いまあらためて考える、
「銀座」のアイデンティティとは?
<後編>

PICK UPピックアップ

いまあらためて考える、
「銀座」のアイデンティティとは?
<後編>

#Pick up

稲田春夫さん(バー藤山) by「Bar 5517」

日本が世界に誇る「銀座」のバーのアイデンティティを考える今月。「銀座の重鎮」と謳われる稲田春夫さんに続き、後編では稲田さんの後を継ぎ「BAR 5517」にてチーフバーテンダーを務める高坂壮一さんにインタビュー。

文:Ryoko Kuraishi

三笠会館本店の住所の番地を店名にした。週末は15時〜オープン。

大正14年創業、銀座で88年の歴史を誇る三笠会館。
日本のレストラン文化の黎明期を支えてきた。
銀座7丁目にある三笠会館本店には本格フレンチから中華、和食、イタリアンバールまでが揃い、多彩なラインナップで訪れる人をもてなしてくれる。


そもそも三笠会館自体が銀座という街に寄り添ってきた存在だ。
創業は大正14年。
関東大震災の後の混乱の時期に創業した。


震災の後の町づくりはより先進的なものを目指していた銀座にはイギリスやドイツからたくさんの技師が来日していたとか。
そんな先鋭的な町づくりに惹かれ、東京・花の銀座で勝負しようと上京したのが、三笠会館創業者である谷善之丞夫婦だった。


歌舞伎座の前の小さなかき氷屋から始まって食堂、やがては並木通りの洋食メインのレストランへ。
鶏の唐揚げを初めて外食メニューに取り入れるなど革新を続けるという信念でもって、戦前戦後の激動の時代に洋食文化を切り拓いてきたという。
そうした進取の気性に富んだ経営者たちが銀座に集まり、また銀座の街を作ってきたというのも事実である。


さて、そんな本店の地下に佇むのが「Bar 5517」。
オープン当初から稲田春夫さんがチーフバーテンダーを務めてきた名店である。
現在、稲田さんの後を継いで店を切り盛りするのが高坂壮一さんだ。

昭和20年ごろの三笠会館本店の風景。風情あふれる老舗の佇まいだ。

日本がバブル経済で舞い上がっていたちょうどそのころ、三笠会館に入社。
入社2年目にしてバーに配属され、稲田さんのもとで本格的なバーテンダー修業に励むことになった。
「1年目はレストランのバーに配属されましたが、ここで稲田の存在を知り、いつかはその下で働きたいと思っていました」と、高坂さん。
25年前も「いまと変わらず、バリバリの職人だった」という稲田さんに厳しく指導され、いつの間にかこの道20年超のベテランに。
「稲田には当時から『基本に忠実に』と言われておりました。
いわく、整理整頓と掃除。
その信条はいまも『Bar 5517』に引き継がれており、私も後輩には同じことを言って指導しています」


とはいえ、年月を経て銀座のバーの形態も様変わりしてきている。
昭和の終わりにバーボン・ブーム、続いてワインが大流行りし、そして最近ではモルトウイスキーが脚光を浴びるようになった。
そうしたムーブメントや社会のニーズを受けて、バーの業態も細分化。
モルトウイスキーのファンが集まるモルトバー、あるいは女性にも受けがいいスタンディングのワインバーなどなど、さまざまなスタイルが生まれ、根づいてきている。


「そうした細分化に伴って、いわゆる昔ながらの『銀座』的バーの有り様も変化してきています。
以前のようなハードルの高いバーは減ってきたように思いますね。
個人的な意見ですが、変化することはいいことだと思うんです。


いろいろなカテゴリーのバーが共存して、お客さまがその時の気分でバーを選べる。
昔は選択肢が少なかったので、そこに『憧れ』が集中するような構図がありました。
翻って現在は、細分化によって一つのジャンルのボリュームが少なくなった。
それゆえに段々、ハードルが低くなってきたのでしょう。


それは逆を返せば、色々な年齢層、職種の方に楽しんでもらえる下地ができてきたということ。
そういう状況に際して、それぞれのバーが各々の有り様をふまえた店作りを問われているんだと思うんです」

ギムレットを作っていただいた。「氷を砕かず回すようにシェイクすることで、ジンとライムジュースの甘さだけできりっとしたギムレットに仕上げます」

インターネットやインフラが整備され、あらゆるものが身近になった現代にあって、銀座だって例外ではない。
とするならば、世代によって「銀座」への捉え方に隔たりが生まれるのは当然なのかもしれない。


「銀座への憧れやそこで働くことの自負は、薄らいでいるように感じます。
私たちの世代は『ここは銀座なんだ』というお客さまからの期待を感じ、その期待に応えようという意識があります。
一方、30代より若い世代にとってはその期待がどこからくるものなのか、理解できない者もいるかもしれませんね」


