グランメゾン元給仕長が作る
富士山麓の有機野菜を求めて。
<前編>

PICK UPピックアップ

グランメゾン元給仕長が作る
富士山麓の有機野菜を求めて。
<前編>

#Pick up

松木一浩さん by「ビオファームまつき」

17年間レストランサービス一筋、生粋のサービスマンが突如、有機農業の道へ。
劇的なキャリアチェンジを図った松木一浩さんを訪ねて、富士山の麓にある農場へ向かった。

文:

訪ねたとき、畑は夏野菜の収穫を終えた後の端境期だった。天気がいい日にはこの畑から富士山を望めるとか。

高速道路をおりて、車で走ること約半時間、
連続カーブの続く山道を経てたどり着いたのは「レストラン ビオス」である。

静岡県富士宮市の有機農場「ビオファームまつき」の直営レストランとして2009年末にオープンしたばかり。

白亜の、平屋造りのレストランで出迎えてくれた松木一浩さんは、ピシッとしたスーツ姿。
「有機農家」、あるいは「ペイサン(農民)」の言葉から連想させる姿からは程遠い。

「ビオファームまつき」は富士山の麓にある3.7ヘクタールの畑で、
年間約80品目の野菜を有機農法で栽培している。
約20箇所に点在する畑は、二人の研修生を含む7名のスタッフで切り盛りしており、
7~9種類の野菜を詰め合わせにして「野菜セット」を家庭向けに発送している。

それらの野菜を使ったフランス料理を供する「レストラン ビオス」のほか、
富士宮市内にあるデリ、「ビオデリ」では自家製のお惣菜の販売も。

松木さんと彼が率いる「ビフォファームまつき」は、「中山間地における有機農業のビジネスモデル」を構築すべく、ただいま奮闘中なのだ。

レストラン ビオスの前の畑では、ちょうど伏見甘長が色づきはじめていた。

松木さんのプロフィールは、ちょっとユニークだ。
接客の仕事への憧れを漠然と胸に抱き、ホテル専門学校を卒業した後に20歳でレストランの扉を叩き、
レストランサービスの道へ。

フランスでの2年間の修行を経て、恵比寿「タイユヴァン・ロブション」という超一流のグランメゾンでプルミエ・メートル・ド・テル(総給仕長)にまで上りつめた。

いわば、サービスの分野における最高峰。

「食材、料理、サービスのすべてに最高が求められる舞台。休日なんていらないと思うほど、毎日が充実していました」

1999年、そんな松木さんは40歳を前にして一大決心をする。

充実していながらも慌しく過ぎる毎日が、松木さんを疲弊させたのだろうか、
「タイユヴァン・ロブション」を退社、と同時にサービス業からも引退することに決めてしまった。

「若い時分、こういうところでこういう仕事をしたい!と夢に見ていたものがかなってしまった。
達成感があったんでしょうね。ここいらでサービス一筋の人生をリセットしようと思いました」

まるで世捨て人のように東京を離れ、富士山麓に移り住んだ。

敷地内にあるハウスで、研修生2人がエシャレットを選別していた。来年に向けての大切な作業だ。

「田舎でのんびり暮らしたい、就農当時は私もそんな風に思っていました」

当時の心境を松木さんはそう語る。
日が昇ったら畑に出かけ汗して働き、日暮れとともに家路を急ぎ、虫の声をBGMに眠りにつく。
これこそが人間らしい暮らしなんだ!

なかでも、有機農業が持つ昔ながらの智恵や、自然と共生できる循環型の仕組みに共感を覚えた。

就農してしばらくは、朝から日暮れまで畑仕事に追われる、そんな生活が続いた。

「今でこそ農業を『生業』、つまりビジネスとして考えていますが、10年前は『ライフスタイル』として捉えていましたからね」

ビオファームまつきの直営、レストラン ビオスでは採れたての野菜をそのまま調理する。野菜の旬を見極めて食材を決定するので、メニューは二十四節気に従い変更している。

農業塾で1年半にわたる研修を受けた後に独立。

就農から3年ほどたったある日、農業に対する考え方を捉えなおすきっかけとなるような出来事が起きる。

それはあるラジオ番組に出演した時のこと。
パーソナリティの何気ない一言――「松木さんはちょうど働き盛りの世代ですよね?」――が、天啓のように松木さんを貫いた。

「隠遁生活などと田舎暮らしを楽しむのは甘えなんじゃないか。
日本の食糧自給率はわずか40%前後、農業従事者の高齢化が進み、耕作放棄地も増えている。
こんな惨状を前にして、『ライフスタイルとしての農業』なんてきれいごとを言っている余裕なんかないんじゃないか
いまは社会に貢献できるような仕事をする時なんじゃないか、って」

有機農業の根幹ともいうべき「循環」の発想を形にするべく、敷地内にはバイオトイレも設けた。外観は未完成だがしっかり機能している。

松木さんはかねてから考えていた。
「ビジネスとして成り立つ有機農業とはどうあるべきか」と。

野菜セットの売り上げも順調に伸びていた、そんな時期だったからこそ、ビジネスとしての可能性やありかたを模索していたのかもしれない。

「田舎でのんびり、自給自足の暮らしを楽しみたい。
そんな有機農家がたとえ100軒増えたとしても農業全体のことを考えれば良くなることはありません。
たとえば、最近のエコブーム。『環境になるだけ負担をかけない持続可能な有機農業』を理念に掲げても、
利益を生まなければ生活が立ち行かない。つまり持続可能じゃあないわけです」

そうしたとき、農業をいかにビジネスにするのか、発想の転換が迫られる。

農業=ビジネス?松木さんの新たな取り組みとは、果たして。

後編へつづく。

SHOP INFORMATION

ビオファームまつき
静岡県富士宮市大鹿窪1158-36
TEL:0544-66-0353
URL:http://www.bio-farm.jp/

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