漫画『ワンピース』に憧れて!
船上バーテンダーの仕事術。
<前編>

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漫画『ワンピース』に憧れて!
船上バーテンダーの仕事術。
<前編>

#Pick up

人見清子さん by「にっぽん丸」

クルーズ船に乗りこんで世界各地の海を旅し、船内のバーでとっておきのカクテルを振る舞う。バーテンダーの新しい生き方として注目を集める「船上バーテンダー」の、仕事術とライフスタイルをフィーチャー!

文:Ryoko Kuraishi

人見さんが乗り込む「にっぽん丸」はブルーとホワイトのツートンカラーが美しいクルーズ船だ。父島の二見湾にて。

外航クルーズ客船「にっぽん丸」で、船上バーテンダーとして腕を奮う人見清子さん。
渋谷で自らのバーを営み、オーナーバーテンダーとして働いていた人見さんが「にっぽん丸」に乗り込むようになったのは、およそ1年前のこと。
女性ならではのしなやかな発想と粘り強さ、そして日本のバーテンダーらしいきめ細やかなホスピタリティで「にっぽん丸」のクルーズを大いに盛り上げてくれる。
漫画『ワンピース』を読んで「船に乗る!」と決意した、船上バーテンダーの奮闘をご紹介しよう。



「もともとバーテンダーになろうとはおもっていなかったんです」と、開口一番。
6月のある日、月末から始まる次の航海に備える人見さんにお会いした。
「現在は2、3カ月乗務し、1、2カ月休みというルーティーン。
乗務の間は1泊2日のショートクルーズから5泊6日の小笠原クルーズ、10泊11日の日本一周クルーズなど、さまざまなクルーズが予定されており、それぞれの船旅でお客さまをおもてなししています」
6月末から始まるシフトでは、三大祭りを巡るクルーズや花火巡りなど、夏らしい企画が満載なのだそう。

水平線に沈みゆく夕陽を眺められるのは、船旅ならではの醍醐味だ。こちらは広島港の夕景。

さて、そんな人見さん、子どものときから飲食関係の仕事に就くのが夢だったという。
料理人になることを夢見て調理学校を卒業し、自分のレストランを持つことを目標にレストランで働いていた。
「お酒の勉強をしてみようと思い立ったのは、料理人とは別の視点で飲食業を考えてみたいと思ったから。
自分の店を持ちたいという気持ちに変わりはなかったけれど、ちょうどバブルがはじけたころだったので、当面はお酒の勉強もしておこうか……そんな気持ちでした」


バーテンダースクールで基礎を学び、六本木のバーで1年、そして渋谷のバーで3年働いた。
「ちょっと勉強」するはずが、いつしかコンクールにも出場し始め、すっかりバーテンダーの仕事にハマってしまった。


「カウンターでお客さまと向かい合うバーテンダーという仕事には、料理人にはない面白さがありますよね。
なにしろ、お客さまの目の前でカクテルを作り、その感想も直に伺える。
毎日が勉強という充実感がありました」
渋谷の店で働いていたことをきっかけにNBAに所属、渋谷支部の練習会で指導を請うなど積極的に参加した。
当時の渋谷支部の先輩はみな、人見さんにとってバーテンダー人生における師匠のような存在だとか。


4年間、バーテンダーとして働いているうちに、「自分の店(レストラン)を持ちたい」という夢は「自分のバーを開きたい」に変化していた。
未熟なりに自分一人で精一杯やってみよう、店と一緒に自分も成長できていければいい。
こうして、念願の自分の城「AW」をオープンしたのは1998年のこと。
渋谷の東急Bunkamura通り沿いに面した、雑居ビルの地下2階にある小さな店だった。


カウンターとテーブル数席の店だったというが、自分らしさが醸し出されるよう、内装にもこだわった。
6年後にはビルの改装工事に伴い、旧店舗の近くに移転。
新しい店舗もインテリアにこだわりシックな空間を作り上げたが、やがて人見さんに心境の変化が訪れる。

下船時はつかの間のオフタイムを堪能、地元の旬の味覚を楽しんでいる。佐渡では漁師めしのおいしさに感激した。

「13年、自分の店をやってきましたが、折からの不況も重なって段々しんどくなってきました。
私がもうちょっと商売上手だったらよかったのでしょうが、いい経営者といい職人は必ずしもイコールではないですものね。
営業中も常にお金の収支が頭を占めていて笑顔でいられなくなってきました。
ここらが引き時だと、店を閉めることに」


13年間続けた店を、クローズする。
普通ならネガティブな思考に陥りがちだが、こういう人生の転機こそ明るくポジティブに乗り切ろう!発想をがらりと変えるためにも、何か突拍子も無いことをしてみよう。
今までと全く異なる環境で、そう例えば海外とか……。
そんな風に考えた結果、「船上バーテンダー」という選択肢が思い浮かんだ。


「今までの自分にとって思いもよらない環境は何か?って考えたら、世界一周しながら船でカクテルを作る、それしかない!って。
もともと船酔いをするタイプなのでよく思い切ったって感じですが、『船上バーテンダー』と考え至ってからは、折りに触れて船にのって身体を慣らしたりしていました」

天売島では巨大ウニに遭遇、これで1つ¥300!

言霊とはよく言ったもので。
周囲に「船上バーテンダーの仕事募集中!」と触れ回ったら、さっそく面接の話が舞い込んだ。
それが「にっぽん丸」だった。
実際の乗務に至るまでにはさらに1年近くかかってしまったが、昨年からバーテンダーとしてさまざまなクルーズに乗務している。
現在は日本人スタッフ2名、フィリピン人クルー7、8名、トータル10名ほどのバースタッフが、船内にある5つのバーやラウンジとダイニングルーム、図書室など9つの施設で業務を行っている。


主な業務としてはバーでのカクテル・メイキングのほか、船長主催で行われるウェルカム・パーティでのカクテル提案とその準備、また船内で行われるカクテル作りのワークショップ担当など。
「ウェルカム・パーティ、長い航海ではフェアウェル・パーティが開かれることもありますが、航海のテーマにあわせてロング、ショート、ノンアルコールの3種のカクテルを用意します。
たとえば10泊の小笠原クルーズでは大自然のグリーン、海のブルー、太陽のレッドなど小笠原の自然を思わせるカラーのカクテルを用意しました。
日本一周クルーズでは春や島巡りの島をテーマにしたり、色や香りでそのクルーズのイメージを表現することが多いですね」

船長主催の「ウェルカム・パーティ」で自らが手がけたカクテルのプレゼンテーションを行う。

さらに旅行会社によるチャータークルーズでは、クルーズの目的にあわせてトロピカルカクテル・ナイトを開催したり、バーで寄港地カクテルをサーブしたり。
聞いているだけでも楽しそうだ。
「いえいえ、始めは島が見えるだけで『島だ!』って大騒ぎしていたんですが、残念ながら当初の興奮や感動もだんだん薄れてきて(笑)、いまは大騒ぎすることもなくなりました」

しなやかな感受性が船上で見つけた、独特の風景や港を去る際の寂寥の思い、人々とのふれあい。
次回は、船上バーテンダーが得たさまざまな気づきをご紹介しよう。

後編に続く。

SHOP INFORMATION

にっぽん丸
(商船三井客船株式会社)
東京都港区赤坂1-9-13 三会堂ビル5階
TEL:03-5114-5200
URL:http://www.nipponmaru.jp/

SPECIAL FEATURE特別取材