大海にロマン託して!
「海中熟成」で知る古酒の魅力。
<前編>

PICK UPピックアップ

大海にロマン託して!
「海中熟成」で知る古酒の魅力。
<前編>

#Pick up

上野伸弘さん by「酒茶論」

潮の流れによる揺らぎが熟成を促すという「海中熟成」。仕掛けたのは、熟成日本酒専門バーを営む古酒マイスターだ。はてさて、海中熟成のポテンシャルは?古酒の面白さとは?気になるあれこれを直撃!

文:Ryoko Kuraishi

海中熟成のロケーションに選ばれたのは、透明度で知られる南伊豆。この海底に半年間、酒瓶が沈められる。

たとえばバルト海から引き上げられた200年前のシャンパン。
あるいは、北海に沈んだ船で発見された、18世紀のワイン。
海といえば沈没船。沈没船といえばお宝。
海と海底に眠る宝物にまつわる物語に、私たちはいつもロマンをかきたてられてきた。


翻って現代。
海底にはいまでもお宝が眠っている。
そのお宝とは「海中熟成酒」。
抜群の透明度を誇る南伊豆の海に日本酒を沈め、潮の流れ・揺らぎによって熟成を促そうという、ロマンあふれるプロジェクトである。


このプロジェクトの仕掛け人は長期熟成日本酒専門バーの「酒茶論」を手がける古酒マイスター、上野伸弘さん。
ホテルバー出身の生粋のバーマンで、フレンチの名店「トゥールダルジャン」シェフバーマンを経て13年前に長期熟成日本酒専門のバー、「酒茶論」をオープンさせた。
昔から酒のエイジング、つまり年月というストーリーを有す熟成酒には格別の思い入れがあり、ホテルバーで働いていたころからお気に入りの日本酒を自家熟成していたそう。

プロジェクトには地元ダイバーの協力が欠かせない。酒ビン入りのコンテナを沈めるところから、熟成中の酒瓶のチェック、引き上げまでを行う。

「トゥールダルジャン」時代は、深みのあるワインをよしとするフランス人シェフたちをも自家熟成酒で唸らせた。
彼らのアルコール感をベースにすると、日本酒は「軽い、うすい」という印象を持たれてしまいがちだ。
そこで上野さんが自分で熟成させた日本酒をテイスティングさせてみたところ、「これにマッチするフレンチをぜひ作ってみたい!」と、職人気質のシェフたちを大喜びさせたという。


上野さんによれば、古酒の魅力はなんといっても積み重ねた時間が醸成する酒の厚みや奥行きだ。
熟成には、時間に加えて外的要因も影響する。
とすれば、熟成に最も適した場所は一体、どこなのだろうか。
思い立ったのが「海中」だった。


「外的要因としては超音波、つまり一定の周波数によってアルコール中の化学成分に変化が起きることが立証されています。
これまでは洞窟熟成、あるいは雪室熟成などが試されてきましたが、今回は慶応大学先端生命科学研究所が海中熟成とセラー内で熟成されたもの、それぞれのデータをとって化学的に解析。
分子間の構造体の変化とアミノ酸量の変化についてもきちんとしたエビデンスがあります」

コンテナの中にはご覧の通り。日本酒以外にもさまざまなボトルが並ぶ。白いタグにはどこのバー(酒蔵)から預かったものかが明記されている。

海中が理想的な保管庫だと思えたのは温度変化が少ない上、潮流による振動が生じるから。
この微弱振動が、ビンを詰めた海底コンテナの中にかすかなノイズを生じさせる。
このノイズが周波数と同じ効果を及ぼすのだという。


さて、「海中熟成」というアイデアは素晴らしかったものの、実現までには数々の難関をクリアしなくてはならなかった。
伊豆有数の透明度を誇り、シュノーケルのメッカとしても知られる南伊豆町中木沖をロケーションとしたものの、海のなかは漁場でもあり、まずは地元漁師の理解を得るとともに漁の邪魔にならない工夫をこらさなくてはならない。
漁場がボトルのガラス片で汚染されることがないよう、台風にも流されないしっかりとしたコンテナと海底の水圧にも耐えられる特製のビン・栓を用意。


そうした試行錯誤の末、2013年に海中熟成酒プロジェクトが始動した。

少々の荒波ににはびくともしない特製のコンテナと、海底にしっかち固着させるための土台を特別に用意した。

「各酒蔵から預かった3000本をコンテナに入れ、地元ダイバーの協力のもと、海底に沈めます。
台風シーズンを避けるため、期間は11月から翌年の6月としました。
コンテナの中には日本酒のほかに泡盛もありますし、バーテンダー時代の後輩が声をかけて集めたブランデーやカルヴァドス、ラム、ジン、ウォッカ、テキーラも。
現在はウイスキーが多くなっていて、こちらはおよそ200本。
蒸留酒の変化の具合も非常に興味深くて、とくにシングルモルトはまろやかさに加え、収斂性が花開くような面白い現象もみられるんです」


さらに「海中熟成」というプロセスに興味をもってもらうべく、コンテナを海底に沈める作業や定期的に行われる海底の状態や変化を動画などで配信、引き上げるまでの6ヶ月間をストーリー仕立てで楽しめるようなコンテンツも作成した。

古酒マイスターにして海中熟成酒プロジェクトを率いる上野さん。『週刊漫画サンデー』に連載されていた『ホロ酔い酒房』原案・監修者としても有名。Photo by Kenichi Katsukawa

今後は、協力してもらっているダイビングショップごとに熟成させたいボトルを募り、一般の参加者が沈める作業から引き上げまでを体験できるような仕組みも作っていくつもりだとか。
また透明度の高さを利用してプロジェクト用にグラスボートを用意、潜れない人もボートに乗って海中の様子を眺められるようにできたら……と、上野さんのアイデアは尽きない。
目指すは、いろいろな酒瓶が海底で眠る「海底リカーガーデン」!


現在は南伊豆町だけでなく、下田や宇和島などさまざまなエリアで「海中熟成酒」を進めるべく、各地と情報共有を進めながらコンサルタントとして各プロジェクトに携わっている。
「酒蔵はもちろん、地元の漁協やダイバー、ホテルや飲食店と手をとりあい、『海中熟成酒』が地域活性化のコンテンツとなれば面白いですね」


後編ではさらに、長期熟成酒の奥深さを上野さんに教えてもらおう。


後編に続く。

SHOP INFORMATION

酒茶論
港区高輪4-10-18
Wing高輪 2階
TEL:03-5449-4455
URL:http://shusaron-online.com

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