大震災の傷を越えて。
メキシコシティの秘密のバーへ
<前編>

INTERVIEWバーテンダーインタビュー

大震災の傷を越えて。
メキシコシティの秘密のバーへ
<後編>

#Interview

Ismael Martínez “El Pollo” by「HANKY PANKY」

World's Best 50 Bars 2017において、会員制バーにもかかわらず初登場で75位に選出されたメキシコシティの「HANKY PANKY」。ヘッドバーマンの通称“ポジョ”に、その人気の秘密を直撃!

文:Miho Nagaya(メキシコシティ在住)

All Photos by Pablo Casacuevas

HANKY PANKYの客層は、ローカルの人たちもいるが、最近では外国人ゲストの割合が多い。

World's Best 50 Barsのリストに選ばれる以前から、HANKY PANKYを目指してやってくる外国人がいたとか。

看板もなく、通りから隠れている店なのに、なぜ外国人ゲストがやってくるのだろう?

しかも会員制バーゆえに、一般のゲストは基本的には利用できない。

(ただし毎週火曜日は「オープンドア」と称して、一般のゲストも受け付けている)

ヘッドバーマンのイスマエル・マルティネス、通称“ポジョ”はこう語る。

「きっと、広報担当者によるSNSマーケティングの結果だと思う。メキシコへの観光客の増加もあるし、口コミで広がってもいる。看板もなく、住所も公表していない、謎めいたコンセプトの効果だってあるはず。市内のホテルでコンシェルジュが推薦してくれたり、LimantourやFifty Milsのような他のバーのバーテンダーが紹介してくれることも多いよ」

10年前までは、メキシコのバー業界も嫉妬深いエゴイストが多かったそうだ。

他店のプロモーションに協力する、あるいはレシピを共有する、そんなことは考えらえない状況だった。

「でも、飲む人の心に彩りを与えるバーテンダーが、そんなことでは成長できないだろ?狭い世界で邪魔しあっても仕方ない。そういうことに、みんな気づいたんだ。震災もあったし。バー業界全体を盛り上げるためには、助け合うのが重要だってね」

HANKYPANKYのバーテンダーはポジョを含めて3人いるが、毎週、ゲストバーテンダーを迎えている。

週替わりで、ラム、テキーラ、ジン、リキュールなどのメーカーのアンバサダーが登場するので、バー自体に新鮮なカラーをもたらしている。

海外から有名バーテンダーを迎えることも、しょっちゅうだという。

ポジョの勤務時間は、なんと1日15時間!

「当バーでは市販のソフトドリンクを一切扱っていない。パックに入っているような出来合いのジュースもない。シロップも含めて、すべて自然素材にこだわっている。そのぶん準備に時間がかかるってワケ」

メキシコにこれから来るトレンドを訊くと「ネオクラッシク」との答え。

80~90年代に流行った、ロングアイランドアイスティーやブルーハワイを、材料をブラッシュアップして再構築するようなトレンドがあるという。

例えば、同店でもキューバ・リブレを自家製のコーラで提供したり、という具合だ。

それから、メキシコではガーニッシュに凝るのもひとつのトレンド。

ガーニッシュで、塩味、酸味、柑橘系、苦味などのアクセント(奥行き)を加えるのだそうだ。

ここで、世界的に流行しているメスカルの存在について、本場メキシコ目線の意見を訊いてみた。

「ちょっと前まで、メキシコの蒸溜酒といえば、テキーラとメスカルだけだった。でも現在は、ソトル(チワワ、ドゥランゴ、コアゥイラ州)、バカノラ(ソノラ州)、ライシージャ(ハリスコ州)など、さまざまな地酒がカクテルに使われはじめている」

「メキシコらしいカクテルというと、素朴な陶器のコップを使ったり、マリーゴールドの花を飾ったりと、いかにもメキシコな民芸調が多いんだけど、僕はそれとは違うことをしたい。例えば、メスカルをネグローニに、テキーラをマンハッタンに、あるいはライシージャをヴェスパーマティーニに……。なんというか、メキシコっぽさをもう少しエレガントに演出したいんだ」

「外国からのゲストに、まずはテキーラとメスカル以外のローカルスピリッツを知ってほしい。それから、そんなメキシコのお酒の味を、シンプルにクラシックカクテルで楽しめるように提供したいんだ」

ポジョは、自らを“カクテレーロ(Coctelero)”と称する。

そこには、今メキシコで流行っている凝ったミクソロジーカクテルに対するアンチテーゼとして、シンプルなカクテルをお客さまに届けたい、という思いがあるようだ。

メキシコシティの人々の心に大きな影を落とした、先のメキシコ中部地震についても訊いてみた。

「震災はこの町やこの町のバーシーンに計り知れない影響を与えた。いくつかのバーは建物の被害により閉店に追い込まれた」

「震災後、特に若者たちのボランティアとしての活躍は驚異的だった。僕らバーテンダーたちも、震災後1週間は店を閉めて、周囲を助けることに専念したんだ。そして体制に頼らなくても、人々が結束すれば、この大惨事を克服できること、前進できることを知った。もちろん、多くの人々が家や職を失い、消費にもストップがかかった。店の売り上げにも影響はあったけれど、少しずつ回復してきている。これからも人生は続くし、楽しまないとね」

メキシコシティのバーテンダー同志が以前よりも固い結束で繋がっているのは、やはり震災の影響があるのかもしれない。

ポジョは最後にこう話してくれた。

「お酒はいつでも人間の歴史と関わりがある。そして人間の感情とともにある。バーテンダーはそれを忘れてはいけない。ゲストが哀しいときだろうが、嬉しいときであろうが、心地よくお酒に酔えるように、一杯を丁寧に提供すること。酔わせすぎてもダメで、素敵な思い出をつくることが大切なんだ」


SHOP INFORMATION

HANKY PANKY
Somewhere in Mexico City
TEL:01 55 9155 0958

SPECIAL FEATURE特別取材