「それでもここで生きていく」
北陸のバーテンダーが、能登半島地震で考えたこと。

SPECIAL FEATURE特別取材

「それでもここで生きていく」
北陸のバーテンダーが、能登半島地震で考えたこと。

(更新) #Special Feature

文:Drink Planet編集部 Photos:Daiki Kasahara

1月1日に発生した令和6年能登半島地震。能登地域は石川県の12市町と富山県1市からなる半島で、大きな被害を受けた石川県以外にも、富山県や新潟県の一部が大きな被害を受けました。
被害を受けたすべての方に心からお見舞いを申し上げるとともに、富山県のバーテンダーが地震に際して感じたこと、復興までの道筋で考えることなど、北陸のバーの現状をお伝えします。

どりぷらではこれまで、北陸地域のいくつかのバーや蒸溜所の取材の機会をいただきました。

店舗へ個別の連絡が憚られるなか、SNSで無事の情報を得られ安心はしたものの、自分たちにできることはないだろうかと思いを巡らせていました。

寄付、ボランティアや支援活動など、被災地へのサポートの形はさまざまですが、その第一歩は現状を知ることだと考えます。

今回は、古くからどりぷら編集部とお付き合いのある、富山県射水市の「BRIDGE BAR」バーテンダーの藤井宏祈さんへインタビューを行いました。

(※富山県では日本海側地域や氷見市の被害が大きく、1万以上の世帯が断水していたが、1月21日に完全復旧。観光施設も通常通り営業しているところが多く、公共交通機関への影響もほとんどない。)

富山県射水市にある昔ながらの漁師町、新湊。

小さな漁船がいくつも連なって停泊している運河沿いに、「BAR」というネオンサインが輝く古民家があります。

こちらが5年前、富山県射水市の、にオープンした「BRIDGE BAR」。オーナーは、シアトル生まれ・ハワイ育ちのスティーブン・ナイトさん。

バーテンダー兼マネージャーを務めるのは愛知県出身の藤井宏祈さん。オープンにあたりスティーブンさんとともに東京から移住してきました。

ここに店を開く前にスティーブンさんがリサーチしたところ、富山は台風や津波といった自然災害が比較的少ないエリアと聞いたようです。

そんななかでの今回の地震。新湊もかなり揺れ、目の前を流れる内川にはかつてない高さの波が入江から押し寄せたと言います。

「ここは河口から少し離れるのとカーブがあったおかげで勢いが削げ、大きな被害は出ませんでしたが、河口の近くでは津波による浸水被害がありました。

うちは幸い、ボトルが数本、割れただけで済みましたが、徒歩5分のところにあるスナックではお客さまのボトルが全て破損したとか。

たとえ隣り合っていても、それぞれ建物の耐震性や造りによって被害の大きさにばらつきがあり、普段通りに営業できているところそうでないところが混在しています」

藤井さんが初めて経験した大きな地震。たまたま店内にはいなかったということですが、仕事中に地震が起きたら……と想像すると、バーの造りにも思うところがあったようです。

