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辻 美奈子

バーオーナーの存在

11.04.08

トビラの向こうの空間。
バーの扉を開ける瞬間はスリルに満ちた玉手箱を開けるようです。


20代のころ毎週のように通ったバーが、新宿のゴールデン街にありました。
カウンターは8~9名くらいで満席。
その後ろに一つだけ丸いテーブルがあり、その席を藤田嗣治の絵が見おろしていました。


お店のご主人は女性で、当時50代くらい。


パリでバーを経営され、日本に戻ってゴールデン街にお店をもったのですが、
若かりし頃のポール・スミスの落書きがあったり、
テレビにみるようなミュージシャンやアーティストがふらりと来たり、
さりげなくボブ・ディランやチェ・ゲバラの写真が置いてあったり、
70年代に彼女が行ったのであろうウッドストックのコンサートの当時のチケットが無造作にあったり、
独特の吸引力と匂いがあり、とにかくセンスのよいバーでした。


女主人は、どんなに売り上げが少ないときでも、
冬になると毎日、新宿の浮浪者にホカロンを渡していました。
そんな彼女に憧れ、話をするために、
また、そこに集まるどこか似たような匂いをもつお客にあうために皆がそのバーに来ていました。
私もそのひとりでした。


その看板のないバーの黒っぽい木の扉をノックしてからあけると、
よく出会う不思議な60代くらいの男性がいました。
さも昔から知っているように。
でもとても自然に、「寒かったでしょう?」
と言って、私の手を両手で包みこみ、目をのぞきこむのです。


それを全ての女性に、何気なくやるので、みな驚くのだけど、
不思議とイヤな感じのしない、やわらかい空気を放つ存在感ある男性でした。


彼の名前は松岡さん。
女主人の長年の友人で、やはり長い間パリに住んだのち帰国し、
西新宿にある「バガボンド」というお店の経営者でした。


いつも若い女性を連れてきていて、とにかく賑やか。
「バガボンド」でもそれは同様で、若い素敵なスタッフと数多くの美術品に囲まれ、
酔っ払った彼は上機嫌で歌い始めます。
まさにパリの居酒屋のような独特なバーで、”チャーミング”という言葉を絵に描いたような人でした。


バーに惹きつけられるもの。それはやはり「人」。


今回「人、ものがたり」で取材したオーナーも強烈な光の持ち主です。
写真を見てください。
その彼の存在感を。
伝説のバーテンダーと言われているバー「HOWL」のデニーさん。


「梅酒」ではない、メイドインジャパンのリキュール「星子」のこだわりと、
彼のバーテンダーとしての美意識をうかがいました。

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SPECIAL FEATURE特別取材