福西英三先生と
銀座で赤裸々バートーク!
<後編>

PICK UPピックアップ

福西英三先生と
銀座で赤裸々バートーク!
<後編>

#Pick up

福西英三さん

福西英三先生の心を捉えた新しいテクニックとは?審査員経験から考える、コンペで必要なセンスとは?洋酒業界の表と裏を知り尽くした先生と、現代のバー文化を考察。

文:Ryoko Kuraishi

国立民俗学博物館で研究していたリキュールの歴史、ミイラ作りに使った(!)蒸留酒のこと、果ては白鳥事件まで、さまざまなジャンルのトピックをちりばめる福西節は健在!

新時代の潮流を感じるバーで

DRINK PLANET(以下、どりぷら)
前回は世界各地、それから日本で見つけたお好みのバーについてお話を伺いました。
なんでも、そういうバーの一軒で生涯忘れられないような体験をなさったとか。
それはどこで、どういった経験だったのでしょうか?


福西英三先生(以下、福西)
それは大阪の北新地にある「Beso(ベッソ)」というバーでのことです。
僕はここで、人生で最大の衝撃を受けました。
「ベッソ」はすばらしいミクソロジーのバーなんですが、オーナーバーテンダーの佐藤章喜くん、彼が作るジンフィズを初めて飲んだときのことは忘れられません。
ジンにレモンジュース、砂糖それに卵白を使い亜酸化窒素で仕上げるジンフィズは、「世の中にこんなカクテルがあったのか!」と思わせてくれました。


バーテンダーがマスターしなくてはならないものとしてシェイク、ステア、ブレンドが挙げられますが、以来、エスプーマも基本に加えなくてはだめだと思うようになりましてね。
長らく『バーテンダーズマニュアル』(柴田書店)の監修に関わってきましたが、新版である『新バーテンダーズマニュアル』(柴田書店)にエスプーマを加えたのも、僕ともう一人の著者の発案なんですよ。


エスプーマなどの新しい技法はスペインの「エル・ブジ」からはじまってパリの老舗ホテル「プラザ・アテネ」を経由し、日本では「ベッソ」がいちばんはじめに取り入れたんではないでしょうか。

大阪市北区曽根崎新地にある「ダイニング&バー ベッソ」。数々のコンペティションで入賞経験のある佐藤章喜バーテンダーの一杯がいただける。http://www.bar-beso.com

次世代のバーの担い手

福西
佐藤バーテンダーがすごいのは、本場「エル・ブジ」の手法をきちんと継承し、さらにそれを会得するためにスタッフ全員をエルブジに連れて行ったところ。
実際問題、海外で修行するバーテンダーも増えていますが自分の目で、舌で、鼻で、五感を使って味わうというのは大切なプロセスですよ。


ミクソロジーのような理系の新しいテクニック、氷の使い方、フルーツやリキュールのあしらい方、それからカクテルの衣装、つまりグラスですね。
一杯のカクテルをそのグラスにどうやって構成するのか、そういう新しい情報をどんどん吸収したほうがいい。
探求すべきポイントがたくさんある、だからバーは楽しいんです。


どりぷら
福西先生は正統派のバーテンディングがお好きかと思っていましたが、新しいものにも興味をお持ちなんですね。
これからのバーに欠かせない「新しいもの」って何だとお考えですか?
日本ではバー人口が減っていますが、そうした「新しいもの」がバー文化を次世代に継承するための足がかりになると思われますか?


福西
確かに、日本では酒を嗜む人が少なくなっているといいます。
昔は若い人の楽しみは酒を飲むくらいしかなかったけれど、社会情勢が大きく変わり、今は楽しみ方も細分化していますね。
さらにはインターネットの出現でいろいろなことが大きく変わってしまいました。
ごめんなさいね、この媒体もウェブでしたね。


でもね、僕は前からインターネットは酒の天敵になるとにらんでいました。
酒を飲む時間は削られ、インターネットに取って代わられた。
以前だったら雑誌や本で読んだ酒のエッセイで自分の想像を膨らまし、実際に味わう瞬間を楽しみにするという嗜み方があったものです。
現代は情報が手軽に手に入るゆえ、その情報の価値自体が下がってしまったようにも思われます。

