業界仲間で手を取り合おう!
田中城太、”Fellow Distillers”を語る。
<後編>

PICK UPピックアップ

業界仲間で手を取り合おう!
田中城太、”Fellow Distillers”を語る。
<後編>

#Pick up

田中城太さん by「キリンディスティラリー 富士御殿場蒸溜所」

ウイスキー業界が直面する問題のこと、そして今後のウイスキーづくりについて。ジャパニーズウイスキーの第一人者が語る、ウイスキーのいまと未来。

文:Ryoko Kuraishi

富士山のふもとに位置する富士御殿場蒸溜所。富士山の雪解け水、度々発生する霧など、ウイスキーにとって理想的な環境が整っている。

”ウイスキー新時代”に直面する課題。

市場の拡大に伴った“ウイスキー新時代”ともいえる潮流の中で、新たに噴出した課題。
ジャパニーズウイスキーの品質、信頼性を守るためには、新規参入を促す前にまず伝承とウイスキー関係者の底上げが大切だと田中さんは考えている。


「現在のジャパニーズウイスキーに対する評価は、メーカー各社が長年、切磋琢磨して磨き上げてきた品質がもたらしたもの。


10年前に帰国して現職に就いた時は、ウイスキーがこれだけの脚光を再び浴びることになろうとは想像さえできませんでした。
消費量が倍増して各蒸溜所はフル生産体制で臨んでおり、新たなチャレンジにも取り組める環境にあります。


現在の状況はこれまでの地道な取り組みがようやく実を結んだ結果です。
ジャパニーズウイスキーが世界的な注目を集める状況に居合わせた幸運に感謝するとともに、これを途絶えさせてはいけないという責任も感じています」

モルトウイスキーのポットスチルと同様、1回ずつ蒸留を行うケトル(単式蒸留器)。馥郁としたミディアムタイプのグレーン原酒がつくられる。世界的にも採用しているところは稀で、連続式蒸留に比べて手間がかかるが、ボディ感のある原酒を得られる。

田中さん曰く、「世界中で高く評価されているジャパニーズウイスキーの神髄は、原酒のつくり分けと緻密なつくり込み」。
多様な原酒のつくり分けと高いブレンド技術、これらがもたらす高い品質と繊細かつ調和のとれた味わいこそがジャパニーズウイスキーの魅力なのだ。


「築き上げてきた評価を守るためにも、お客さまの信頼に応えるためにも、新規参入するつくり手には、発酵や蒸留の知識、経験を積むことはもちろん、これまでのウイスキーの歴史、伝統をしっかり理解していただきたい。


いままでにない洋酒が生まれるのは面白いことだとは思いますが、同時に、『ウイスキー』というカテゴリーで勝負するならばウイスキーの根幹部分でフェアでなくてはなりません。


私たち関係者がこうした状況に対して明確なビジョンを持ち、業界発展のため、長期的な視点に立った取り組みをすることが重要でしょう」

ダブラーはシーグラム社によって開発された蒸留器。バーボン製造のスタンダードとなっているが、バーボンの蒸溜所以外で採用しているところはほとんどない。重厚な、ヘビータイプのグレーン原酒を造ることができる。

つくり手、バーテンダー、シェフ……ウイスキーファン同士、手を取り合って。

田中さんが考えるブレンダーの役割とは、ウイスキーをつくることはもちろん、ウイスキーにまつわる文化やストーリーを伝えること。


奥深いウイスキー文化の魅力を発信し、ウイスキーのさまざまな愉しみ方を提案するためには、ブレンダーをはじめとしたつくり手だけでなく、バーテンダーなど業界仲間との協働が欠かせない。


「例えば、ウイスキーを使ったさまざまなカクテルが生み出されている点もウイスキーの裾野を広げてくれている要因です。
カクテルには常に驚きや新しい発見があり、ウイスキーの新しい魅力を開拓してくれています。


