日本最古のソウルバーで
「伝説のママ」の面影に出会う。
<後編>

PICK UPピックアップ

日本最古のソウルバーで
「伝説のママ」の面影に出会う。
<後編>

#Pick up

岡田信子ママ by「George's」

故・岡田信子ママが残したのは、独特のコミュニティとそこに息づく一体感。時代を超えて愛されるGeroge's、その魅力の源とは。

文:

カウンターの奥に、にっこり微笑むママのスナップが。

バーに足を向けるたびに思うこと。
これだけたくさんのバーや飲み屋があるなかで、どうして「ここ」でなくてはだめなのか。
George’sに関しては、その答えは明らかだ。
「George’sの常連さんはみんな、ママのカリスマ性にはまった人たち。
この店だから、この人がいるから、そうやって愛される店は幸せですよね」


小さな体で、店に群がる巨体のソウルメンを苦もなくいなした岡田信子ママも病に倒れ、2001年に他界。
何万枚という膨大な量のレコードが残った。
ママが何よりも大切にしていたGeorge’sもミッドタウンの開発の煽りをうけ、2005年4月、ついに閉店。

2階はラウンジ風のしつらいになっていて、このスペースだけは予約も可能。

ママ亡きあとも高橋さんらスタッフが力を合わせ、店は続けていた。
ママが亡くなったあとダリル・ホールの代理人が来店し、
George’sをそのままアメリカに持って行きたい、なんて話も出たそうだが残念ながら契約にまで至らず。
そして2005年、
「クローズも急に決まったんです。
40年の歴史があって、日本全国にファンがいるっていうのに、閉店するまで一週間しか猶予がなかった。
常連客全員に電話して、東京中のソウルバーに連絡してクローズのお知らせを広めてもらって、
それでもGeroge’sを愛してくれた全員には伝えられないのがもどかしくて。
不義理をしたなって今でも申し訳ない気持ちでいっぱいです」


クローズの日、防衛庁脇に日本中のソウルファンが集まったという。
中には海外から駆けつけたという人も。
夜8時に開店するや、あっという間に店にあった大量のビールが売り切れ、常連客が近所のコンビニや酒屋を回って、あるだけのビールを買い集めた。
だからその夜は、六本木界隈の酒店から一切のビールがなくなったという。
別れを惜しむ人たちは朝になっても飲み続け、最後は警察までやってきたとか。
2005年4月23日午後2時過ぎ、George’sは41年の歴史に幕を閉じた。

1階にはママの写真をパネルに集めたコーナーが。プロのフォトグラファーが撮ったものだろう、モノクロのポートレートが収められている。

「ママが元気だった時に、何気なく言われたんです。
場所はここじゃなくてもいい、バーじゃなくてもいいからGeorge’sの名前は残してほしい、って。
George’sは私の青春だったし、ここ以外で働いたこともなかったから
なくなってしまうんだったら、私がGeorge’sの看板をひきついでもいいですか、って前のオーナーに掛け合ったんです」


そうしてクローズから4ヶ月後、高橋さんがママの遺志を引き継いだ。
西麻布に場所を移して新生George’sがひっそりとオープン。
ヤニで黄色く黄ばんだ写真やジャケット、信子ママの「心のよりどころ」とも言えるジュークボックスは旧店舗から引き継いだ。
低いスツールやカウンターも、旧George’sの店内を忠実に再現したそう。


「素人だったし、自分の力で店を一から始めるのはとにかく大変だったけれど、
いちばん苦しかったのは『再オープンします』って堂々とお知らせできなかったこと。
旧店舗は事情があったとはいえ、経営者としてひどい終わり方をしてしまった。
そんな状況を考えたら、とてもじゃないけれど晴れ晴れと告知できなかったんです」

常連客が作ってくれたという旧店舗の1/87のジオラマ。

再オープンからも7年が経ち、その後George'sはさらに一度の移転を経験した。
ママの後を継いだ高橋さんも3児の母となり、店との関わり方は少しずつ変わってきた。


「最初の子どもも二人目の時も出産予定日までカウンターにいました。
いつでも病院に向かえるよう、入院セットを持参して。
お客さんにタクシーを呼んでもらって、それで病院にいきました」
今は残念ながら店に立つことはないけれど、
気持ちは、ママと旧店舗のカウンターで忙しく立ち働いていたときのまま。


気持ちは変わらないけれど、でも確実に時代は変わっていく。
「昔からの常連も年を取ったし、バーの楽しみ方を知る人も少なくなってきましたね。
終電を気にしたり、ビール一本で帰るお客さんなんて、昔は一人もいなかったんですけどね。
ママはいつも言ってました、『ビール一本で帰るなんて失礼じゃない』。
常連はそれを知っているから、怖くて一杯だけで帰れなかったんです(笑)」

ママの逸話を教えてくれた、現オーナーの高橋知恵さん。

ママが育てたのは、お酒を飲み、ソウルに耳を傾け、あるときはジュークとともに合唱し、最高の時間を過ごせるコミュニティ。
常連客が愛したのは信子ママのカリスマと、この店が紡ぎだす一体感だったのかもしれない。


そしてママ亡き後も、その一体感は確実に息づいている、George’sの「子どもたち」がここにいる限り。
「『we are the world』がかかると、みんな立ち上がって肩を組んで歌いだすんです。
常連同士だとパートまで決まっているみたいで。
この店が初めての人がいても『ほら、立って立って』、なんてやっていますね。
変な店でしょう?」


Geroge’sが目指すのは今も昔も変わらない。
人との対話を楽しめるコミュニティであること。
ソウルを聴いて、くだらない話に笑いこけて、あー楽しかった、ごちそうさま。
そういう夜が過ごせる場であること。
「常連同士が仲良くなって、うち以外にも飲みに行ったり、そういう仲になればいい。
私もそうですけど、信子ママもそういう自負があったんだと思います」

SHOP INFORMATION

George's
東京都港区西麻布1-10-7 ウェストフローラAZABU 2F
TEL:03-3401-8335
URL:http://www.georgesbar.co.jp

SPECIAL FEATURE特別取材