銀座バー・ホッピングの締めは、先生が「息子と娘のような」という宮之原夫妻の「バー オーチャード 銀座」で。

福西
そういう時代性を鑑みて、バーが次に目を向けるべきターゲットは女性と、僕のように定年を迎えた世代です。
バーに足を運ぶ側の立場で考えてみれば、ステアとかシェイクの技術がどうのこうのよりも、自分が好きな酒をおいしく飲めるかどうかが大切でしょう。


ですから、日本のバーの次なる商材はワインだと思いますよ。
ワインがあればオーセンティックなバーとは縁遠い女性だって、足を運びやすいでしょう。
そういえば、イタリアのバーではタンブラーに入ったワインが出てくるのが嬉しかったなあ。
ヨーロッパではバーでワインって当たり前なんですけどね。


それから、僕くらいの年になると時間に関係なく飲めるんですが、そういう層が足を運びたくなるバーが少ない。
ですからオーセンティックなバーなんだけど昼間から飲める、そういう場所が増えてきたというのはこうした世代の需要を受けてのことでしょうね。
インターネット世代の嗜好とは逆に、定年を迎えた世代が楽しくじっくりと酒を飲める。
ワインを揃えている、そして昼間から開いている……こういうバーに時代性を感じますね。

大好きな赤ワインを召し上がる福西先生。銀座の夜はまだまだ続く......。

バーテンダーとしてのあり方を考える

福西
そういう意味で、今日1軒めに行った「バー ジロンド」と最後の「バー オーチャード 銀座」、これはどちらも現代らしい店作りをしていますね。
僕は銀座に出るときは大抵3軒くらいはしごをするんですが、1軒目は「ジロンド」で、最後は「オーチャード」で締めることがほとんど。


「オーチャード」のオーナーバーテンダー、宮之原夫妻は僕にとっては息子と娘みたいなもの(笑)。
「ベッソ」で紹介してもらって、ここに店を開いたときに雑誌『ペン』の編集者と訪れました。
編集者もすっかり気に入って、さっそく見開きで紹介してくれまして。
いわゆる銀座のバーらしさがない、とっつきやすさというか居心地のよさがいい。
オーナーがワインのこともよくご存知ですから、ワインもエスプーマを使ったリキュールも楽しめる。
そういう懐の深さが「オーチャード」の魅力です。


どりぷら
先生が考える「理想のバーテンダー」とはどんなバーテンダーでしょうか?
若いバーテンダーに向けて、なにかアドバイスをいただけませんか?


福西
アドバイスなんてとてもとても!
強いて言うなら、コンペに出るバーテンダーによく言って聞かすんですが、「コンペに出るよりもコンペの審査員を目指せ」ってところでしょうか(笑)。


そしてもしコンペに出るなら、カクテルの材料は3種類か4種類くらいで決めてほしい。
これは審査員を務めた経験からアドバイスするんですが、人間の頭にすこんと響くのはせいぜい4種類のミックスくらい。
味わい深さを楽しむならシンプル・イズ・ザ・ベスト、というのが僕の持論です。
さらにバーテンダーの視点で考えてみると、いくらおいしいオリジナルカクテルができてもレシピが複雑すぎて以降の広まりを期待できないようなら、高い評価はつかないんじゃないかな。

先生の好みもよくご存知の宮之原夫妻は、ワインの知識も豊富。

福西
あとはカクテルの味と名前がマッチしていること。
ファンシーな名前のカクテルは、それだけで遠慮したいと思っちゃう。
あくまでも個人的な意見ですが。


それから海外のコンペも技術を求めるよりホスピタリティの表現を求めるように変わってきています。
何を求められているのか察知するセンスを磨くことも必要でしょうね。


「理想のバーテンダー」像とは違うかもしれませんが、僕が常々考えているのは「バーテンダーにもピークがある」ということ。
バーテンダーとしてまっすぐ背筋をのばしてカウンターにこう、すっと立っているというのは最も基本的なホスピタリティですよね。
そして先ほどもお話したように、感覚のすべてを使って扱えるよう、日頃から五感を磨くべきです。
自分の美意識をいかに表現するか、そう考えればグラスを選ぶのだって実に楽しいひと手間ですから。
先ほども言いましたように、酒は肉体、グラスは衣装。
材質、フォルム......「衣装」と自分の美意識をどう調和させるのか、それもバーテンダーならではの楽しみですね。


五感と美意識をフルに働かせてカウンターに立ち、お客様を出迎える。
それが僕が考える「バーテンダー」なんです。

SPECIAL FEATURE特別取材