地震直後、割れたボトルが散乱する店内。

地震直後、割れたボトルが散乱する店内。

バーで考える地震への備え

「考えてみれば、バックバーを背にカウンターに立つバーテンダーは、凶器を背負っているのと同じなんですよね。

いつなんどき、頭上からボトルが降ってくるかもわからない。

とはいえ、多くのバーはバックバーを“バーの顔”と捉え、自分たちのスタイルや個性を表現できるよう、作り込んでいることと思います。

うちはアメリカンウイスキーのセレクションが特徴なのですが、やはりバックバーにずらりとボトルが並んでいますから。

今回をきっかけに、バックバーに柵を設けるなどの策も考えましたが、手をつけられていません。雰囲気が損なわれますし、オペレーションの邪魔になるので。

とりあえずボトルを数センチ奥へ下げ、下に滑り止めのシートを敷きましたが、地震の備えとしては十分ではないですね。

自分たちのスタイルの追求と災害対策のバランスをどう取ればいいのか、いまもまだ答えが出ていません」

いざ地震が起きた時、多くのバーテンダーは、「バーを守ろう、ボトルをなんとかしよう」という気持ちになってしまうと思いますが、それはまず身の安全があってのこと。

その時はいち早く身を守るための行動をとってほしいと言います。

「まずは身を守る、安全に逃げるという選択をしてほしいと思います。

それから店にも防災セットを準備しておくことが大切ですね。

個人では備えていましたが、これを機に店にも非常用持ち出しセット一式を用意しようと思いました」

趣を損ねない地震対策はないものか。藤井さんのなかでも有効な対策は見出せていません。

趣を損ねない地震対策はないものか。藤井さんのなかでも有効な対策は見出せていません。

バーで考える地震への備え

多少の被害はありつつも建物には損傷がなく、ありがたいことに通常営業を行なえている「BRIDGE BAR」。

営業できるだけで十分にありがたいと言いつつも、他のエリア同様、地震による深刻な影響を受けています。

「大きな被害を受けた石川県のことを考えると声をあげづらいのですが、富山県の多くの飲食店の売り上げは激減、旅館やホテルは通常営業しているもののキャンセルが相次いでいるのが現状です。
北陸のなかでも被害の程度はまちまちですが、『被災地』と一口にくくられることで客足は途絶えてしまうんです。

まずは被災者の生活確保と心のケア、インフラの回復が第一。一方で、観光客の受け入れ体制が整っている地域もあります。

僕たちはここで生きていかなくてはいけないし、営業できるからには足を運んでくださるお客さまに楽しいひとときを提供したいという気持ちをもっています。それはどこのお店も同様でしょう。

観光需要を取り戻すための北陸応援割が発表されましたが、北陸の街は大都市ではありませんから、県外の方に遊びに来てもらうだけで大きな力になるんです。

もちろん、『絶対に安全です』と言い切ることはできませんが、どの店、宿も最高のおもてなしでお迎えする準備を整えています。

応援割をきっかけにたくさんの方に北陸へ旅行に来ていただき、自粛のムードが変わることを期待しています」

内川に面した、築100年の古民家とその倉庫部分をリノベした「BRIDGE BAR」。駆体にも手を入れていたことが幸いし、建物自体に大きな被害はありませんでした。

内川に面した、築100年の古民家とその倉庫部分をリノベした「BRIDGE BAR」。駆体にも手を入れていたことが幸いし、建物自体に大きな被害はありませんでした。

復興に向けて思うこと

「個人的には、この先大好きなこの土地でやっていくという考えは変わりません。
だからこそ北陸全体で手を取り合い、復興という共通の課題に向かっていきたいと考えています」

最後に、被災していない地域の皆さんに向けてメッセージをいただきました。

「これから先、常に頭の片隅に『地震がくるかも』という意識は残っていくはずですし、多くの方が同じ気持ちでしょう。

とはいえ、必要以上に心配するのも違うと思うんです。

どうかこちらに遠慮することなく、できる限り外に出て毎日を楽しんでいただきたいと思います。

そしていずれ、北陸に遊びに来てください。大いに食べ、飲み、この地域の魅力を実感してもらえたらうれしいです」


★支援先
被災した能登の酒蔵をサポートする「被災日本酒蔵 共同醸造支援プロジェクト」がMakuakeでスタートしたり、富山県内の料理人たちがチャリティーイベントを開き、被災した能登地域の飲食店を応援する寄付を募ったり、さまざまな支援活動が行われています。

以下に寄付先の一例をご紹介します。寄付・支援はホームページやSNSなどで内容を確認の上、行ってください。

日本赤十字 令和6年能登半島地震災害義援金(石川県、富山県、新潟県、福井県)

北陸チャリティーレストラン

日本飲食団体連合会

富山県酒造組合令和6年能登半島地震災害支援金

石川県酒造組合令和6年能登地震義援金

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