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辻 美奈子

シャトー・ヌフ・デュ・パプの白ワイン

12.05.26

4月末に変な菌をもらってしまい、10日間くらいダウンしていた。
お医者さんからは、しばらく外出禁止と言われがっかり。
せっかくのゴールデンウィークにあれもしよう、これもと思っていたことができず前半は家に。


しょうがないので、ちょうど日本のワインについて調べていたこともあり、
ワイン関係の書類をひっくり返していると
フランス・ローヌ地方の畑や、ローヌ河を見下ろすラシャペル(礼拝堂)の写真とともに
シャトー・ヌフ・ドゥ・パブやエルミタージュの資料がでてきた。


この季節にぴったりな、夏を感じさせる南フランス、ローヌワイン、
(ジェラールジャブレさんが存命のころの)ポールジャブレ社のシャトー・ヌフ・デュ・パプ。
このつくり手は、ラシャペルを筆頭に赤ワインが有名だけど、
私はダントツにこの白ワインが大好き。


このシャトー・ヌフ・デュ・パプの白ワインの美味しさを教えてくれたのは、
「パラノイアのワイン日記」(中央公論社)の著者、竹中充さん。
竹中さんはいわゆるワインジャーナリストではない。
フランス文学に造詣が深く、
フランス文化を通じてワインを語ることができる、現代では希な人。


文章はとてもダンディ。
家庭画報や 当時のマリクレール、エスクァイア に掲載されていた
知識に裏打ちされた格調高い文章を読んだときは、
疑うことなく、彼女のことを男性だと思い込んでいた。
ところが実際にお目にかかると、とても女性らしい華やかな人で、
びっくりした記憶がある。


びっくりしたのはそれだけはない。
彼女のワインの飲みっぷり。
しかもほとんどがGrand Vin。


エスクァイアの当時副編集長だったS氏と3人でよく食事したのだが、
レストランへ到着しカウンターに行くと、そこにはずらっと何本ものすごいワインが並んでいた。


え、、、!?
これ….今日一晩で全部飲むの?
とひるむ私に(1日で飲むのはあまりにももったいない!)、
彼女は、とても涼しい顔しながら、
「もちろんそうよ。ねこちゃん、今日は楽しいわね~!」と、さらっと流していた。
そんな彼女が
「ねこちゃん、ジャブレのシャトー・ヌフ・ドゥ・パブの白って、
地方に住むフランスの貴婦人みたいね~」と言っていた。


ネコは子供のころにトラウマがあって怖いのだけど、
当時なぜか私は彼女にネコちゃんと呼ばれていた。
彼女いわく、すり寄ると逃げるのに、ほおっておくと戻ってくるからだとか。
そんな覚えは全くもってないんだけどな、とおもいつつも、
まさに“パラノイア”なワインの日々を少しばかり共有させてもらっていた。


ある日、めずらしく彼女が食事会を体調が悪いからと欠席し、
それから訃報がはいったのはわずか6か月後。
あまりの急な展開に言葉を失い、一晩中泣き明かしたのは言うまでもない。


あれから約10年。
後にも先にも彼女のような視点でワインを表現し、ワインのことを語る人にまだ会ってない。


エルミタージュを象徴するラシャペル(礼拝堂)のラベルをみるたびに、
彼女を懐かしく思い出す。
目白の礼拝堂で、一人娘に先立たれ、
自身もお医者さまであったお父上が、「パパ くやしい」と
彼女が病床でつぶやいたことを、弔辞で絞り出すような声で明かされた。
その声が今も聞こえてくるような気がする。


初夏を楽しみにしながらも、ちょっと切なくなるヌフ・デュ・パブの白なのです。

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