唯一無二のリキュール!
追求した「うちだけ」の味わい。
<前編>

PICK UPピックアップ

唯一無二のリキュール!
追求した「うちだけ」の味わい。
<前編>

#Pick up

矢代健一郎さん by「木内酒造合資会社」

国内では唯一そして無比!というビール生まれのリキュールをご存知だろうか?創業1823年、木内酒造の「木内の雫」がそれだ。老舗蔵元が果敢に挑んだ、新奇の試みをご紹介。

文:Ryoko Kuraishi

江戸幕末、初代の木内儀兵衛が醸した「菊盛」。初代の盟友であった藤田東湖氏の尊王攘夷の思想を支援するため、1823年の正月に木内家の座敷にて二人によって命名されたという由緒ある酒名だ。

創業190年を誇る、茨城県・常陸の国の老舗蔵元、木内酒造。
現在はアメリカ、イギリス、ドイツ、そして日本で数々の賞を受賞しているクラフトビール「常陸野ネストビール」で有名なブリュワリーでもある。
本場ヨーロッパのビールを目標に、イギリス産の麦芽、ホップを用い伝統的な上面発酵(エールタイプ)で醸造した「常陸野ネストビール」は、いまやニューヨークのバーやパブでも大人気。
世界で最も売れている日本のクラフトビールと言われている。
さて、今回ご紹介するのは、このビールがあればこそ生まれた世にも珍しいリキュールだ。


そのリキュール、その名も「木内の雫」の誕生秘話を、開発責任者である木内酒造の杜氏、矢代健一郎さんに伺おう。


「酒税法の改正に伴って、当社が地ビールの製造免許を取得したのが平成8年のこと。
カナダの醸造機械を購入し、蔵の一部を改良して自分たちの手で設置したと聞いています。
部品の規格が日本のものと合わないうえ、英語のマニュアルを読み解くのにも一苦労だったとか。
それはともかく、そんな苦労が実って誕生した『常陸野ネストビール』。
翌年には『インターナショナルビアサミット』というコンテストで金賞をいただくことができました」

ビール・スピリッツを蒸留する機器をチェックする矢代さん。

「そんなこんなで日本酒に加えてクラフトビールを手がけるようになった当社ですが、実は10年ほど前から焼酎も蒸留するようになりました。
しぼったあとの大吟醸の粕を丹念に蒸留した、大吟醸の風味が楽しめる米焼酎です」


さて、地ビールを醸造する際にはタンクの底にオリのようなものが溜まります。
アルコール分を吸収した酵母で残滓酵母といい、大手のビールメーカーはこれを回収してビール酵母の錠剤など健康補助食品に加工して再利用していますね。
とはいえ、うちのようなマイクロブリュワリーではそんなノウハウや資金力はありませんから、当然のことのように廃棄していました。
とはいえ、残滓酵母の廃棄には相応のコストがかかりますから、長年、処理方法に頭を悩ませていたんです。
あるとき、これをうまいこと処理すればリキュールができるんじゃないか、
当社の代表がそんな風に考えたわけです」


日本酒醸造に加え、焼酎の蒸留も担ってきた矢代さんに、まったく新しい酒の開発が任された。
生粋の職人である矢代さんは「廃棄する残滓酵母からリキュールだなんて、自分には全く思いつかなかった」というが、それを形にするのが現場責任者たる杜氏のプライド。


残滓酵母を焼酎の蒸留器にかけ、低温減圧蒸留してみたという。
できあがったのは無色透明の、ビール・スピリッツ。

できたてほやほやのビール・スピリッツを試飲させてもらった。このスピリッツは「Kiuchi No Shizuku」として輸出され、アメリカのみで販売されている。

「材料には常陸野ネストビールの『ホワイトエール』の残滓酵母を使いました。
『ホワイトエール』はコリアンダー、オレンジビール、ナツメグなどスパイス類とオレンジジュースを加えた、ベルギーの伝統的な小麦ビールです。
ハーブの爽やかな香りに小麦の酸味が効いた個性的な味わいが特長なんですが、できたてほやほやのビール・スピリッツは、ハーブの香りとビールの風味が引き立って何ともいえずうまかった」


