アメリカ西海岸&カリブ海発
2015年夏、ラム最新事情。
<後編>

PICK UPピックアップ

アメリカ西海岸&カリブ海発
2015年夏、ラム最新事情。
<後編>

#Pick up

海老沢忍さん by「SCREW DRIVER」

2015年に注目したいラム事情をお伝えする今月。後編ではいよいよラムの本場、カリブ海諸国の現在のシーンをご紹介。彼らのラム造りの原点とは、果たして?

文:Ryoko Kuraishi

広大な砂糖プランテーションが切り拓かれたアンティグアの島内には、砂糖を作るための風車跡があちこちに。島の歴史の一片を感じさせる。

2.産地のプライドをかけた、カリブ海諸国のラム造り

アメリカ、ことに西海岸で進んでいる造り手たちの意識革命に驚かされたという海老沢さん。
果たしてラムの本場、カリブ海沿岸ではどんな動きがあっただろうか。


「今回はドミニカ共和国、セント・ルシア、アンティグア、バルバドスと回ったのですが、こちらのラム事情を一言で表すと『リ・ボーン』でしょうか」


ラム造りはカリブ海沿岸の国々にとって、いわば基幹産業だ。
ラム以外にこれといった主要産業がないこれらの国では代々、国の威信をかけてラム造りに取り組んできた。


今回の視察では、「産地のプライドをかけたものづくり」という意気込みはそのまま、ラムを通じて自分たちのアイデンティティを世界に広めたいという志をも感じたとか。
そのためには、従来の伝統を大切にしつつも新しいものにも積極的に挑んでいくのが、現在の風潮のよう。

アグリコール・ラムで攻めの姿勢を見せる、セントルシアの「セントルシア・ディスティラリー」。白衣の男性は3人いるブレンダーのひとり。左奥の男性がチーフ・ブレンダー。

たとえば糖蜜を使った伝統的な製法でラムを造ってきたセントルシアは、アグリコール・ラムにトライ。
蒸留所の周りのバナナ農園をすべてサトウキビ畑に変えたというから、かなり本気である。


伝統的にバーボン樽にこだわってきたアンティグアでは、さまざまな樽での熟成を試みるようになった。
試行錯誤するなかでアンティグアの造り手たちが伝えたいのは、イギリス系のラムではあるけれど、ジャマイカのようなヘビーでパンチのある味わいではなく、よりソフィスティケートされた繊細な味わいなんだとか。


一方でバルバドスの蒸留所は「自分たちのラムこそが最古のラムであり、この島がラム発祥の地」と胸を張る。


ラムの味わいの違いは複雑な歴史を背負ったカリブ海諸国の成り立ちにゆえんがあり、味わいの違いこそがそれぞれの国の風土や気候、国民性を表すのだ。


「彼らはいま、グローバルの中での自分たちの有り様や立ち位置をあらためて見つめ、自分たちなりのラムをリ・ブランディングしようとしています。
僕たち日本人が思っている以上に、カリブ海沿岸諸国にとってラムは大事な産業なんですね。
自分たちが造るラムを通じて、世界のマーケットに自分たちの国を知ってもらいと思っているんです」

バルバドスの「ウェスト・インディーズ」にて。コントロール・システムまで、すべてをさらけ出して見せてくれた蒸留責任者。

テロワールや歴史に関して、最初に酒飲みの心を捉えたのはワインだったが、海老沢さん自身、「ラムも同様にテロワール、つまりカリブ諸国のアイデンティティをアピールすべき」と考えている。


「以前は『ラムをもっと知りたい』という気持ちでカリブ海諸国の視察に出かけていましたが、ここで見るべきは実は情報だけではなく、造り手の考え方など彼らのアイデンティティなんです。
彼らのラムはどういうところで生まれ、どこへ向かおうとしているのか。
それが少し理解できただけでも、今回の旅の価値はあったなと思っています」