「銀座らしい」といえば、高坂さんにはこんな思い出がある。
数寄屋橋のイタリアンレストランのバーに配属されていたときのこと。
高坂さんはそこでシェーカーを振っていたのだが、当時の常連にギムレットをオーダーする紳士がいた。
来店のたびにギムレットを頼むのだが、うまいともまずいとも言わず、いつも1杯だけで帰ってしまう。


「そうしたことが何回か続いて、いつもギムレットをお作りしていたのですが、あるときおかわりしてくださったんです。
何も言わずに黙って2杯目のギムレットを召し上がる姿を見たとき、ついにその方の心にかなったギムレットを作れるようになったんだと、心底嬉しかった思い出があります」


そうやってバーテンダーを育ててくれたのが、銀座のバー・ホッパーたち。
だから高坂さんにとってはいまでも、ギムレットが特別なカクテルだ。

稲田さんのスタイルを踏襲した、高坂さんのギムレット。「稲田のギムレットは甘みを加えず、それでいて口当たりがよく柔らかい点が特徴なんです」¥1,260 。絶品!

「ギムレットは絶対誰にも負けないものを作りたい、そんな風に思わせてくれる大切なカクテルです。
バーテンダーによってさまざまなレシピやスタイルがあり、それが店の特徴なり個性として根づいていく。
とりわけたくさんのバーが集まる銀座だからこそ、そうした個性が花開き、それぞれのスタイルを明確化することにつながってきたのではないでしょうか。
ギムレットはこの店で、マティーニはあのバーで、そんな風にカクテルの数だけお気に入りのバーがある。
そんな多彩な楽しみ方ができるのも銀座らしいと思いますし、また1丁目から8丁目まで順繰りに巡る遊び方ができるのも銀座ならではですよね」


そんな高坂さんにとって「いいバー」とは?
「私が目指しているのは、お客さまが言葉にされないご要望を的確に感じ取れる店です。
ドリンクやおつまみがおいしいのは、プロの仕事として当たり前。
仕事が丁寧であるというのはもちろんです。
それに加えて、その場にいらっしゃる方々の思いを敏感に感じ取れるようなサービスを、スタッフ全員が意識していること。
たとえばカクテルでいうならば、基本のレシピはありつつも、目の前の方の好みや状態を把握してパーソナルな一杯に仕上げたい」


稲田さんの盟友ともいえる福西英三さんが大切にしていた膨大な蔵書。カクテルブックやバー、洋酒文化に関連したこれら資料を、現在は高坂さんが管理している。「初版本、稀覯本もありますから一般に公開というわけにはいかないのですが、リクエストをいただいた同業の方にお見せすることも」

銀座らしいといえば、こんな文化もあるそうだ。
「銀座が他の街と大きく違う点のひとつとして、通り会の存在があると思います。
町内会ではなく、それぞれの通りが一つのコミュニティを形成している。
同じ通り会に連なる店同士が互いに助けあう、つながりの強さが銀座らしい趣きを支えているのではないでしょうか」


文化の継承という点では、いわゆる旦那と呼ばれる方々の集まりもあります。
もちろん絶対数は少なくなっていますが、次世代の若旦那を育てる会も存在しますから、この文化が途絶えるということはないでしょう。
外資系企業が参入しつつも、古きよき伝統も続いていく。
いろいろな文化を内包しながら発展する懐の深さが銀座の魅力だと思っています」


言うまでもなく銀座のバー文化を支えているのは、銀座を好きだというバー愛好家たちの愛情と、銀座で働く人間の思い入れや情熱だ。
そうした愛情や情熱の形は社会によってさまざまに変化していくものであり、変わることは悪いことではない。
むしろ銀座のエッセンスだけが抽出されて受け継がれていくのではないかと、高坂さんは未来に期待を持っている。


「最近、個人的に思うのは『××にこだわっています』と自ら謳いたくないな、ということ。
なにかにこだわっているのかどうかは他人が評価することであり、自分たちで宣伝することではないと思います。
そういう意味でプロの仕事をひけらかさない、自己主張をしすぎない。
出過ぎず出しゃばらず、そういう姿勢が、私が考えるいいバーテンダーの条件です。


稲田と特に話し合ったことないですが、おそらく同じ思いを共有しているのではないでしょうか。
銀座という大きなエリアで考えたとき、バーの形態や文化はさらに変化していくかもしれません。
それでもこうした精神は、うちのバーの中で引き継がれていってほしいですね」


銀座のバー文化の真髄はそうしたスタイルの継承なのだろう。
とすれば、それこそがバー・ホッパーたちを銀座に惹き付ける理由なのかもしれない。

Bar 5517
東京都中央区銀座5-5-17 三笠会館本店B1階
TEL:03-3289-5676
URL:http://www.mikasakaikan.co.jp/restaurant/mikasakaikan/bar5517/index

SPECIAL FEATURE特別取材