日本にわずか5軒のみ。
幻の天然氷を求めて。<前編>

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日本にわずか5軒のみ。
幻の天然氷を求めて。<前編>

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吉新昌夫さん by「松月氷室」

世界中のトップバーテンダーから注目を集める日本の高度な製氷技術。そのルーツをひも解くと、古くから伝わる天然氷に行きつく。栃木県日光市の山あいに、今なお天然氷をつくり続ける仕事人を訪ねた。

文:Teppei Wakayanagi

天然氷を、単に天然の水を凍らせたものと勘違いしていないだろうか。天然の水を使用するのはもちろんのこと、自然(天然)の環境のもとで自然に凍った氷を切り出したもの、それが天然氷だ。当然、採氷地となるのは寒い地方に限られる。

栃木県日光市今市。ここに天然氷をつくり続ける仕事人がいる。松月氷室代表取締役の吉新昌夫さんだ。

「オレも最初から継ぐ気があった訳じゃないんですよ。仕事はきついし、時代遅れだし……。でも死んだ先代の親父と約束してしまったし、なにより、この天然氷を待っててくれるお客さんがいるからねぇ。そうなるとやるしかないし、重労働だからって値段を上げる訳にもいかないんです」

そう語りながら、吉新さんは今年切り出したばかりの天然氷を、出荷に向けて洗浄・加工していった。「どう? きれいでしょ」。吉新さんは、まるで愛娘を自慢するように、キラキラと輝く天然氷を掲げた。

日光に吉新さんを訪ねたのは2月中旬。すでに今年の切り出し作業をすべて終えた後だった。日光に到着して感じたことは、やはり寒いこと、そして意外にも雪がほとんど積もっていないことだった。

「雪が多いと、いい氷はできない」と吉新さんは説明してくれた。「雪を降らせる雲があの男体山にぶつかるでしょ。そうすると雪は男体山の向こう側で降って、ここには冷たいからっ風だけが吹いてくる。この環境が天然氷づくりには最適なんです」

天然氷をつくる環境は、自然に大きく左右される。まず当然ながら、寒くなくてはならない。理想的なのは、夜から朝にかけての気温が-5度前後であること。これより気温が高いと氷に厚みがでないし、逆に寒すぎると、水が一気に凍ってしまい、氷に不純物が混じってしまう。

次に、前述したように、雪があまり降らないこと、が挙げられる。氷に雪が混じると、空気中のゴミが付着してしまい、氷の透明度が損なわれてしまうからだ。それゆえ「雪が降った日は、一日中、氷の上で雪払いをしなくちゃならない」とのこと。

さらに水がおいしい、ことも必須条件となる。これについても日光は理想的な土地柄。実際、松月氷室の近くには、蕎麦屋あり、豆腐屋あり、湯波料理店ありと、水のおいしさを町全体で物語っているようだった。ちなみに水質は超軟水。試しに飲んでみると、まろやかで丸みがあり、ほんのりと自然の甘さが感じられる。素人ながらに「これはうまい氷ができそうだ」と直感させられるほど。−5度前後の気温、雪が降らないこと、おいしい水……。日光には、天然氷をつくるための条件が完璧なまでに揃っている。

「でもそれだけじゃダメなんだよね。自然環境はあくまで必要条件。上質な天然氷をつくるには、自然環境にプラスして長年の経験やノウハウ、それにキツい肉体労働も必要になる。すべてが揃っても、天然っていうだけあって、いい氷ができる時もあれば、できない時もある。それが天然氷の魅力でもあるんですけどね」

「それじゃあ、実際に池も見てみますか」といって、吉新さんは今市の街から車で15分ほどの採氷池へと案内してくれた。

後編へつづく。

SHOP INFORMATION

松月氷室
栃木県日光市今市379
TEL:0288-21-0162

SPECIAL FEATURE特別取材