カリブの島々を歩けばラムの味わいはもちろん、それぞれの島では独自の気候や風習、文化が息づいているのを間近にすることができる。
ラムは、カリブに息づく文化をそのまま体感することができる「島酒」なのだから。

ラムと音楽が切っても切れない関係にあるのがカリブ海諸国。街角にバーが立ち並ぶストリート・パーティは、今夜も最高潮の盛り上がりを見せる。

3.アメリカの酒カルチャーにも、食の意識改革の波が押し寄せている

カリブ海諸国を巡った後に海老沢さんは再び、サンフランシスコに舞い戻った。
ここでは「世界一のラムバー」との呼び声も高い「スマグラーズ・コーヴ」に出かけた。


「アメリカの多くのバーと異なり、ここはつまみがなくて飲むだけの、いわばジャパニーズ・スタイルのバーです。
アメリカ人にはこのスタイルは通用しないだろうと思っていたのですが、利き酒のようなテイスティング・メニューが大好評を博しているそう。


日本のバーでは昔からあるアイデアですが、アメリカ人には新鮮に映るみたいです。
飲み分けをすることで、『ラムって産地によってこんなに味が違うの?!』『ラムって面白い』『もっと飲んでみたい』と、ラムへの興味を喚起してリピーターを増やしているよう」


こうしたローカリティ、産地、あるいはトレーサビリティなど、口にするものへの意識の高まりは、海老沢さんが西海岸に到着したその時から感じていた、アメリカの意識改革の一つである。
'90年代には考えられなかった、「ヘルシー・安心・安全」な食材や素材にこだわるアメリカ人の姿は、大きな驚きだった。


「スピリッツでも産地を大切にした飲み方が注目されていますし、厳選素材のクラフト・スピリッツなんかもたくさん出てきています。
それに加えてプレゼンテーションの仕方も、古いものや滅びつつあるもの、自分たちのアーカイブを大切にした見せ方が多くて、それがまた新鮮でした。


先鋭を目指す気風があればこそ、いま一度温故知新・原点に立ち返り、古きから学ぼうという姿勢が生まれる。
アメリカではライ、ジン、ラムが人気と言われているが、これら古いスピリッツに注目が集まるのも、過去の文化を再評価しようという風潮がベースにあるのではないでしょうか」

左:いま最もアツいと言われるバー、「スマグラーズ・コーヴ」。右:オーナーのマーティンと談笑する海老沢さん。

4.いま問われているのは、アイデンティティ

「カリブ海諸国のラム事情の話で『アイデンティティ』と言いましたが、アメリカ人も結局、そこに立ち返っているんだと思います。
自分たちはどこから来てどこに向かっているのか。


禁酒法時代の古き良きアメリカと、ITベンチャーのような革新性。
それらがいいバランスで共存しているのが、いまの西海岸の飲酒文化なのではないでしょうか」


およそ1ヶ月半に渡る視察を通して、それぞれの蒸留所がアイデンティティにかける意気込みに圧倒されたという海老沢さん。
日本におけるラムのパイオニアとして自らのアイデンティティを振り返り、次に取り組むべき課題も見えてきたそうだ。


「僕のアイデンティティが何かと言えば、ラムを広めること。
そのために『ラムを飲みたくなる』『ラムが似合う』、そんな風景を日本に増やすことに注力してきました。


今回の旅で、週末ごとに繰り広げられるラムパンチ・パーティや老夫婦がビーチ・バーにドレスアップして出かけるさまなど、カリブらしい風景を日常のなかでを見かけるにつれ、日本はまだまだ日常の風景とラムとの距離が遠いなと実感しました。
この旅をきっかけにあらためて、日本で作っていきたい新しいシーン、そして海外のシーンに対して挑戦したいことが見えてきたように思います」


アメリカ西海岸&カリブ海諸国と、それぞれ新たな動きが生まれそうな2015年ラム事情。
これらのポイントをふまえて、今年の夏も大いにラムをお楽しみあれ!

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