現代東京の夜をさまよう
ノマドバーテンダーの生き方術。
<前編>

PICK UPピックアップ

現代東京の夜をさまよう
ノマドバーテンダーの生き方術。
<前編>

#Pick up

神条昭太郎さん by「TWILLO」

夜になると都内各所に現れる、真っ白な屋台バー。バカラのグラスでカクテルをいただき、キューバのシガーをくゆらせる。そんな非日常のひとときを提案する。現れてはまた消える、まるで蜃気楼のようなバーを直撃!

文:Ryoko Kuraishi

クリスタルのグラスの中のキャンドルに灯がともると、営業開始。トワイローの夜が始まる。Photos by Kenichi Katsukawa

日が暮れると、どこからともなく出現する真っ白な屋台。
前後の扉を開けキャンドルを灯すと……ノマドな雰囲気満点のバーに変身する。


古いヨーヨッパ映画や、あるいは林海象のモノクロの映像世界を思わせる、どこか謎めいた雰囲気。
メニューはドリンクとシガーのみ。
ウイスキーや各種スピリッツ、リキュールやアブサンも揃える。
一見するとカジュアルな立ち飲みスタイルだが、ドリンクはバカラのクリスタルグラスでサーブされる。


その名も、モバイル・サロン「TWILLO」。
基本的に日曜以外の毎日、都内のどこかしらに出没するが、どこで営業するかは店主のその日の気分次第。
営業場所は毎夜、ツイッター(@Twillo0)で告知している。


ここ数日は外苑前と千駄ヶ谷の間あたり、その前はキャットストリート界隈にいた。
春夏秋冬、都内を中心にさまよっている。
雨が降る日は高架下で営業する。

幻想的なキャンドルの灯りに包まれる店主の神条昭太郎さん。

気分次第でどこにでも赴くが、繁華街には足を踏み入れない、と店主の神条昭太郎さん。
人の流れがあるほうが営業的にはよさそうなものだが、「他の飲食店ともめたくないし、閑散としている場所にひとだかりができるほうが、インパクトがあるんです」。


神条さんは8年前からこちらのサロンを営んでいる。
東京近郊の国立大学を卒業後、銀行員、日本および世界を放浪するフリーター生活、そして衆議院議員の公設秘書を経てバーテンダーに転身したという異色の経歴の持ち主だ。


「仕事という切り口で考えると山あり谷ありに見えるでしょうが(笑)、自分としては同じ一本道を歩き続けているつもりです」

小さいながら店主のこだわり、哲学を体現するバックバー。

秘書を辞めるとき、次は「誰かを支える仕事ではなく、自分ひとりで食べていこう」と考えた。
その時、自らに課した条件が「自分の世界観をきちんと表現できること、自分でやるからには自由度の高い仕事であること、きちんと食べていけること」だった。


「議員秘書を辞めてから1年間の準備期間があったんですが、そのとき、この条件を満たすことができるのは何なのか、あらゆる可能性を考えました」


そうして出来上がったのが、この真っ白なリヤカーだったという。
フリーター時代、NYや国内でバーテンダーを経験したことはあったが、まさか自分が屋台バーを始めることになるとは想像もしなかった、と神条さん。


肝心要の屋台は、昔ながらのリヤカーを作っているという、南千住にある町工場に発注した。
落書きみたいなデザイン画を持ちこんだが、こだわったのはカウンター部分だ。
普通の屋台のテーブル部分は座ったときにちょうどいい高さだが、立ち飲みを想定していたから、肘をついて具合のいい高さのバーカウンターをしつらえてもらった。

神条さんが好きだとおいうアブサンも常時、ラインナップ。

2006年8月に営業をスタート。
オープン当初は外苑前・銀杏並木近くの路地を拠点にしていた。
現在のような移動式のスタイルに落ち着いたのはここ4年のことである。


「実は、別のことを始めようと思って1年ほど店を閉めていたことがあるんです。
いろいろあってトワイローを復活することになったんですが、それにあたり今度はこの屋台を使って『冒険』してみようと思って、現在のように都内をさまよう形になりました」


神条さんのツイッターでは毎日、「冒険」のカウントがなされている。
ただいま冒険1383日め(12月1日現在)。
もうすぐ1400日を数える「冒険」の日々、特に印象深いロケーションは永代橋のたもとだ。


「橋を渡れば門前仲町というロケーションは、下町ならではのあったかい人々と隅田川を背景にした景色が心地よかった。
もちろん、永代橋以外でもいろいろな出会いがあり、物語がありました。
箱は同じでも場所が変われば、見える景色も集まる人も変わってくる。
移動式の醍醐味だと思います」

その日の営業場所を告げるtwitterのつぶやきも、どこか詩的な響きに満ちて。

トワイローに流れるノマドな空気を好む人たちは、なにか似通ったセンスをもっているのだろうか。
隣り合わせた客たちの会話が弾むこともしばしばだし、たまたまそこに居合わせた客同士が実は幼なじみで、何気ない会話から互いの素性が判明する、なんてこともあった。
20年ぶりの再会の場を紡いだのは、トワイローに流れる独特のムードに他ならない。


このように日々移り変わる風景や出会いを、神条さんは「冒険」になぞらえる。
たとえば冷たい雨の降る夜、客が誰も来ない晩。
それは楽しい時間ではないかもしれないけれど、長い冒険の1ページと考えれば「今夜もいい夜だった」と俯瞰で眺めることができる。


「冒険って先が見えない、ゴールのない、完成形のない旅だと思うんです。
先が見えないから不安だし、不安な毎日を繰り返すのが冒険とすれば、いま僕がやっている旅も冒険のひとつじゃないかと。
そういえば、子どものときは冒険家になるのが夢でしたから」


後編ではリヤカーを引いた「冒険家」、神条さんが冒険の先に見つめるものをご紹介しよう。


後編に続く。

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TWILLO
なし
TEL:なし
URL:https://twitter.com/twillo0

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