未来のコミュニティのありかたを
酒を通じて考えた。<前編>

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宮坂勝彦さん by「くらもと古本市」

「酒のある食卓」を通じて町をいきいきさせたい!そんな試みが諏訪で起こっている。仕掛人は日本酒蔵元に勤める、海外経験も豊富な28歳。魅力的なコミュニティづくりを目指す、酒をとりまく新たな提案。

文:Ryoko Kuraishi

「真澄」の蔵内に設けられた、樹齢300年の松を望むギャラリー内。雑誌、アート本、絵本などさまざまなジャンルの書籍がバリエーション豊富に並んだ。

先月、長野県諏訪市、諏訪湖の畔の一角で酒と本を巡るイベントが開催された。
市内外から多くの来場者を集めたそのイベントは、11日間に渡って開催された「くらもと古本市vol.3」。
上諏訪にある5つの酒蔵−−「真澄」「横笛」「舞姫」「麗人」「本金」−−を会場に、「信州の本」「酒の本」など5つのテーマに沿ってセレクトした古本や古書を展示・販売するというものだ。


この古本市がユニークなところは、酒蔵らしく呑み歩きも楽しめるほか、書籍のほかに古道具や雑貨を揃え、コーヒーを提供するカフェコーナーまでもしつらえることで、酒と本のあるライフスタイルを多様な視点で提案した点である。


たとえば、“本探しの楽しみ”をテーマにした「真澄」の会場には、「キジブックス」「バリューブックス」「mountain bookcase」など7軒の書店が集合。
絵本、アートブック、食の本など、まさに“本探し”そのものを楽しめる多彩なジャンルの本がラインナップ。
本を探しながらいれたてのコーヒーも味わえる。
“冬暮らしの山小屋”がテーマの「舞姫」は、北ヨーロッパの山小屋の屋根裏部屋を思わせる空間に美しい写真集や海外文学と、山小屋を思わせる手仕事の雑貨や古道具を並べた。

こちらは「横笛」に並んだ古書の数々。文芸、美術、地域資料に古雑誌と、古き良きものの魅力を再発見できるラインナップ。

このイベントの仕掛け人は、この町で352年の歴史を誇る「真澄」の蔵元である宮坂家の一員であり、宮坂醸造の企画部に勤める宮坂勝彦さん。
昨年の2月と9月に「真澄」で「古本市」を開催したところ、予想以上の好評を博したため、周囲の蔵にも声をかけ規模を拡大して開催することとなった。
今後も定期的に開催していきたいということで、地元に根づいたイベントに成長しそうな「くらもと古本市」だが、その開催理由を宮坂さんはこう語る。


「今回、『古本市』に参加した5つの酒蔵は、わずか徒歩5分圏内に点在しています。
もともとは、蔵が集まるこのあたりにもっと多くの人が遊びにきてくれるようになればいいなと思っていて、何かしらのイベントを開きたいと考えていました。


酒と本をからめたのは、酒を呑んだとき、誰かと交わす会話にカルチャーの要素は欠かせないと思ったから。
もちろん、今まで日本酒に興味がなかった方々にも足を運んでもらえるよう、日本酒以外の切り口が欲しかったこともあります。
そしてなにより、最近の諏訪に個人経営の小さな本屋や映画館、レコード屋など文化的スポットがなくなってしまったのが残念で。
大手の本屋には並ばないような趣味の本を集めて、自分好みの本屋を作ってしまえ!という気持ちもありました(笑)」


どうやら、「信州の冬を、本を片手に楽しもう」というコンセプトには、地元の酒と本を初めとするカルチャーを媒介に、諏訪に新たな刺激をもたらしたい、そんな思いがあるようだ。

古本市ながら、書籍以外のアイテムも。読書に欠かせないコーヒーほか、生活を彩る雑貨やグラノーラ、ジンジャーコーディアルなど厳選した食材も登場。

昔から本好きだったという宮坂さんは、蔵元の息子らしく「お酒がある夜のひとときが大好き」。
「誰かとお酒を酌み交わした夜が、たくさんのものをもたらしてくれた」と振り返る。


