英トップバーテンダーが語る、
ジャパニーズウイスキーの魅力。
<後編>

PICK UPピックアップ

英トップバーテンダーが語る、
ジャパニーズウイスキーの魅力。
<後編>

#Pick up

トリスタン・ステファンソン by「Fluid Movement」

スコットランド、アメリカ、そして日本。3カ国の蒸溜所を巡り、感じたこととは?最先端のシーンに身を置くトリスタンに、ジャパニーズウイスキーの魅力を語ってもらった。

文:Ryoko Kuraishi

スコットランド、ハイランドパークにて。

秩父蒸溜所での取材を終えた夜。
東京に戻って来たトリスタンを捕まえてさっそくインタビューを試みた。
聞きたかったのは、スコットランド、そしてアメリカの蒸溜所を巡ってきたトリスタンが、日本のウイスキー事情をどうみているか。
そして、海外から見えるジャパニーズウイスキーの現状である。


「日本の蒸溜所がスコットランドのそれと違うと思ったことは、一つ一つのプロセスにきちんと作り手の目が行き届いていること。
たとえばスコットランドの蒸溜所では、伝統的なプロセスであるがゆえにルーティンワークに陥りがちで、その工程にどんな意味や効果があるのかが考えられていないようなシーンも見受けられた。
その点日本の、とくに秩父は大きく違うと感じた。


日本の取材でよかったことは、小規模な蒸溜所ならではのオペレーションを見学することができた点。
なぜなら小規模な蒸溜所は、ウイスキー造りという観点でいうとよりダイナミックなアプローチを取っていることが多いから。
しかもそれらのプロセスや方法論はいずれも新しく、かつうまく機能しているように見えたしね」

来日して最初に向かった山崎蒸溜所では、運よくマスターブレンダーの福與伸二さんに取材することができた。「ものすごくエキサイティングな取材になったよ!」とトリスタンも大興奮。

「秩父と山崎は小規模と大規模という明確な違いがあって、比較すると興味深い点がいろいろあった。
秩父蒸溜所はトライ・アンド・エラーを繰り返しながら、新しいものにも果敢に挑戦し続けている。


一方、山崎蒸溜所はもっと規模が大きいなりに、スチルを組み合わせて全く違うタイプのスピリッツを造れるようにきちんとセットアップされている。
それは長い時間を経て少しずつこのようなスタイルに移行していったんだと思うけれど、そういうスマートなオペレーションが興味深かったね」


「全く違う種類のスピリッツを造っている」といえば、バッファロートレース(米・ケンタッキー州)が面白かったという。
当初、彼の取材リストに入っていなかった蒸溜所であるが、実はトリスタンはこの蒸溜所に大いに感銘を受けたという。


「ここは実に14種もの異なるスピリッツを造っているので、一部で『何でも造る蒸溜所』として彼らを見下す風潮があることも知っていた。
ところが実際に足を運んでみると、14種のうちのいくつかはかなりいいものだったし、蒸溜所自体も実に個性的でユニークだったんだ。


たとえば、その桁外れの規模もそうだ。
今回の取材では確かに山崎も大きかったけれど、その比じゃない。
あえていうならあそこは『街』、かな。


蒸溜所内には150年前に建てられたビルがあって、その合間合間に新たに建設された新しいビルが建っている。
所内には自前の消防署や病院まであり、まるで本当の街のような構成になっていた。
禁酒法が施行される以前にはおよそ1000人が、ここで働いていたらしい。
19世紀から使われている、アンティークなみに古い機械がいくつも稼働していて、それらを修理するためにパーツも所内で自作しているし、専用の工場も隣接している。


まあ、とにかく歩くミュージアムにいるような気分になったね」

こちらは滞在の締めとなった白州蒸溜所。弾丸ツアーの疲れも見せず、精力的に取材をこなした。

一方、先週出かけたディアジオの新しい蒸溜所は「すごくモダンで未来的、まるでピカピカの宇宙船みたいだった」と言う。


「本当に宇宙船みたいなんで、僕らは“デススター”なんて呼んでいたね(笑)。
所内のオペレーションもスマートで近代的なんだ。
エネルギーも蒸溜所内で再利用しているしね。
いくつものスチルを組み合わせて数種のプロダクトを造っているという点では山崎やニッカの蒸溜所を思わせた」