ブレンダーとしては、ボトリングしたウイスキーは私たちが自信を持ってリリースする完成形ですが、その特長を理解した上で愉しみ方の幅をさらに広げてくれるのがカクテルなのだと思います。


昨年、『富士山麓 シグニチャーブレンド』をリリースした際はパリの気鋭のバーでイベントを開催しました。
奇をてらった演出がありつつも、バーテンダーたちはこだわりを持って『シグニチャーブレンド』をカクテルに仕立ててくれました。
私にとっても新鮮な体験でしたね。


もちろん、日本のバーからもさまざまなウイスキーカクテルが生み出されています。
特に日本のバーテンディングはプレゼンテーション、所作も含め、世界が注目する文化の一つ。
若いバーテンダーの方たちはウイスキーのセミナーにも積極的に参加してくれ、勉強熱心な彼らの姿勢に教えられることも多いです」

パリの卸売業者向けに開催したセミナーの1コマ。原酒の試飲を行いながら、富士御殿場蒸溜所の原酒のつくり分けと商品特長についての説明を行った。

フェロー・ディスティラーズは、つくり手自身が楽しみながら切磋琢磨してさらなる高みを目指し、ウイスキー市場を発展させるために欠かせない思想、と田中さん。
そして、フェロー・ディスティラーズの考え方を次の世代に繋げることも、田中さんたちの使命なのだ。


ここで田中さんが目指すウイスキーの姿を伺おう。


「富士御殿場蒸溜所が理想とするウイスキーは『クリーン&エステリー』、清らかで華やかな香りをまとったウイスキーです。
その中で、味わい深さをさらに追求し、世界中に熱烈なファンを持つ新しいスタイルのウイスキーをつくっていきたい。


当蒸溜所では、世界でも他に類を見ないほどさまざまな香味タイプのグレーンウイスキーをつくっているのですが、グレーンウイスキーはまだまだ色々な可能性を秘めていると確信しています。


グレーンウイスキーそれぞれの特長を今まで以上に高めるとともに、モルトウイスキーについても多様な味わいの原酒づくりに努め、新しい味わいのブレンドをつくりたいと思っています。
これまでのスタイルを踏襲しつつも、自分たちがまだ至れていない領域のウイスキーで人々を魅了したい。
そんな想いでウイスキーづくりに向き合っています。


現在の取り組みが日の目を見るのは10年、20年先の話ですから、自分が最後まで見届けられないのは残念ですが、将来、おいしいウイスキーを味わうために頑張っています(笑)。


先達から受け継いだウイスキー原酒を使ってブレンドする一方、より良い原酒づくりに励み、次の世代、さらにその次の世代に継承すること、これもブレンダーとしての重要なミッションなのです」

一昨年、パリのあるイタリアンレストランで働くバーテンダーを対象にテイスティングセミナーを実施した際のオフショット。彼らもウイスキー文化を盛り上げてくれる”Fellow Distillers”なのだ。

個人的にはウイスキーとフードのペアリングを模索しているという。


「ウイスキーは食中酒としてバランスがいいという話もありますが、それはあくまでも『邪魔にならない』というレベル。
ウイスキーあるいはフードの魅力をさらに引きだすような、至高のマリアージュを見つけだしたいと思っています。
そうすればシェフや料理家が仲間となり、従来とは異なるウイスキーの新たな魅力を提案することができますから」


ウイスキーの品質はボトルの中で完結しているけれど、その魅力をさらに高めるチャンスはボトルの外の世界に広がっている、と田中さん。


シェフや料理家、バーテンダーだけでなく、メディア、酒販業者、ウイスキー愛好家、バーホッパー……ボトルの外の世界でもウイスキーファンが仲間同士、手を取り合えば、日本ならではのウイスキー文化を築くことができるはずだ。

SHOP INFORMATION

キリンディスティラリー 富士御殿場蒸溜所
静岡県御殿場市柴怒田970
TEL:0550-89-4909
URL: http://www.kirin.co.jp/entertainment/factory/gotemba/

SPECIAL FEATURE特別取材