日本のバーの歴史と歩む
ヨコハマ今昔物語。<後編>

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ジミー・ストックウェルさん(ウィンドジャマー)×江口明弘さん(Waku Ghin) by「Windjammer」

ジミーさんが本場の味を日本に知らしめたパイオニアとするなら、今回は日本のバーテンディングを世界に広めようというバーテンダーのお話。横浜・ウィンドジャマーから世界へ旅立ったバーテンダー、江口明弘さんにフィーチャーする。

文:Ryoko Kuraishi

彼の名前は江口明弘さん。シンガポールにある「Waku Ghin 」のバーテンダー。
「Waku Ghin 」といえばシンガポールの政財界の重鎮たちも愛用する、
たった25席のみのラグジュアリーなレストランである。
レストランのウェイティングバーがドリンクのみも楽しめる本格的なバーとして
この秋、リニューアルオープンを果たしたのだが、そのカウンターを守るバーテンダーの一人として大抜擢されたのが江口さんだ。

20歳で「ウィンドジャマー」のドアを叩き、ここで6年の経験を積んだ後、
ついに念願かなって海外へ飛び出した。
「バーテンディングに興味があって飛び込んでみたものの、バーテンダーの仕事は、ここがはじめて。
お酒も強いほうではないし、カクテルの種類だってそんなにたくさん知っていた訳でもないし」


それでも初めてウィンドジャマーのカウンターに立った時から、
「いずれは海外のバーで働こうと決意していた」という江口さん。
「もともとは海外の文化ですから。
むしろ、日本人バーテンダーはどうしてもっと海外にでないんだろうって不思議でした」
ジミーさんのもとで修行に励み、縁あって2007年からウィンドジャマーの系列店である
バー「ケーブルカー」のシンガポール店で働くことになる。


オーナーとバーテンダーという関係性にあって、江口さんとジミーさんの間に親密なやりとりがあったわけではないけれど
「好きなことを貫きなさい」というジミーさんの信念に励まされた。
ウィンドジャマーが有名なバーテンダーを多数、輩出しているのも、
ジミーさんのそんな姿勢のおかげかもしれない。
そして江口さんの海外でバーテンダーとして働く夢についても、ジミーさんは大いに応援してくれていたという。
「ケーブルカー」に移れたのも彼の後押しとサポートがあってこそ。

江口さんのオリジナルカクテル、「Crown Jewel」は自家蒸留のローズウォーターを効かせて。

「いま考えても、ウィンドジャマーはすごく働きやすい職場でした。
今まで働いたバーの中で、いちばんかもしれない。
カウンターの中も広くて動きやすくて。
ジミーさんがバーテンダーの動きを考えて作ったんでしょうね」


こうして、海外でのバーテンディングを体験した江口さん、
「日本とはサービスも人との距離感、接し方もまるで違うぞ」と初めは戸惑いもあったそう。
「何よりも、まずは言葉の壁を感じましたね。
とりあえず行けばなんとかなるだろうって思っていたから
とりたてて英語の勉強もしていなかったし。
最初の3ヶ月は同じ店で働くスタッフともコミュニケーションがとれなかった(笑)」


それでも半年も経てばしっくりと馴染む。
「初めてシンガポールの『ケーブルカー』へ下見に行ったとき、
ここで働いてみたい!って思いがふつふつと湧いてきたんです。
直感というかピンとくるというか。
その第六感じみたものは間違っていなかった、って確信しました」


店と同じくらい江口さんを魅了したのはシンガポールという町の多様性だったかもしれない。
アジア随一のメトロポリスは、アジア各国の民族、世界中の国から集まってきた人々が暮らす多文化国家。
そこには、摩天楼の夜を輝かせるウィンドジャマーのような小さなバーがたくさんひしめき合って、
国籍もさまざまなバーテンダーたちが技を競い合う。
そんな中で江口さんは日本仕込みの技術力はもちろん、プレゼンテーション力にも磨きをかけ、外国人と比べても遜色のないエンターテインメント性を発揮すべく奮闘してきた。
これもひとえに、カクテルを飲んでもらって「おいしい」と言ってもらいたい、
バーでのひとときを少しでも楽しんでもらいたい。そんな思いから。

愛用の、ティファニーのアンティークのティースプーンを使ったカクテル「Holly's tea cocktail」。シナモンシュガー入りのアッサムティーにジョニー ウォーカー・ブルーレーベルとレーズンシロップを加えて。ティファニーだけに、カクテル名も「Holly」!

