バー巡り37年の思いを形に。
名ブロガーが開いたバー。
<後編>

PICK UPピックアップ

バー巡り37年の思いを形に。
名ブロガーが開いたバー。
<後編>

#Pick up

荒川英二さん by「Bar UK」

昨年12月、念願の『to the BAR』を発刊させた荒川さん。その直前にオープンしたのが、荒川さんの「Bar UK」。かつて「こんな店、いいなあ」と成田さんと語り合った、そんなバーを形にしたものだ。

文:Ryoko Kuraishi

「自分の理想の空間に少しずつ近づけている」という店内。カウンターの横には、成田さんの『to the BAR』ほか、さまざまな本が。ちなみに、Bar UKと名付けたのも成田さんなのだとか。

バー巡りに費やした30余年という月日のなかで、荒川さんはバー史でも語り草になるような瞬間を数多く目撃・体験した。
たとえば、伝説となっているオーセンティック・バー、神戸の「コウベハイボール」や「サヴォイ」、銀座の「クール」の閉店に立ち合ったこと。
8年前に札幌の「バーやまざき」を訪れた際に、山崎さん名物の、客の横顔の切り紙を作ってもらえたこと。


「山崎マスターは当時86歳くらいだったと記憶していますが、そのときはたまたま体調がよかったようで、シェイカーを振ってカクテルを作ってもらえました。
スタッフの方に『マスターがシェイカーまで振るのは珍しいんですよ』と言われて嬉しかったですね。
このとき切ってもらえた僕の横顔は、宝物としていまは店内に飾ってあります」


こうやって全国のバーを巡り、好みのバーを見つけるうちに、自分でもバーをやってみたい、そんな思いを抱くようになった。


「大好きなバーはたくさんあるけれど、自分の理想のバーにはまだ巡りあえていなかった。
サービス、酒のラインナップ、かかっている音楽、その場の雰囲気、使っているグラス……。
ならば、自分の理想を、自分で形にすればいいと考えたんです。
40歳ごろのことでした」

昔から骨董品店で買い集めていたアンティークグラス。居抜きで借りた店内にもともとショウケースがしつらえてあったので、自慢のアイテムを飾ることに。

バー開店の目標を定年後に見据え、まずは開業資金とするべく、1年に20万円ずつの「バー貯金」を行う。
新聞記者の仕事で各地に出張する際は、必ず土地の酒屋に出かけ、ウイスキーのオールドボトルを買い集めた。
買ったウイスキーは決して封を開けず、自宅で大切に保管する。
こうして20年後、「バー貯金」と300本のオールドボトルを元手に「バーUK」をオープンさせたのだ。


「バー開店を本格的に計画し出して3年くらい後のことですが、ある日、一徹さんが一枚の切り絵の原画をくれたんです。
『将来、あらちゃんが開くバーのために門灯とコースターに使えるデザインを考えたよ』と言って。
結果的に、一徹さんのこの絵が僕の背中を押してくれました。
『これを必ず生かせるように、がんばります』と一徹さんにも約束してしまって、もう後戻りできないと思いました」

成田さんの過去の著作も店内に置いており、すべて閲覧可能だ。

こうして、晴れて「Bar UK」のオーナーバーテンダーとなった荒川さん。
飲み手からバーのマスターへと立場が異なったことで心境の変化はあったのだろうか。
「飲み手のときは、料金は妥当か、それに見合うサービスを受けたかをいつも考えていました。
カウンターのこちら側に立つとあらためて、『払っていただける料金に見合う仕事をしなくては』と思います。
立場は変わっても、バーで大切なことの根本は同じなんですね」


以前、『酒とピアノとエトセトラ』で荒川さんが綴っていた、「いいBAR」の条件。
1 カクテル等酒づくりの技術に優れている。
2 接客、サービスのレベルが高い。
3 酒の品揃えが充実し、マスターらの店の方の知識も豊富。
4 マスターら店の方のトーク(話術)が長けている。
5 内装や椅子、照明など店の雰囲気がいい。
6 酒やサービスに見合った明瞭な料金である。
7 おいしいフードがそこそこある。
8 商魂見え見えの経営方針ではない。
9 心地よいBGMが流れている(時にはライブもある)。
10 そのバーに集う客の質がいい。
11 広すぎず狭すぎず、清潔感もある。
12 マスターら店の方の人柄がいい。
(以上『酒とピアノとエトセトラ』、および『今宵もBARへ〜「私的」入門講座20章』より)


