ビールの真の旨さとは?
クラフトビール最前線!
<後編>

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ビールの真の旨さとは?
クラフトビール最前線!
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青木辰男さん by「ストレンジ ブルーイング」

真に「いいビール」を追求するあまり、ついには自らのブリュワリーを立ち上げ、自家醸造ビールをリリースしてしまった青木さん。「いいビール」の真髄を探ってみよう。

文:Ryoko Kuraishi

「ストレンジ ブルーイング」の裏手で自家栽培しているホップ。現在は少量ずつ9種類を育てている。

今年6月に醸造を開始した「ストレンジ ブルーイング」。
その名に聞き覚えがなくとも、「麦酒倶楽部ポパイ」が遂にリリースした自家醸造ビール、「ゴールデンスランバー ペールエール」といえば、クラフトビールファンならおわかりになるかもしれない。


米どころとして有名な南魚沼の水を仕込み水に使い、原材料にはイギリス産ペールモルトとアメリカ産カスケードホップのみを使用。
現在はホップも自家栽培しており、収穫後には自家製ホップを使ったビールも造られるようになるらしい。


さて、「ストレンジ ブルーイング」のこだわりといえば、ビール造りで最も大切な酵母作りを自ら行っている点だ。
ここで青木さんが目指しているのは、そうして育てた上質の酵母をブリュワリー間でシェアすることだという。

「ビール造りはサイエンス」を体現する「ストレンジ ブルーイング」。日本酒の醸造を行っていた藤木さんが慎重な手つきで扱うのは酵母。これは拡大培養の様子。

「新進のブリュワリーは市販の酵母を使うことが多く、また多くのブリュワリーがコストパフォーマンスを考えて酵母を複数回、使い回しています。
繰り返して使っているうちに酵母が変形してしまうこともありますし、外気のバクテリアに汚染されることもある。
酵母次第でビールは全く別物に変わってしまいますから、ストレンジ・ブルーイングでは仕込みごとに新しい酵母を投入しています」


現在はこの酵母を国内4社で試験的にシェアしているそうだ。
こうしたことをきっかけに、ブリュワリー同士が酵母をシェアするという風潮が広まればいいと考えている。


加えて、「ストレンジ ブルーイング」では長年、クラフトビール業界に身を置いてきた青木さんなりの、「いいビール」に対するこだわりが貫かれている。


「ポパイでは上質なクラフトビールのみを厳選していますが、それでは上質、つまり『いいビール』とは一体、何を指すのか。
まずは正常に発酵したかどうか。
次にいい原料、レシピが大切です。
きちんとした素材を使い、正常に発酵したキレイなビールこそが『いいビール』なんじゃないかと僕は考えるんですね」

発酵前の麦汁の成分比重を計測し、醗酵度をチェックする。

「いいビール」とはすなわち、日本でビールを最も多く飲む層、普段はスーパードライしか飲まない保守的なお父さんたちさえをも「うまい!」とうならせるようなビールだ。
だからこそ、日本人が好む繊細な味わい、スタイルを求め、水の硬度やpH値までを細かく変えて試験醸造を繰り返し行い、データを取る。


「世界各地にさまざまなビールがあり、それぞれ個性豊かな味わいがありますが、一つ言えるのは、健康な酵母を使って正常に発酵したビールのことを『まずい』という人はいません!」


そうして出来上がった「ゴールデンスランバー」は青木さんが考えた通り、すっきりとした飲み口とさわやかな苦みが後を引く。
スーパードライを飲み慣れた世代にも受け入れてもらえるビールだろう。


その「ゴールデンスランバー」をして、「キレイ過ぎて個性が足りない」というビールファンもいるそうだが……。
「出来が悪いビールを『オフフレーバー』と言いますが、このオフフレーバーを個性と考える現代の風潮も、コアなビールファンを混乱させる原因の一つだったりします」

「ポパイ」が提案するビールと料理のペアリングの一例。「ゴールデンスランバー」には「ノルウェーサーモンのエール漬け」(¥850)が好相性。調理の際、ビールを使うのが「ポパイ」流ペアリングの秘訣だ。

ビールのスタンダードフレーバーはおよそ42種。
さまざまなフレーバーがバランスよく混ざり合うことで、個性的なフレーバーが醸し出される。
中には人間が不快に感じる香りもあるが、それもごく少量がバランスよく配合されていれば、それは「うまみ」あるいは個性として表れる。


ところが、そうしたフレーバーの一つが突出してしまうとオフフレーバー=バランスの悪いビールになってしまう。


「間違えないでいただきたいのは、ビールの中にあるフレーバーそのものが『オフ』ではないんです。
結局、出来の良し悪しは、フレーバーのバランス次第。
たとえば、割とメジャーなオフフレーバーの一つに『DMS』というものがあって、トウモロコシやトマトを思わせるフレーバーとも言われています。


では、ビールにかすかなDMSを感じるからといって、それがすぐさまオフだと評価されるわけじゃない。
ですがメーカーはDMSの存在を隠すかのように、ホップやフルーツをどーんと入れてしまうんです。
さらに、一部のコアなビールファンはビールの中にあえてオフを探してしまう傾向もある」

「ゴールデンスランバー」と同様のコンセプトで造られている「ブリマーブリューイング ポーター」(9オンス¥706〜)には定番人気の「牛肉のビール煮」(¥1,030)を。

そうした考えのもとではビール文化もビールファンも育たない、というのが青木さんの持論だ。


飲み手が『おいしい』と感じれば、どんな香りであろうとオフフレーバーではないのだ。
飲み手は、イメージではなく自分の味覚を頼りに飲み比べてみておいしいビールを探すべき。
造り手はフレーバーの個性より正常な発酵に重きをおくべき。


青木さんがあえてキレイなビールを醸すのには、こうした現代のクラフトビール事情への反骨心もあるようだ。


近年は料理とのペアリングという概念が広がってきたことで、新たなファン獲得の可能性も見えてきた。
「クラフトビール事情はあいかわらず厳しいよ」なんてつぶやく青木さんだが、日本のクラフトビールがぐんぐん成熟しつつあることは間違いない。


青木さんのビール人生のこだわりを詰め込んだペールエール、「ゴールデンスランバー」で、花開きつつある現代のクラフトビール・カルチャーをぜひ、ご体感あれ。

ストレンジ ブルーイング
949-7241
新潟県南魚沼市黒土新田79-5

SPECIAL FEATURE特別取材