エンターテインメント性に関していえば、彼の「モノ道楽」について語らなければならない。
バーテンディング・グッズに関しては強いこだわがある。
とにかく、探すことが楽しい。もちろん手に入れればもっと嬉しい。使ってみるとなお幸せ。
例えば、お気に入りのティファニーのアンティークのロングスプーン。
シルバー製の華奢な柄に、小さなミントの葉を模したようなスプーンがついている。
こんなエレガントなスプーンでサーブされたら、場はさぞかし華やぐだろう。


そして、最近のいちばんの道楽といえば……
「銅製の蒸留機です。カクテル用にバラの蒸留水を作りたくて。
わざわざ日本にまで探しにきました」
探していたのは機能はもちろん、バーに置いてもさまになるエレガントなデザイン。
で、見つけたのがこちら。
「銅製だったら自家製のジンもできますから」


もちろん、カクテルにもこの蒸留機で使ったフローラルウォーターが多いに役立っている。
たとえば江口さんのオリジナルカクテル「Crown Jewel」はタンカレー ナンバーテンに
ローズウォーター、フレッシュザクロジュース、シロップを加えたもの。
ローズウォーターの華やかな香りが効いているカクテルである。


「タンカレー ナンバーテンはシトラスと一緒に蒸留しているスピリッツだから、
そこにグレープフルーツなど柑橘系のフルーツを合わせるのはナンセンス!と思った。
ならばバラかな、と。
バラの香りは女性に喜んでもらえますしね」


それにしても、バラの蒸留水でカクテルなんて、どうしてまた……?
「たとえば同じバーテンダーでも『カクテルは直感、インスピレーションだ』と言うタイプも多いですよね。
僕はその真逆で、カクテルをどう作るかは数学の証明問題みたいに論理的なプロセスなんです。
この材料を使ったとき、どうすればベースのカクテルの味を引き立てられるか。
思いついたことをノートにメモし、そのイメージを膨らませて
『ナンセンス?』と思えるようなアイデアさえもどんどん書き留めていく。
あとは実際に組み立ててみて、消去法で残ったアイデアをさらにふくらませたり、アレンジしてみたり」

最近のお気に入りがこの銅製の蒸留機。自家製ローズウォーターを使ったカクテル、女性なら誰しも心惹かれるはず。

とにかくメモして、整理してみる。
自ずと引き出すべき味わい、香り、材料が見えてくる。
「そうするとプレゼンテーションにも説得力が出てくるんですよね、僕の場合。
今までは『なんとなくひらめきで』作ってみたカクテルもあったけれど、
シンガポールでコンペティションに参加するうちに、
プレゼンテーションでの説得力の大切さに行き当たりました」


そう、江口さんを江口さんたらしめるもうひとつの要素がこのチャレンジスピリット。
そういうと陳腐に聞こえるかもしれないけれど、冒険心とも置き換えられる。
海外旅行の経験もないのにシンガポールでの仕事を決めたのも、
日本で、そしてシンガポールでさまざまなコンペティションに参加するのも
新しい気づきや出会い、自分の更なる可能性を探求するため。
機会があれば、未知なるものにも積極的に関わっていく。
「コンペティションにはウィンドジャマー在籍時代からよく参加していました。
ジミーさんもそういうバーテンダーを応援してくれていたし。
もちろん、こちらでも『ナショナルカクテルコンペティション』など積極的に参加しています」


そんな数あるコンペティションの中で最も印象に残ったのが、この夏行われた「ディアジオ ワールドクラス」だった。
「おいしいカクテルを作るのは当たり前で、そこにどういうプレゼンテーションを加えるのか。
そつなく作っても誰も評価してくれませんから、
バーテンダーのエンターテインメント性とその可能性について考えさせられました。
いかに、人に感銘を与えるカクテルを作るか。
今年は準備不足でしたから、いまから準備をはじめて来年また、挑戦します」

シンガポールのマリーナ・ベイ・サンズ内にある「Waku Ghin」のバーにて。「Waku Ghin」は和久田哲也シェフがオーストラリア以外で初めてオープンしたレストランである。

その挑戦の第一歩が、この秋リニューアルオープンする「Waku Ghin」のバーテンダーを務めること。
レストランでありながら、店内に「クラシックかつオーセンティックな銀座のバー」を再現したいという
オーナーのコンセプトに冒険心をかきたてられ、移籍を決めた。
「レストランに併設したバーですが、バーだけでも利用してもらえるような
店造りを目指します。
日本人のバーテンダーは世界的に注目されているだけに、
日本のフルーツを使った、日本らしいカクテルも提供していきたいですね」


彼独自の美学をどん欲に追求していく江口さん。
現在はシンガポールのシェフの学校でカクテルについての講義を行ったり
香港でプレゼンテーションを行うなど、バー以外でも活躍の場を広げている。
世界各地を巡って、さまざまな国のバーテンディングを取り入れたい、それが望み。
世界は広い。文化もいろいろ。
「日本のバーテンディングは確かに優れているけれど、もっといろいろな文化や習慣と触れ合いたいから」


パイオニアスピリッツでもって横浜の地でバーを開き、日本のバー文化を見つめてきたジミーさん。
約半世紀が過ぎ、同じ志を持つ江口さんが彼の元を巣立ち、世界へ飛び立っていった。
かくしてバーテンダー・スピリッツは、国境を越えて受け継がれていく。


(編集部注:ジミー・ストックウェルさんは2014年9月6日、お亡くなりになりました。
心よりご冥福をお祈りいたします。)

SHOP INFORMATION

Windjammer
神奈川県横浜市中区山下町215 東楽ビル
TEL:045-662-3966

SPECIAL FEATURE特別取材