漫画『ワンピース』に憧れて!
船上バーテンダーの仕事術。
<後編>

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漫画『ワンピース』に憧れて!
船上バーテンダーの仕事術。
<後編>

#Pick up

人見清子さん by「にっぽん丸」

東京にあるバーのオーナーバーテンダーから、各地の港を巡る船上バーテンダーへ。人生の転機を鮮やかな発想の転換で乗り越えた人見清子さん。船に乗っておよそ1年、船上での充実した生活について教えてもらった。

文:Ryoko Kuraishi

「船の街だ」と実感したという香港で。「あの高層ビル群に海から接岸する。まるで映画のワンシーンのようで、壮観でした」

さまざまな船旅で多くのクルーズ客をカクテルでもてなす船上バーテンダー。
船内のバーでは「船旅ならでは」というシーンも多く見受けられるとか。
「クルーズ船のお客さまは想像以上に高齢の方が多いんです。
連れ合いの方を亡くされて一人で参加する方も多くて、船内には素敵な出会いも多いそう。
ラブレターをもらっちゃった、なんて70代の女性に恋の相談を受けたこともありました。


また、バーにお見えになる方っていつも同じなんですが、長いクルーズだとささいなことで揉め事になってしまうこともあって、間に入るのにも気を使います。
たとえば、同じエピソードを何度もお話される方って少なくないんですが、それにいちいち突っ込んでしまうお客さまもいらしたりして、一触即発(笑)。
それでも船旅には独特のムードがあるので、下船後もSNSでつながるなど、旅先で出会っただけではない人間関係を築けるのが楽しいところでしょうか」


結局、船に乗務してわかったことがあった。
地上も船上も、たとえそのバーがどこにあろうとも、バーテンダーとしてのスキルやホスピタリティは変わらない、ということ。
多くの人に楽しい会話と時間を提供する。
それは人見さんが自分の店でやり続けたことだから。

昨年9月に寄港した石巻港。

一方で、地上とは異なり船上で大いに問題になることもいくつかある。
たとえばプライバシーの確保の問題。
自室のドアを開けた瞬間に「オン」の時間が始まるという環境は、船上スタッフならではのシビアさだ。
「おまけに船室をスタッフ3人でシェアしていますから、プライバシーは皆無です。
船の上では一人ということはほとんどなく、常に大勢のスタッフと一緒に仕事をします。
お客さまだけでなく共に働くスタッフにもホスピタリティを持つということが、楽しく働くコツなんですね」


「また、地上のバーのようにいつでも、なんでもものが揃うわけではない。
普通のバーでは当たり前に手に入るものが、船の上では揃わなかったりすることも多々あります。
あるもので工夫してやりくりすることは楽しさを覚える反面、これがあればもっとおいしく飲んでいただけるのに…とジレンマを感じることも。
お客さまもバーに通い慣れた方が多いので『こんなものもないの?』って驚かれることもあります。
そういうときはやっぱり、一抹の寂しさを感じますね」

いつも暖かくもてなしてくれる小笠原の人々。こちらが小笠原名物の漁船並走のお見送り。

船旅ならではといえば、こんなご苦労も。
「メインバーはちょうど操舵室の真上の船首にありまして、水平線を一望するという素晴らしいロケーションに恵まれている反面、揺れやすいんです(笑)。
キャビネットの中にはラバーを貼って養生してありますし、ボトルの棚には落ちて来ないように横木を渡してありますが、揺れたらすぐに綿テープで養生します。
カウンターの下にはからのラックが大量に用意してあって、いつでも撤収できるようになっているんですよ」


それでも夕焼けに染まる瀬戸内海を航海しているとき、夜の関門海峡でライトアップされた街並に迫るように方向転換するさま、あるいは香港の港に帰港する時、みるみる摩天楼が近づいて来るさま、間近で眺める、海上で打ち上げられる花火など、メインバーからのいくつもの景色が人見さんを慰めてくれる。

宮古を訪れた際は、地元大学生がボランティアで入港イベントを催してくれた。

そんな風に、楽しいことや船にまつわる厳しさを少しずつ体験してきたこの1年。
船旅ならではの感動や他では得難い経験も味わった。


その一つが、被災地で受けた熱烈な歓迎のセレモニーだ。
「2011年の震災直後、現『にっぽん丸』の船長がその姉妹船に乗り込み、食事とお風呂を提供するために被災地をまわったんだそうです。
昨年、『にっぽん丸』で宮古に立ち寄った際は地元の方々が姉妹船とその船長を覚えていてくれたようで、大歓迎してくださったんですね。
有志の方で歓迎の会も開いてくださって、スタッフ一同、感動して涙を流したことをよく覚えています」


宮古だけではない。
その土地の舞いや太鼓で盛大に送迎イベントを催してくれたり、10台もの漁船がにっぽん丸と並走して見送ってくれたり、旅先での心温まるふれあいには事欠かない。
「ほんの短い間の滞在ですが、船が港を離れる時はいつも切なくて、胸がいっぱいになります」

色とりどりのテープが舞うさまを見るとセンチメンタルな気分になるという出港時。

こうして船上バーテンダーとしてそのスキルを磨いている人見さん。
乗務して1年、課題も目標も見えてきた。
人見さんが「にっぽん丸」でどうしてもやってみたいこと、それは......。


「やっぱり世界一周クルーズの帯同です。
残念ながら『にっぽん丸』ではなかなか開催されないクルーズなので、いつか世界一周クルーズに乗船するまではがんばりたい。
地中海やカリブ海を航海して、寄港地のフルーツや地元のお酒で遊んでみたい。
厳しい制約がある中で、船上バーテンダーとしていろいろなアイデアを形にしてみたいですね」

SHOP INFORMATION

にっぽん丸
(商船三井客船株式会社)
東京都港区赤坂1-9-13 三会堂ビル5階
TEL:03-5114-5200
URL:http://www.nipponmaru.jp/

SPECIAL FEATURE特別取材