日本発クラフトビールはどうなる?
ビールのプロが考えた。<後編>

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日本発クラフトビールはどうなる?
ビールのプロが考えた。<後編>

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藤原ヒロユキさん by「CLUB HOUSE」

ビール醸造の歴史が浅い日本にあって、日本らしい味わいのビールとは?そして、そうしたビールを飲食のプロたちはいかに発信していくべきなのか。ビール・ジャーナリストの立場から、日本発のクラフトビールの未来について考える。

文:Ryoko Kuraishi

2006年、「Beer & Pub」誌の取材で訪れたロンドンのビアフェスティバル。

一見、大いに盛り上がっている日本のクラフトビール・シーンにあって、
そのブームに一抹の不安を覚える藤原ヒロユキさん。
藤原さんいうところの「鎖国」状態にあって、
彼がいちばん危惧しているのはずばり、「黒船襲来」である。


「パブやレストランのビールのセレクションを手がけるようになってわかったんですが、
日本のビールの酒税が高すぎるために輸入ビールの仕入れ値のほうが安い場合があるんですよ。
とすれば、経営者にしてみたら外国産のほうが利益になるわけです。
海外のビールをキレイになぞっているだけの国産ビールなら、
日本のクラフトビールじゃなくて輸入ものでいいじゃないか、となりかねない。
ビール業界における黒船、ですね。
『これを飲みたい!』と思わせる、日本ならではのビールを造っていかないと大変なことになるんじゃないか、と僕は危惧しています」


それでは、日本らしい新しいスタイルを確立するヒントはどこにあるのだろう。
「アイデアとかヒントって多分身近にあるものなんですよね。
僕はブリュワーではないけれど、たとえばジャパニーズ・ペール・エールができてもいいんじゃないかと思っています。
あるいは酵母の使い方を変える、っていうのも面白い。
日本は元来発酵の国、酵母の使い方がとても上手ですから。
あとは熟成のさせ方、そしてどこのブリュワリーも抵抗があるようですが
ブレンド、ですね」


そういう意味で藤原さんをうならせたのがCOEDO の「Beniaka(紅赤)」である。
焼き芋加工したサツマイモを副原料に使うというアイデアには藤原さんも脱帽。
他にも、日本酒や味噌など昔から日本で使われている酵母を
融合させてみたり、培養したり......、
こうしたアイデアがビール醸造に取り入れられれば、確かに新しいスタイルを築くこともできそうだ。

こちらも同じく、ロンドンのビアフェスにて。中央の男性は世界的に有名なビール醸造家、石井敏之(トシ・イシイ)さん。サンディエゴのストーン醸造所でビール造りを学び、日本の地ビールメーカーに勤務後、現在はグァムで自身の醸造所を立ち上げ、オーナーブルワーとして活躍中。日本人醸造家の中では数少ない国際派の一人だ。

「酒イーストビールというのは既にいくつかリリースされています。
日本酒の酵母を使ったビールですね。
僕が考えているのはでんぷんを糖に分解する(糖化)段階で
酵素(アミラーゼ)ではなく日本酒の麹を使えないのか、ということ。
杜氏には絶対に無理と言われましたが、なんだかそこにヒントがあるような気がして……。


そして瓶内熟成っていうのも気になりますね。
10年、20年という時を経て少しずつ味わいが変化していく、まさしく時が育てるビールです
そんなビールが今後、注目を集めるんじゃないでしょうか」


藤原さんが常陸野ネストビール(木内酒造)、そしてアウグスビールとコラボしてリリースした「バーレイ&ウィートワイン」は
藤原さんの「今、飲みたい!」というパッションの結晶かもしれない。


シャンパンボトルで提供されるブラン(白)とルージュ(赤)の二種は、
瓶内熟成で賞味期限は10年!
ベルギーやイギリス、アメリカでバーレイワインといえば
食中酒、そして食後酒としても楽しめるビールだが、
藤原さんが手がけたこちらも、言うなれば「麦のワイン」。
食事と一緒に楽しむのにぴったりのビールなのである。