ビール増産のため、という台所事情から生まれた、発想の転換の賜物。
実際、こうしたビール・スピリッツは木内酒造のものともう一銘柄、ドイツの蒸留所のものしか存在しないのだとか。


「予想よりおいしかった」というこのビール・スピリッツを、焼酎用にストックしてあったオーク樽で3年間、熟成させたものがリキュール「木内の雫」である。
アルコール分43.5%、ほんのりとした甘さとナッツのようなオーク樽香が加わった個性的なリキュールが誕生した。


「製造面というより、税務署に話を通すのが大変でした(笑)。
なんせ、今まで税金を払って廃棄していたモノですから、それでリキュールを作ると説明してもなかなか理解してもらえなくて。
まあ、自分も始めは半信半疑でしたからね」

こちらは梅酒を仕込んでいるタンク。仕込んだ直後から1カ月間は毎日、巨大なタンクを撹拌してまわるという。

一方、このビール・スピリッツを使ってオリジナルの梅酒も仕込み始めた。
「木内梅酒」といい、矢代さんの自慢の梅酒だ。
「この梅酒ができたのも偶然というか勢いというか。
今から6、7年前になりますが、茨城県の梅農家が当社に梅を持ち込んだんです。
ヒョウが降ってしまって梅が傷んでしまい出荷ができなくなった、そこで受け入れ先を探している、と。


日本酒はご存知のように難しい時代を迎えております。
他メーカーも日本酒だけじゃあやっていられないということで、日本酒を用いて、盛んに梅酒を造っていますね。
梅酒に関しては他社が先行していましたが、うちにはオリジナルのビール・スピリッツがある。
せっかく梅があるんだし、ホワイトリカーではなくてビール・スピリッツで仕込めば、うちらしい、オリジナルの梅酒ができあがるんじゃないかと考えました」
当初は梅シロップを造り、それをビール・スピリッツで割ってみたというが、「どうしてなかなか、これもうまいこといったんです」と矢代さん。
梅酒もうまくいきそうだということで、さっそくビール・スピリッツに梅を漬け込んでみることにした。


「日本酒、焼酎、リキュール、スピリッツといろいろ担当していますが、日本酒の繊細さは別格としても、梅酒もなかなかに難しい。
なにせ入荷する梅の状態によってタンクの色合いが全く異なってしまう。
やはり木になったまま熟した梅のほうが味が濃くておいしくなるんですが、それこまでわがままも言えませんしね」

敷地内には大正蔵を改装した手打ち蕎麦屋「酒・蕎麦 な嘉屋」が。水を使わず酒だけで打ったという酒蔵らしい一品、「十割酒蕎麦」が楽しめる。

とにもかくにも、ボトルによって差異が出ないようにブレンドのたびに細かにテイスティングを繰り返し、一定の品質を保つように務めたと言う矢代さん。
原料となるスピリッツは木内酒造のオリジナル、漬け込む梅も県内産にこだわる。
梅酒に欠かせない甘みはブドウ糖ではなく、あえて果糖に。
同じ甘さなら果糖のほうが30%ほど低カロリーだからだ。
身体への吸収も比較的おそく、血糖値の上昇もゆるやか。
近年の健康志向にも配慮したわけだ。
まさに木内酒造らしい、創意工夫にあふれた梅酒が誕生したわけだが……。


なのに。丁寧に、精魂込めて作った梅酒なのに、どういうわけか売れなかった。


「参りました。なんで売れないんだろう、品質は絶対に間違いない。
なにか方法があるはずだからそれを考えたいんですが、そうは言っても日本酒の仕込みが始まれば目が回るほど忙しくなるから、梅酒のことばかり考えてもいられない。
どうしたものかと……」


矢代さんが精魂込めて育てた梅酒。起死回生の策とは、果たして?


後編に続く。

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木内酒造合資会社
茨城県那珂市市鴻巣1257
TEL:029-298-0105
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