老舗酒屋のスタンドバー、
人気の秘訣は「ラテン」な店作り?<後編>

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老舗酒屋のスタンドバー、
人気の秘訣は「ラテン」な店作り?<後編>

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松澤弘一郎さん by「Stand bar maru」

「料理もサービスも特段に勉強したわけじゃない」と話す松澤弘一郎さん。それでも「Stand bar maru」がこれだけの人気店になったのは、ここに人を惹きつける何かがあるはず。人気店経営者と「いい店」の秘訣を考える。

文:

中南米の入り口、メキシコのピラミッドにて。

中南米放浪の旅から帰国して、皿洗いから始めた家業の手伝い。
兼ねてから食に興味を持っていた松澤さんは、昼間は酒屋の在庫管理、夜は立ち飲みスペースで皿洗いをしながらも、新規の試みを積極的に行った。
その一つが築地開拓。


「うちの酒屋のお得意さんである割烹料理屋のご主人に、荷物持ちとして築地の買い出しに同行させてもらったんです。
ご主人のなじみは高級な仲卸ばっかりで、そもそも築地ですから一見さんが取引できる店ではない。
それでもそうやって少しずつ僕の顔を覚えてもらっておつきあいがはじまり、いい食材が仕入れられるようになったんです。
せっかく築地に近い場所に店を構えているのだから、素材にはこだわりたいですから」


Stand bar maruのある界隈はワインバーやビストロの激戦区。
各店が味や個性を際立たせる。
そうした中で松澤さんがとった食材への思い入れは、趣味である旅とリンクしてますます深化していく。

自慢の刺身盛り合わせ(日替わりで3〜4点盛り、¥650)はワインとも日本酒とも絶妙のマッチング。

たとえばプライベートで出かけた長野。
ふと訪れた精肉店で購入した牛肉のおいしさが忘れられず、再度出向いて話を聞いてみると、その精肉店が厳選した「信州りんご牛」という銘柄肉だったことが判明。
一切卸をやっていない店だったにも関わらず、数年かけて足を運び、なんとか口説き落としたんだとか。
現在、かの肉はローストビーフや炭火焼のひと皿としてサーブしているそうで、もちろん評判も上々だ。
これとて、あちこちの旅で培われた機動力とコミュニケーション力の成せる技と言えるだろう。


「業者が持ってきたものだけではつまらない。
横着しないで自分の足であらゆるところに出向いて、触って、食べて、味わって。
そうして手間ひまかけて取捨選択したものを扱っていきたいですね。
自分があれこれ考えて選び抜いた素材を使った料理は、お客さんにおすすめするときも自然に熱が入ります。
店で使う皿や雑貨もそう。
これは刺身に良さそうだとか、こういう雰囲気で使いたいなとか丁寧に選ぶ。
そうすれば自ずと丁寧に使うようになりますから」

空間を彩るのは先代の趣味である骨董品だ。

そうやって自らが選んだ食や什器、そして雑貨の数々。
そうした選択の積み重ねが店の個性につながっていき、オーナーの審美眼を反映する空間になっていくのだろう。


そんな松澤さん、ここ2、3年は日本酒に興味を抱くようになり、現在は店で扱う日本酒の幅を広げるべく勉強中。
いずれは食材と同じく、各地の蔵元をまわって自分の心に適う銘柄を選んでいきたいのだとか。


「築地で鮮魚を仕入れておいしい日本酒も揃うとなったら、やっぱり店の趣もちょっと変えていきたいな。
たとえば、1階は立ち飲みのコンセプトはそのまま、和のカウンターに。
ぴりっとした空気感で、カジュアルな懐石料理も出せる空間にできたらいいですね。
そういう構想があるんで、いま和の料理人を募集中なんです」


理想とするのは自分と信頼する料理人の2人だけ、カウンター越しに客と会話しながら気の利いた酒と料理を出す小さな店。
自分の思いをきちんと伝えるには、このくらいの規模が最適だと考える。
この「カウンター懐石」構想が実現すれば、「Stand bar maru」は松澤さんの理想の店に一歩、近づくのかもしれない。

店舗で買い求めたボトルは、プラス500円で持ち込み可能。 日本酒も充実しており、メニューには日本酒聞き酒セット(日本酒3酒+おつまみ一品、¥680)も。も。

最後に松澤さんに飲食店オーナーの心得を聞いてみた。
「常日頃からいろいろな場所に食べに行ったり飲みに行ったりし、自分だったらこうしたいなとか、この店の雰囲気ならこういうお酒、料理だなとか、常にイマジネーションを働かせるようにしています。


生粋の料理人だったら『自分のほうがうまいかどうか』という感覚でものごとを計るのかもしれませんが、むしろこの店はどうして流行っているのかとか、なにをアピールすればより受け入れられるだろうかとか、そういうフラットな視点が経営者には必要なんじゃないでしょうか。


それから常にガードを低く構えて、あらゆるものを受け入れられるようにすること。
いいと思ったものはすぐに取り入れる柔軟性を持ち続けること。
そして楽しんで商売すること。
僕だったら、数字を把握することよりもその瞬間をいかに楽しく、充実できるかを考えて過ごしたい。
楽しめなければやる価値はない、僕は商売をそんな風に考えています」


素材や生産者、作り手と向き合い、選び抜く作業を「楽しい」と表する松澤さん。
「楽しい」とはお気楽に遊び回ることではなく、自らの価値観を真摯に表現するためのプロセスなのだ。
そうしたオーナーの好みや現在のライフスタイルを如実に映し出し、刻々と姿を変えていく空間。
「Stand bar maru」のスタイルが今後どう変わっていくのか、どうぞお見逃しなく。

SHOP INFORMATION

Stand bar maru
東京都中央区八丁堀3-22-10
TEL:03-3552-4477
URL:http://maru-miyataya.com/

SPECIAL FEATURE特別取材