氷に刻まれた匠の技!
丸氷のルーツを求めて。<前編>

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氷に刻まれた匠の技!
丸氷のルーツを求めて。<前編>

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坂井正義さん by「ラ・アンドレ」

日本の繊細なバーテンディングを物語る丸氷。今回はバーシーンに欠かせない丸氷のルーツを辿って新潟へ。果たして丸氷はどんな人物の手によって生み出されたのか?

文:Ryoko Kuraishi

二人が勤めていた「はまゆう」の慰安旅行で。左が坂井さん、右が和田さん。「休日とはいえ、髪も服装も寸分の隙もなくきめていました」。

もはや日本のバーには無くてはならない丸氷だが、その発祥については諸説ある。
なかでも、新潟県にあるバー「はまゆう」でチーフバーテンダーを務めていた和田真明氏が今から50年ほど前、1960年ごろに始めたと言う説が有力らしい。
聞けば、その和田さんの愛弟子が現役でカウンターに立っているという。
丸氷のルーツを辿るため、さっそく新潟へ赴いた。


ここは新潟随一の繁華街、古町にあるオーセンティックバー「ラ・アンドレ」。ここのオーナーバーテンダー、坂井正義さんこそ、和田さんの弟子にして今回の語り手。
和田さんが初めて氷を丸く削ったそのとき、同じカウンターに立っていた人物である。


現在73歳の坂井さんがこの世界に足を踏み入れたのは19歳のとき。
不良っぽい出で立ちのバーテンダーやバンドマンの姿に憧れて、当時の名店「はまゆう」に見習いとして入店した。
そのときのチーフバーテンダーが和田さんだった。

バーテンダー歴54年、美容師の免許も持つという器用な手先からはさまざまな形が生み出される。

「ボックスシートが5つくらいあってホステスが十数人在籍していた、割合に大きな店でね。
接待目的で来店される方が多くて、顧客も社長、部長など役職付きなんかのいいお客さんばっかりでね。
当時はどこもそうだったと思うけどスタッフの見栄えには厳しくて、毎日入店前にチェックがあってチェックに受からないと店に入れてもらえない。
だから出勤前には毎日欠かさず床屋に通って整髪してね。
特に和田さんは厳しかったな」


坂井さんより8歳ほど年上の和田さんは金沢出身。
立命館大学を卒業したエリートだったが、卒業後は東京のバーでバーテンダー修業をしていたそうだ。
その後、NBAの斡旋により新潟に新しくオープンした「はまゆう」のチーフバーテンダーに収まったらしい。


「和田さんといえばとにかくダンディなおしゃれで有名でね。
給料のほとんどは服やらなんやらにつぎ込んでいたんじゃないかな。
それをスタッフにも求めるんだから、こっちはたまったもんじゃない(笑)。
20歳そこそこの見習いなのに、和田さん行きつけのテーラーに連れて行かれて60,000円もするコートを仕立てさせられたりしましたよ。
当時の月給が9,000円くらいだったから、もちろん月賦でね」

グラスの形状にあわせて施された、ダイヤモンドカット。

おしゃれが大好きで見栄っ張り、ダンディな和田さん。
手先もやたらと器用で、店ではいろいろなものを作っていた。
「厨房でパンを焼いてお客さんに出してみたり、前菜に自ら3色カナッペを作ってみたり。
自分なりに工夫して、細々したものを作るのが得意でしたね」


そんな手先の器用さが生み出したものの一つが、肝心の丸氷だったようだ。
当時はまだ電気冷凍庫なんて便利なものが普及していなかった時代。
氷は氷屋ガ持ってきてくれたものをそのまま使う。
「はまゆう」では最新式の冷蔵庫を導入していたが、冷凍室はないし、氷を入れるスペースもない。
だらだらと溶けかかっている板状の氷を小さく切り出して使うのだが、グラスに入れればすぐに溶け、酒は水っぽくなってしまう。
毎夜カウンターで溶けかかった氷を扱いながら「酒本来の味を楽しんでもらいたい」、そんな風に考えていた和田さん。
ある日、氷の角をアイスピックで削り落とすことを思いつく。


「見た目とか演出云々ではなくて、単に角を削って溶けにくくしようという目的のものだったし、ただでさえ溶けやすい氷なんだから加工に長い時間は費やせない。
だから和田さんの丸氷はいまのように表面をキレイに削ったものじゃなく、表面の肌理が粗い、ごつごつとした丸氷だったな。
丸い氷というか、隕石みたいな形状でね」
と、坂井さんが当時の和田丸氷を再現してくれる。

坂井さんが再現してくれた、和田さんの氷。現在の丸氷とは確かに趣きが異なる。

それ以来、弟子である坂井さんも毎夜、カウンターでせっせと氷を削るようになった。
溶けにくい丸氷はなかなか好評だったが、「はまゆう」以外の店にはいっこうに広まらなかったそうだ。
当時はまだ氷は貴重なものであり、角を削り取ってしまう丸氷はコスト面で敬遠されていたからだろう。

「東京からおみえになったお客さんには『邪道だ』って₹られたこともあったね。
オン・ザ・ロックは岩から水滴が滴り落ちる風景をグラスの中に表現するべし、とされていた時代だからさ。
『“岩”が丸いんじゃお話しにならない』ってね」


それから7年ほどして和田さんは独立し、「はまゆう」の近くに自らのバー「舶来居酒屋 和田」を構えた。
相変わらず丸氷は「隕石氷」のままでその文化の裾野が広まることもなく、「舶来居酒屋  和田」、坂井さんがチーフバーテンダーとなった「はまゆう」ほか、新潟のバー4、5軒のみでひっそりと作られてきた。


そんな和田さんの隕石氷はいかにして現代の丸氷に発展したのか?
後編ではそのアイデアを継承した坂井さんの活躍ぶりをお届けする。


後編に続く。

SHOP INFORMATION

ラ・アンドレ
新潟県新潟市中央区古町9番町1477 アルバナインビル2階
TEL:025-224-8786
URL:http://www.andore.info/

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