荒川さんは12の項目をあげたが、結局のところ12番目の「マスターの人柄」こそがバーの真髄だと言う。
「一徹さんもよく、『バーは人なり』と言っていましたね。
私も20年、30年と通い続けているバーがありますが、結局のところ、マスターの人柄に惹かれて足を運び続けるんです」

荒川さんのおすすめの3本。左は70年代のデュワーズの最高級ウイスキー、「ネプラス・ウルトラ」、中央は'76年のマッカラン、右は'69年のボウモア(ボトラーズ物)。ちなみに、ハイボールにはデュワーズのホワイトラベルを使っている。「デュワーズのホワイトラベルはオールボトルに興味を持つきっかけとなったもの。だからハウス・ウイスキーはこれなんです」

結局、「いいバー」とは幅広い客にとって「来てよかった、楽しい時間を過ごせた」と思える店ということだろう。
「ですから、ついこの間までバー通いをしていた『愛好家としての目線』は常に忘れないようにしています。
自分がマスターにしていただいて嬉しかったことは、同じようにやりたいと思っていましたから」


ハイボールや水割り、リッキー系のカクテルは12オンスの薄ハリのタンブラーで、氷は可能な限りブロックアイスから包丁で切り出した一個のものを使う。
突き出しは常に2、3種類用意し、注文のあった酒に合うものを提供する。
会計はすべての明細を記した伝票を提示する、など。


目玉のオールドボトルやヴィンテージボトルもかなりリーズナブル。
ハイボールも、ボウモアのスノースタイルやタリスカーのスパイシー・ハイボールと、飲み手には嬉しいメニューを10種類ほど揃えた。


「バーテンダーとしてはまだまだ一人前ではありません。
ですからカクテルなどはかなり安い料金設定にしています」

荒川さんのブログでの連載を編集・追記しまとめた『今宵も、BARへ〜「私的」入門講座20章』(¥700)。

一方で、飲み手を置き去りにしがちなバーシーンについては、ブログでも率直に苦言を呈す。
「これは開業して9カ月のバーテンダーではなく、あくまでも37年間バーに通った愛好家としての意見ですが、最近、バーテンダーが目指すものと客が求めるものとの間にずれを感じることがあります。


カクテル・コンクールの結果が重視されすぎる傾向や、使う材料が多すぎて複雑な味わいになりすぎる傾向があるコンクールの創作カクテル。
プロである以上、技術を競い合い、向上させるために努力することは素晴らしいことだと思いますし、そのためにコンクールが存在するのもよいことだと思います。


けれどその結果をあまりに重視しすぎる風潮には、飲み手としては疑問を感じます。
近年、コンクールで優勝した作品でその後、国内外でスタンダードとして定着したカクテルは『ソル・クバーノ』など、数えるほどしかありませんよね。
せっかくの優勝作品なのに、バーのカウンターで忘れられてしまうのはとても残念なことです。


一方、100年前に考案されたシンプルなカクテルは、世紀をまたいでいまもスタンダードとして世界各地のバーで愛されています。
その理由(違い)は何なのか。
僕は、複雑になりすぎた創作カクテルと、お客様が求めている味わいの方向性が違ってしまっているのが一因ではないかと感じています。


そもそもカウンターに座っているとき、バーテンダーやマスターの成績や順位のことを考えたことはありませんし、多くの愛好家も同様なんではないでしょうか。
バー好きがバーに通い続ける最大の理由、それはマスターの人柄なんだと思いますよ」


「よいバーにはよい客が集う」という。
店が客にマナーを教え、客が店を育てるという相互関係の上でバーシーンは築かれ、発展する。
そうしたシーンが末永く続くことを、大阪の小さなバーから荒川さんは願っている。

SHOP INFORMATION

Bar UK
大阪府大阪市北区曽根崎新地1丁目5-20  大川ビル B1F
TEL:06-6342-0035
URL:http://plaza.rakuten.co.jp/pianobarez/

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