老舗酒屋のスタンドバー、
人気の秘訣は「ラテン」な店作り?<前編>

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老舗酒屋のスタンドバー、
人気の秘訣は「ラテン」な店作り?<前編>

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松澤弘一郎さん by「Stand bar maru」

スタンドバーの先駆けとも言われる八丁堀の人気店「Stand bar maru」。海外放浪癖のあるユニークなオーナーが、オリジナリティあふれる店作りの極意を語ってくれた。

文:

酒屋の奥にしつらえられたスタンドバー。

雑誌やメディアでおなじみ、八丁堀駅前にある有名店「Stand bar maru」。
江戸時代から続く老舗酒屋が営む立ち飲みバーである。
夜な夜な酒好きが集まるとして、たくさんのワインバーやビストロがひしめくこの界隈でも随一の人気を誇っている。


ワインのボトルが所狭しとひしめく酒販スペース、その一角にしつらえられたのがお目当てのバーだ。
長いカウンターは連夜、大盛況。
お目当ては酒屋価格でサーブされるワインや、カウンターにずらりと並べられる冷前菜や小皿料理の数々。


酒屋+立ち飲みの形態は先代により始められたそうだ。
先代から店舗を引き継いだ7代目、松澤弘一郎さんが立ち飲み屋を始めた当時を回想する。
「父は昔、築地のエビ屋で働いたことがありまして、そのときに料理を覚えたそうです。
どうせ酒屋で酒を売るなら、買ったものを気軽に飲んでいってもらおう。
そんな気持ちから、店舗の一角にビールのケースを積み上げたような立ち飲みのスペースを設けたようです。
当時はお得意さんへの配達が終わったらオヤジがモツや煮込み、焼き鳥なんかの仕込みをし、夕方5時くらいからつまみを提供していました。
母が切り盛りして、自分が店の中を走り回っているような、気軽で飾らない昔ながらの立ち飲み屋でしたね」

オリジナリティあふれる前菜はワインから日本酒まで、さまざまな酒にぴったり。

そのスタイルをさらに深化させたのが松澤さんだ。
そもそも、大学生のときに食の世界に目覚めた。
きっかけはアルバイトをしていた西麻布の名店、「キッチン5」。
女性オーナーシェフ、小林優子さんに多大な影響を受けたという。


「南仏から地中海、中東まで、シェフが世界各地で出合った郷土料理を食べさせてくれる店なんですが、そのスタイルが変わっているんです。
夏と冬に1カ月ずつ、店を閉めて旅に出て、地元のレストランで働いたり料理研究家の家に滞在して向こうの料理を勉強したり…。
で、現地から持ち帰った香辛料やレシピを店で出すんですね。
それを20年以上繰り返している。
常連さんも慣れたもので、『今度はどこに行くの?』なんて尋ねたり。
あの自由なスタイルとおいしいものへの情熱に影響を受けました」


大学卒業後、辻調理学校で料理を学んだ後、飲食業の世界へ。
そこで数年働いて軍資金を貯めると、いよいよ放浪の旅に出た。
「父も昔から海外好きで、よく六本木のサルサバーに遊びにいっては、ブラジルやメキシコの女の子たちと仲良くなり、うちの店でアルバイトしてもらったりしていました。
みんな日本語もろくに喋れないんですけど、実に楽しそうに働くんですよね。
好きな曲がかかると歌ったり踊ったりしながらサーブする。
中南米のあの明るい雰囲気に惹かれて、まずはスペイン語圏を旅してみようと思い立ちました」

チリに旅した際は、チリワインのワイナリーを訪ねた。

最初のデスティネーションはスペイン。
半年滞在して帰国した後、中南米へ出発する。
中南米の前にまず訪れたのはNY、そしてカナダ。
カナダからヒッチハイクとキャンプをしながら西海岸を南下し、メキシコに入った。
旅したのはベリーズ、グアテマラ、コスタリカ…。
1年かけてアメリカ大陸を巡った。
「ふらふら遊んでいただけですが(笑)、でも得たものは大きかったと思います。
まじめな話だと、コミュニケーション力が培われたこと。
向こうでは食べるもの、宿、乗り物、なにか欲しいものは値段交渉で手に入れるシステムです。
交渉って言葉のキャッチボールですから、慣れないスペイン語を使ってなんとかコミュニケーションしようとした経験がいまに活きていると思います。
それから中南米の人たちに、あらためて人生を楽しむための術を教えてもらったこと。
別に裕福でなくとも、お金がないならないなりに食べて飲んで歌って踊って、人生を楽しむ。
その感覚が自分に合っているなあと感じました」

こちらはチリの南端にて。

20代後半で帰国し、家業の手伝いを始めた。
それに伴い立ち飲みのメニューも南米やスペインなど異国のものに少しずつ変化してきて、和洋折衷の現在のスタイルに落ち着いた。
「でもこれで満足しているわけではなくて、『大きくなり過ぎてしまったmaruは、果たしてこれでいいのか?』といつも自問しています。
というのも、父の時代のいかにも南米風なスタイルこそ、うちの店の原点だったと思うんですね。
歌って踊って、スタッフが心底楽しんでいればお客さんだって楽しくなっちゃう。


翻って、現在のスタッフは果たしてその場を楽しんでいるんだろうかと考えています。
やっぱりmaruには中南米で出会った人々のように、どんなシチュエーションにおいても遊び心を忘れない人たちに集まってほしいから。
たとえば、僕はサルサが好きなんで営業中によくかけていますが、これだけ大所帯になると好きではないのにサルサをかけるスタッフもいるんですよ。
サルサじゃなくともジャズでも何でも、好きな音楽をかければいいんです。
好きじゃない音楽をかけて仕事をしているということは、その場を楽しめていないってことですよね。
ということは、同じ空間で飲んでいるお客さんも楽しくないと思うんですよね」

老若男女がふらっと立寄る、築地界隈のオアシス。

松澤さんが理想とするのは、オーナーのスタイルや審美眼が反映された店作り。
プライベートで足を運ぶのも、隅々にまでオーナーの目が行き届いている個人経営や家族経営の店が多いという。
それは飲食店に限らず酒屋だって同じこと。
特に量販店やコンビニに押されがちな酒屋は、オーナーの個性を強調していくしかないと考えている。


「売れ線だからといって、他と同じ商品を並べても意味がないですよね。
酒屋が生き残るには、『うちだけ』というオリジナリティが絶対に必要だと思います。
自分が好きなあるジャンルに特化するとか、あるいは飲食店を併設するとか。


いわゆる飲食業のサービスと酒屋のサービスってまったく別物ですが、飲食店といっても立ち飲み屋では酒屋感覚のサービスが求められると思う。
お客さんと目線が一緒だから立場が対等というんでしょうか。
お客さんもフランクだし、会話のキャッチボールが弾みますね。
もうかる商売ではないけれど、僕には立ち飲みというスタンスが性に合っているようです」


父親が掲げた「楽しむ店」という理想を自らも抱き、酒屋と飲食店経営、二足のわらじを履きながら独自のスタイルを模索する松澤さん。
後編では、そのスタイルをさらに深めるために手がけたことをご紹介しよう。

SHOP INFORMATION

Stand bar maru
東京都中央区八丁堀3-22-10
TEL:03-3552-4477
URL:http://maru-miyataya.com/

SPECIAL FEATURE特別取材