここではウォッカとさせていただこう)

日本では珍しい、酸っぱいライ麦を発酵させた黒パンと共に、ウォッカは何世紀にも渡ってロシア人のアイデンティティーのよりどころとなってきた。

『ソ連邦大事典』には簡素に、しかし自信をもって、こう明記してある。

「ウォッカは14世紀後半にロシアで誕生した」と。

そんなロシアの代名詞、ウォッカの宗主国を自認していたソヴィエト連邦に異議を唱えた国がある。

ロシア同様、ポーランドにもウォッカの歴史を伝える博物館がある。これはワルシャワにある博物館。©️POLISH VODKA MUSEUM

ロシア同様、ポーランドにもウォッカの歴史を伝える博物館がある。これはワルシャワにある博物館。©️POLISH VODKA MUSEUM

ポーランドがウォッカのルーツに名乗り。

ときは1978年。資本主義国の親玉アメリカに対して一歩も引かぬ社会主義国の大ボス、ソ連はワルシャワ条約機構で軍事の、COMECONで社会主義諸国の経済の手綱をがっちり握っていた。

(編集部注:COMECONとは、ソ連と東欧の社会主義国家間の経済援助体制のこと)

そんな時期に「あの……、ウォッカのルーツはロシア(ソ連)ではなく我が国だと思うんですけど」と異議を申し立てた国がある。
なんと身内だと思っていた社会主義国のポーランドだった。

北極熊を思わせる風貌のブレジネフ・ソ連書記長が、ささやかな自由を求めたチェコの請願に、50万の軍隊と6千両を超える戦車による鎮圧で回答した東欧の悲劇「プラハの春」からまだ僅か10年。

「飼い犬に手を噛まれた」をロシア語でなんと表現するかは知らないが、ソ連がポーランドに苦虫を噛み潰したことは想像に難くない。

博物館の中では蒸溜の疑似体験コーナーや過去の歴史展示が来館客を楽しませている。©️POLISH VODKA MUSEUM

博物館の中では蒸溜の疑似体験コーナーや過去の歴史展示が来館客を楽しませている。©️POLISH VODKA MUSEUM

答えは500年以上も昔の歴史の闇のなか。

いかに武闘派をもって任じるソ連であっても、ウォッカのルーツ争いでいきなりワルシャワ空港と放送局を特殊部隊で制圧する訳にもいかない。

憮然とした表情でソ連がポーランドに突き付けたのが、ヴィリャム・パフリョプキンというお抱えの歴史家に調べて上梓させた『ウォッカの歴史』という本だった。

その本ではサスペンス推理小説かと見まがうほど状況証拠を積み上げて「ポーランドがウォッカ製造を開始したのはロシアに遅れること数十年後だ」と結論付けているのだが、なにぶん500年以上も昔の話である。

これは古今東西を問わない話だが、グルメやらエピキュリアンやらといった美食文化が花開いたのはせいぜい遡っても19世紀であり、豪華な晩餐会の話は権力者の栄華を物語るエピソードとして記録には残っても肝心の「味」や「製法」に目を向けられることはなかった。

1杯1000円しないラーメンへの味のこだわりを語る店主にテレビカメラが殺到した二十世紀末の日本ではない。

500年以上前の記録で残っているのは無味乾燥な生産統計や文学の薫り高い散文的な文章ばかりで、つなげ方によって解釈はどうとでもなる。

例えば北欧で蒸留酒が普及した時代を特定する際、「スピリッツを飲むと塩辛い酒肴が欲しくなるはずだ」といいように解釈して、塩の輸入量が増大したグラフを大真面目にその根拠として提示するしかないのが五百年前の真実捜しなのだ。。

(歴史は解釈の仕方で案外いい加減ってこと!)

©️POLISH VODKA MUSEUM

©️POLISH VODKA MUSEUM

ウォッカ・ルーツ論争は永遠に!


このウォッカ・ルーツ論争も一時は国際司法裁判所(ICJ)だ、やれ常設仲裁裁判所(PCA)だ、いやいや世界知的所有権機関(WIPO)に訴えるべきだろう……、と両国一歩も引かなかった。

しかし、数十年にわたるこじつけ……、もとい修辞学的歴史論争にはソ連もポーランドもほとほと疲弊したのか、現在はロシア側の主力商品ストリチナヤ・ウォッカの「ロシアで生産されたウォッカだけが本物のロシア・ウォッカです」という、今どきの女子高生だったら「ちょっとなに言ってるかわからない」と呆れそうなキャッチコピーの文言に論争の跡を残すのみとなっている。

ずいぶん回り道をしてしまったが、ポーランドからすれば例え相手がこわもての大ボスで、泣く子も黙る軍事大国のソ連(ロシア)だったとしても、ウォッカのルーツだけはポーランドの威信にかけて譲れなかった。

そんなポーランド人の熱い思いをご理解いただければ幸いである。

©️POLISH VODKA MUSEUM

©️POLISH VODKA MUSEUM

最後に筆者の独断でポーランドのプレーン・ウォッカの代表的なラインナップを紹介しておこう。

(プレミアム・レンジ)
ベルヴェデール/Polmos Zyrardów/ポルモス・ジラルドフ/プレミアム(ダンゴウスキー・ゴールド)ライ麦/4回蒸留

ショパン/Polmos Siedlce/ポルモス・シェドルツェ/プレミアム(ストブラワ)ポテト他/4回蒸留

(スタンダード・レンジ)
ルクスソーヴァ/Polmos Zielona Góra/ポルモス・ジェロナグラ/バルト海沿岸のポテト/3回蒸留

エクストラ・ジトニア/Polmos Bielsko Biala/ポルモス・ビェルスコビャワ/高品質ライ麦/3回蒸留

ビボロバ/Polmos Poznan/ポルモス・ポズナン/高品質ライ麦/3回蒸留

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