PICK UPピックアップ
伝説のバーテンダーが作り出す、
ニッポン発の極上リキュール。
<前編>
#Pick up
デニーさん by「梅リキュール「星子」」
神宮前にあるバー「HOWL」。カウンターにスツールが並ぶ、オーセンティックなバーである。会員制だが、思い切ってドアをあけるべし。 Photos Tetsuya Yamamoto
リキュールは紀元前の古代ギリシャにて、ヒポクラテスがワインに薬草をつけ込み薬酒としたものに端を発すると言われる。
ここ日本に初めてリキュールが持ち込まれたのは平安時代、あるいは豊臣秀吉の時代など諸説あるが、いずれにせよ古くから愛されてきたことには変わりない。
ところで現在のリキュールの定義は国、地域によって異なるが、残念ながら日本にはいわゆる「リキュール」は存在しないことはご存知だろうか。
酒税法上、「リキュール類」に分類されてしまうからだ。
今回紹介するのは、「果実やハーブなどの副材料をアルコールに煎じ、浸透させ、あるいはその液体を蒸留させたもの」というフランスの狭義の定義にも適うであろう、正真正銘、メイド・イン・ジャパンのリキュールである。
ラベルも美しい「星子」(¥3,150)はネットで購入できる。2005年、2006年のヴィンテージ(各¥3,150)はキリンより発売中。
ここで「メイド・イン・ジャパン」と謳っているのは、副産物に「梅」を使っているから。
そもそも日本の梅は中国、台湾、韓国など諸外国のものとは少々異なる性質を持つ。
それはずばり、「酸味」である。
梅独自の酸味はクエン酸に由来するが、梅の実に含まれる天然のクエン酸には疲労を和らげ、老化のもととなる物質の発生を抑制する効果があると証明されている。
中国や台湾にも梅の木は多いが、その味わいはむしろ杏に近いとか。
一方、日本の梅はとりわけ酸味が強く、クエン酸含有量も多いのだという。
このクエン酸、つまり独特の酸味は、日本に四季があること、土壌の特性、そして実が膨らむ時期に恵みの雨が降る、つまり梅雨があることなどが原因と言われている。
いずれにしろ長い長い年月を経て、独特の気候風土に育まれ、日本の梅は独自の性質、味わいを手に入れた。
とすれば、梅こそが、「最も日本らしい果実」の一つと言えるのではないだろうか。
そんな梅を使った日本初のリキュールがある。
梅リキュール「星子」は、その年に採れた梅のなかから厳選された粒よりだけを用いて作られた、無添加・単純濾過のリキュールだ。
口に含めば、口中にふわっと薫る梅の香りに名前もわからぬスパイスが、甘やかに、複雑に匂い立つ。
いかにも日本らしいような、それでいてどこか遠くの異国のような。
優しくて複雑でたおやかな香り。
日本初の、日本発リキュールである。梅酒ではない。
「HOWL」はアレン・ギンズバーグの詩からとった。壁にはビートニクスへのオマージュだろうか、ギンズバーグの詩やアントナン・アルトーのポートレートが飾られている。
星子の前に、その生みの親であるデニーさんの話をしよう。
デニーさんは神宮前にある会員制のバー「HOWL」のバーテンダー。
東京の夜を代表する、「伝説のバーテンダー」と人は言う。
作家、デザイナー、編集者……かつて東京で遊びを極めた人なら誰でも、その名を耳にしたことがある。
70年代のアメリカを数年かけてぼろぼろのフォルクスワーゲンで放浪し、帰国後、ひょんなことからバーテンダーになった。
「シネマクラブ」を経て「東風(トンフー)」、「スターバンク」と渡り歩き、最先端と言われた「玉椿」や「芝浦GOLD 」にも関わった。
彼の居場所はいつだって、東京を代表する遊び場だったのだ。
そうそう、バーで必ず目にする黒いステアリングストロー。
あれを作ったのもデニーさんだ。
「カウンターで作る酒に白いストローを平気で添える、その美意識が許せないって思ったね」と当時を振り返る。
「だから真っ黒な、夜のカウンターに映えるストローを作ったんだ」
「アメリカもね、向こうに行けばハバナクラブが飲める!と思って渡ったんだけど、考えてみればキューバとアメリカは国境がないんだよね。
帰国してさっそくキューバ大使館に出向き、一等書記官に『ハバナクラブをのませろ!』って無理矢理ルートを作ってもらったりしたよ。
情報じゃなく、自分の五感を信じて動いた結果だね。
でも、バーテンダーってそういうもんだ」
'90年にも数ヶ月をかけてアメ リカを再度、旅した。大きなバイクを駆る、左がデニーさん。Photo K.Kin
そんなデニーさんがリキュールを作りたい!と野望を燃やすようになったのは今からン十年前、
バーテンダーとして初めてバーに立ったときのこと。
「ずらっと並んだ酒のボトルに日本のものが一つもなくて、愕然とした。
リキュールはその国の文化や風土、つまりテロワールによって生み出されるもの。
豊かな四季や自然、食文化のある日本発の酒が、どうしてないんだろう?って。
ならば世界に誇れる日本のリキュールを作ってやろうじゃないかと」
以来、日本らしいリキュールの研鑽を重ねるわけだが、
「リキュールにするなら素材は梅だ!と決めていた」という。
日本では古くから「梅は三毒を断つ」といい、その効用が尊ばれてきた。
「寒い冬をじっと耐えて春の訪れを知らせてくれるのは梅の花には、日本の繊細な四季の移ろいが感じられる。
そのくせ、果肉の中に少量の青酸を含む青梅は果実のくせに食べられない。
薬であると同時に毒でもある、そんな二面性や複雑さも日本らしいと思ってね」
1979年、リキュールの研究に着手し、完成に要したのはなんと17年。
その後8年の間、自らのバーでモニタリングを行い、ついに「星子」がお披露目された。
1990年にサウスダコタ州スタージスで開催されたハーレー乗りの祭典、「ブラックヒルズ・クラシック」。50周年のアニバーサリーイヤーのこの年、50万のバイカーが集まった。彼は国際ナンバーをつけた品川ナンバーのバイクで参戦。「アニマルズがライブを、DJはウルフマン・ジャックだったな」 Photo K.Kin
それにしても17年の試作期間って、壮大ですね、デニーさん。
「17年っていっても仕込めるのはたった17回だから。
そう考えるとあっという間だろう?」
そう、17年とはいえ仕込みの機会はたった17回なのだ。
梅の収穫は一年に一度のみ、なのに出来によって風味も酸味も毎年、異なる。
ハーブやスパイスの調合を変え、甘さのバランスを考え、17年は試行錯誤の連続だったという。
代数の方程式なみに複雑になっていったスパイスの調合は、17回の現場を経て限りなくシンプルなものに落ち着いた。
梅の漬け込みも梅の風味や味わいを最大限に引き出せる期間を体得した。
17年かけてやっと完成した、彼だけの方程式・方法論。
納得できるものをゼロから作ろうと思ったら、そのくらいはかかるよ、とデニーさん。
「ドメスティックなマーケットを狙って四半期決算のものなんか作らないよ。
オレが作るものは四半世紀決算だ!」
本来、そういう意識がなければモノ作りはできないはずなのだ。
続く。
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梅リキュール「星子」 | |
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