「ヨーロッパをバックパックで旅しているとき、一緒にお酒を呑んだことで、あらゆる国の人たちとたくさんの縁を育むことができました。
そうやって誰かと親しくなるときに、ビジネスの話はしないですよね。
たとえ共通の友人がいなくとも、道中読んだ本や音楽の話、カルチャーネタなんかで大いに盛り上がったんです」


現在は宮坂醸造で「豊かな食卓を提案する」、「地域に根ざし、土地の風土を大切にする」、「酒のある文化的なライフスタイルを提案する」べく、「古本市」のような種々のイベントを企画する宮坂さん。
彼が手がける企画には、日本で、そして海外で、こうして得られたたくさんの出会いや気づきが反映されているようだ。

酒蔵の町の周辺には温泉施設も点在する。独自の観光マップを作り、県外から訪れる来場者に諏訪の魅力をアピールした。

宮坂さんがの企画テーマの一つである「豊かな食卓」に目覚めたのは、高校生のとき。


現在の当主であり父親の宮坂直孝氏が米・ワシントン州に留学経験があるなど海外志向が強かったこともあり、高校生のときに1年間、サウスダコタ州に留学。
そのとき、ステイ先であるホストファミリーの暮らしぶりに衝撃を受けたという。


「ホストファミリーは、僕の目から見たら家庭崩壊していました。
よくあるアメリカの家庭の光景なんですが、冷蔵庫にはあらゆる種類の冷凍食品が詰め込まれていて、食卓にならぶのはレンジで解凍したインスタント食品ばかり。
各自が好きなときに調理して好きな時に食べる、そんな食事風景にカルチャーショックを受けました」


毎食、家族全員、三世代が食卓に揃い、家庭料理をいただく諏訪の実家。
夕食ともなれば、料理に合わせた種々の「真澄」が並び、時には客人も招いて大人たちは多いに盛り上がる。


「日本の食文化、家庭の味のすばらしさ、食事の楽しさを初めて実感した瞬間でした。
実家を思い返してつくづく感じた、『家族が集まる食卓ってこんなに楽しいものだったんだ』、あの想いが今でも僕のなかに息づいていると思います」

期間中、「真澄」には「くらもとブックカフェ」も登場。6軒のコーヒーショップが日替わりで出店、香り高いコーヒーで本探しのひとときを盛り上げた。

もともと「真澄」は、家庭で呑まれることを想定して醸された酒だ。
過労で父親を早くに亡くし、若くして家業を継いだ先々代は、「一家円満に役立つ酒を造ろう」と決意する。
女性が外で酒を口にするなんてとんでもないと考えられていた時代、女性たちにも呑みやすい酒を、と家庭の食卓で選ばれる酒を目指した。


先々代はこう考えた。
「食卓が円満でなければ家族は崩壊する。
家族みんなが呑める酒があれば、食卓はもっと豊かになるはず」と。


その志を受け継ぎ、「真澄」は現在も「家庭で愛される酒」にこだわっており、そうしたコンセプトを体現すべく、宮坂家では食卓での団らんを大切にしている。
家族みんなで食卓を囲むひとときを当たり前のように捉えていた宮坂さんだったが、実は現代の社会では失われつつあるライフスタイルだと気がついた。


「だったら僕は、『真澄』を通じてたくさんの人に食卓の意義や豊かさを提案することができるんじゃないか。
漠然とながらそんな風に思うようになりました」


異国の地で再発見した、昔ながらの日本の食卓への思い。
食卓の豊かさってなんだろう?
食卓を通じて、何ができるだろう?


食卓への意識は宮坂さんの中で年々、大きくなっていく。


後編へ続く。

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くらもと古本市
長野県諏訪市
URL:http://kuramoto.valuebooks.jp/

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