このように、それぞれの蒸溜所の独自のオペレーションに焦点を当てた取材を行ってきた。
そうした視点も、トリスタンならではのアプローチと言えるだろう。


「ウイスキーって仕込み水や蒸溜所のロケーションでプロモーションされがちだけど、僕にとって最も興味深いのは蒸溜所内のオペレーションなんだ。
蒸溜所に趣き、そのオペレーションをよく知る人物に取材し質問し、多くの答えを得ることができるのはすばらしい体験だよね!


その点、山崎への取材は実にすばらしいものだった!
なによりマスターブレンダーに取材できたからね。
蒸溜所の歴史について、樽に用いる素材について、マシーンプロセスについて、ブレンディングについて….。
多くの質問をして、いずれも想定したい以上に興味深い答えをもらえたんだ。
その答えからまたあらたな質問が生まれ、さらに深い返答を得る。


まあ、それ以上についてはここでは控えるよ。
詳しくは本を読んでもらえるとありがたい(笑)」

およそ9カ月間の準備期間で60もの蒸溜所を巡った。中でもスコットランドの蒸留所には多くのページを費やしている。

それでは、そもそも日本のウイスキーは海外でいかに受け止められているのか。
トリスタンはじめ、英国のバーテンダーたちはどう考えているのだろうか。


「僕たちが考えるジャパニーズウイスキーって、『伝統的だけどツイストしている』、だから魅力的なんだと思うよ。
そう、言うなればツイストしたクラシックカクテルのような存在なんだ。


ジャパニーズウイスキーはクラシックだけれど、上質なスコッチやアイリッシュウイスキーと比べると、やっぱりどこかが少しだけ違うんだ。
スコッチやアイリッシュと同じようなレベルに到達したけれど、全く違うアプローチで進化していったゆえの違いなのかもしれない。
もしヨーロッパと同じ方向性を探っていたら、ここまでのレベルには到達しなかったかもしれないね。


その少しだけ違うところに日本のスタイルがあり、その違いこそがジャパニーズウイスキーなんだと理解している。
日本酒には詳しくないのだけれど、それはもしかしたら日本酒と同じフィーリングなのかもしれない。
長年、日本酒を飲み続けた経験や日本酒文化の素養がウイスキーのテイスティングに生かされているのかもしれないんだから。


そういった『ツイスト』こそが、ジャパニーズウイスキーを魅力的に見せているんじゃないかな」

秩父蒸溜所にて。見学の最後に、お待ちかねのテイスティングルームへ。イチローズモルトや羽生、秩父などたくさんのリリースをテイスティングしたことがあるので、それらを回想しながら門間さんと談笑する。

トリスタンならではのウイスキー観が期待できる『The Curious Bartender: An Odyssey of Malt, Bourbon& Rye Whiskies』は10月9日、発売予定。
およそ300ページで58の蒸留所を扱っている。
海外の蒸溜所事情はもちろん、日本のウイスキーが海外からどのように評価されているのか理解するうえでも、大いに力になってくれるはずだ。


「昨年上梓したカクテルブックは、ここ5年〜10年のカクテルのトレンドやムーブメントを一冊にまとめたいと思っていて、運良くそれをかなえることができたと思う。


そのカクテルブックを受けて次作はスピリッツ、中でもいまもっとも盛り上がっているウイスキーをテーマに取り上げることにしたんだ。
19世紀後半、上流階級の飲みものとして大ブレイクしたウイスキーが禁酒法を受けて下火になり、1950年代には再び人気を博すようになった。


それから一時、またまた不遇の時代を迎えていたウイスキーは近年、グローバルなカルチャーとしてブームを迎えている。
そうした歴史的背景をふまえつつも、現代のブームに即すように新しい視点を取り入れたウイスキー本が必要だと思っていた。
従来は年配の著者が物したウイスキー本が多かったけれど、それとは全く異なる感性、視点でまとめることができたと思うよ」

SHOP INFORMATION

Fluid Movement
63 Worship Street
London
URL:http://www.fluid-movement.com

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