PICK UPピックアップ
大海にロマン託して!
「海中熟成」で知る古酒の魅力。
<後編>
#Pick up
上野伸弘さん by「酒茶論」
トップ画像は各酒蔵が手がける「海中熟成酒」セット。いずれも、まったく同じ銘柄の海中熟成酒と蔵内熟成酒の2本1セットで販売されている。上は酒茶論でのテイスティング風景。左はシェリーカスクで6年熟成、左から2番目は井筒ワインのワイン樽で3年熟成させたもの。右から2番目は40年(!)もの、右は千葉県で造られる「Afruge」の新酒。 Photos by Kenichi Katsukawa
「海中熟成酒」プロジェクト発起人の上野伸弘さんは、長期熟成日本酒専門バーを営んでいる。
現在ではなかなかお目にかかれない熟成日本酒だがその歴史は大変古く、現在見つかっている文献では平安時代までさかのぼるという。
日本酒の世界では、熟成酒は特別なものとして祝い事や宴席などで重宝されてきた
残念ながら明治時代に廃れてしまったが、各地の酒蔵を巡ってみればいまでも古い酒瓶がいくつも眠っているという。
バーマン時代の上野さんを魅了した日本酒、その魅力はなんといっても料理の世界で重んじられる旨味がもっともバランスよく含まれていること。
そして銀器、ピューター、陶磁器、ガラスと、質感の違う酒器で、かつ温度を変えて楽しめる唯一無二の酒だから。
上野さんによれば、そうした懐の深さに「時間」という別の視点を加えることで、日本酒は信じられないほどの多様性をはらむのだという。
店内にはさまざまな酒蔵から厳選された古酒がずらり。中央は稲花正宗の1962年もの。
「バーの基本は『ここに酒ありき』という信念だと思います。
和洋に関わらずたくさんの種類の酒を扱うのがバーの役割でもありますが、カウンターでは目の前の一杯をいかに味わってもらうかにバーテンダーの度量が問われます。
同じお酒でも一杯目と二杯目で少しだけ温度を変えてみたり、提供するタイミングを見計らったり、あるいは器を変えてみたり。
そういう点で、日本酒は工夫しがいのあるお酒ですね。
私が20代から通っている飲み屋で、神楽坂に『伊勢藤』という名店があります。そこで扱っているのは白鷹のお燗だけ。
ビールもないし冷酒もない。
店主は客の所作や空気を読んで、たった一種類の白鷹をどう飲んでもらうかに心を砕いています。
バーテンダーとして酒と向き合うことの本質を、『伊勢藤』に教えてもらいました」
そうしてたどり着いた上野さんなりの向き合い方が「熟成」という価値観だった。
時間が醸し出す厚みや奥行きは、日本酒に全く別のストーリーを与えてくれる。
古酒の味わいは吟醸、純米、貴醸酒などタイプによりさまざま。
熟成期間、熟成場所でも変化する。
だからこそ、一本一本に物語がある。
「思い出」というフィルターで古酒をエディットした「記念美酒」。年ごとに異なる熟成日本酒がラベリングされ、1975年から2015年までが勢ぞろい。
現在、酒茶論で扱うのは3年ものからフルボディタイプの90年もの(!)まで、40の酒蔵から厳選されたおよそ100種。
淡い黄色から深い琥珀色まで、経年で変化する色も楽しんでほしいから、すべてグラスで供される。
面白いものでは40年ものの古味醂も。
こちらはまるでペドロヒメネスをさらに煮詰めたような濃厚さで、コーヒーフレッシュとあわせてカクテル風に仕立てると味醂の和を感じさせる甘みとクリームのコクが溶け合い、予想外のマッチングが楽しめる。
古酒とおつまみの絶品のマリアージュも、酒茶論の醍醐味だ。
豆腐の味噌漬け、あるいはオレンジピールのチョコレートがけ、パルミジャーノレッジャーノと、和洋さまざまのおつまみが登場するが、それぞれが互いの香り、味わい、コク、旨味を完璧に引き立て合う。
「日本酒もエディットする時代ですから」と上野さん。
古酒が持つ表現力を現代のスタイルにあわせてブラッシュアップさせていけば、その裾野はもっと広がるはずだ。
現に、南青山の人気フレンチレストランでは食中酒として古酒がグラスでサーブされている。
古酒、あるいは熟成日本酒というとハードルが高いものと敬遠されがちだが、ワインやウイスキーのようにエイジングを楽しんでもらえたら、そんな思いを抱いている。
カクテルや食後酒を嗜むように楽しめる古酒。左は「若水」1993年もの、¥1,000。右2つは40年ものの古味醂。
「江戸時代には古酒はもちろん、長期間、果物を漬け込んでリキュールのように楽しんだり、それは豊かな飲酒文化がありました。
明治以降、政府が製造段階で税金をかけ始めた結果、早い段階で酒を現金に換えたい酒蔵は単年度で売り切るようになってしまい、徐々に古酒文化が廃れてしまいました。
本来、さまざまなエイジングを楽しんでいたお酒が画一化された『日本酒文化』という枠に無理にはめられてしまったことは残念ですが、いまからでも決して遅くない。
江戸時代に負けないくらい豊かな日本酒文化形態をつくっていきたい、その奥行きを発信していきたい。
『海中熟成酒』も、そうした古酒文化に興味を持ってもらうためのプロセスのひとつなんです」
海中熟成というロマンチックなストーリーで描く、古くて新しい熟成酒。
時間が醸す深遠なる味わいを、ぜひ一度お試しあれ。
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酒茶論 | |
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