意外なことに「オクトーバーフェスト」には昨年、初めて参加したという。「巨大な飲み会でした」と藤原さん。

「ビール好きはもちろん、ワインのソムリエやバーテンダーにぜひ、興味を持ってもらいたいビールです。
イタリアンやフレンチレストランに出かけたとき、日本では選択肢がワインしかない。
違うんだよなあ〜という違和感を感じながらもワインを飲んでいましたが、
やはり食事を楽しみつつビールを味わいたいという願望があった。


重ねて言いますが、僕は造り手ではない。
だからすでにあるものをプロデュースしても意味がない。
ないから作る、ただそれだけなんです。
欲しいものが既存であるなら、それで十分満足する性質ですから」


飲んで、食べて、楽しめるビール。
そんな思いから、シャンパンから白ワイン、そしてミドルボディの赤ワインにまで対応できるラインナップを考えた。
赤はチョコレートやスイーツにも合うらしい。


とすれば、次なる構想はやはり……?
「そう、香ばしいノワール(黒)です。
白、赤、そして黒の3種があればどんな料理にも対応できるはず」

アウグスビールが直営する六本木「クラブ ハウス」で、「バーレイ&ウィートワイン」をいただく。やはりワイングラスでサーブされる。「ブラン」はオレンジなど柑橘系の果物のフルーティな香りとナツメグやコリアンダーなどのスパイシーな魅力を併せ持つ。口に含めば、オレンジピールやグレープフルーツを思わせるシトラス系の苦みが爽やか。

これだけ料理とのペアリングにこだわるのは、
藤原さんがいま注力しているのが、料理を楽しむためのビールという考え方だから。
クラフトビール・シーンは確かに盛り上がっているけれど、
「限定」とか「新しい」という枕詞につられる「宝探し」、あるいは「スタンプラリー」的なユーザーが多いという側面は否めない。
つまり一度飲めばそれで満足。それではリピーターになり得ないのだ。
こうした状況を打破し、来るべく黒船の襲来に備えるには
「料理とのペアリング」しかあり得ない、と藤原さんは考える。



「みなさん、ワインに関しては『宝探し』ではなく、料理を楽しみながら飲んでいますよね。
そういう文化をビールでも作れないものか、と。
いま一度、『料理を楽しむ』という酒の原点に立ち返ってみるべきだと感じています」


欠落しているのは料理+ビールのマリアージュという発想。
そこを掘り起こしてみようということでプロデュースしたのが、「バーレイ&ウィートワイン」であった。
だから2種。やはり1つのキャラクターで前菜からデザートまで
全ての料理をカバーすることは不可能だから。


「白と赤は600本ずつしか作っていないんですが、これの評価次第で次なるノワールに着手できるはず。
来年はできれば、また違うビンテージも出したいけれど」

フリーのイラストレーターとして大阪で活動を始めた藤原さん。道頓堀のこんな楽しいシーンを披露してくれた。ちなみにトップ画像のビールも藤原さんの作品だ。

今月からは「アカデミー・デュ・ヴァン」にてビールの講座を受け持つことになったという。
六本木のレストラン「ユニオンスクエア トウキョウ」や広尾の「アクアヴィーノ」で
ビールと料理のペアリング・イベントを行ったり、麻布十番の「イルマンジャーレ」でも企画中。


「ワインスクールの受講者やソムリエからもっとビールを知りたいという声があがったと聞いて、
ビールもなかなかいい感じじゃないかと、嬉しい驚きを感じました。
あとは料理×ビールの深みを、各種イベントでもっと発信していきたい。
だからバーマンやバーテンダーなど飲食のプロたちに、もっと興味を持ってもらえたらありがたいですね」


ビールにはこんなにも多彩なスタイルがあり、奥深い文化があると知れば、
もっともっとビールのことを知りたくなるはず。
そしてビールを学ぶほどに、料理とのペアリングにもこだわりたくなるはず。
クラフトビールの未来の手がかりは、酒の本質を見極め、それを享受する、
食の原点とも言うべき考え方にあるのかもしれない。

CLUB HOUSE
106-0032
東京都港区六本木3-9-4
六本木ロイヤルビル1F
TEL:03-3479-1995
URL:http://www.clubhouse-beer.jp

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