業界屈指の知識量を誇る酒屋、
田中屋・栗林幸吉さんが語るゼン&ナウ。
<後編>

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業界屈指の知識量を誇る酒屋、
田中屋・栗林幸吉さんが語るゼン&ナウ。
<後編>

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栗林幸吉さん by「目白田中屋」

今月は、バーテンダーから絶大な支持を受ける名物酒屋、田中屋の栗林幸吉さんにインタビュー。後編では店づくりに多大な影響を受けたという古谷三敏先生のこと、理想の酒屋、そして現在の酒業界に思うことを語ってもらった。

文:Ryoko Kuraishi

北アイルランド、ブッシュミルズ近郊にて。

田中屋店内には随所にミニギャラリーといった趣のコーナーを設けているのだが、現在、そこで『BAR レモン・ハート』でお馴染みの古谷三敏先生の原画を展示している。
「酒屋をやっていく上での指針の一つになっているが、『BAR レモン・ハート』なのです」と栗林さん。


「僕が接客の上で気をつけているのが、酒屋はコーディネーターであれ、ということ。
コーディネート、つまりお客さん一人一人にマッチするお酒を勧めるということです。


評価が高い、稀少性がある、高くていい酒。
選び方の基準は色々あると思うのですが、酒屋としては世間的な評価よりその人のその瞬間にグッとくるお酒を勧めたい。


評価がどうであれ、その一杯を飲んだ時にその人の気分や過去の思い出とリンクして、一生忘れられない体験になる……。
それが『その人にフィットする』ということだって、そういう世界観を古谷先生に教えてもらったように思います」

田中屋店内で「BAR Rモン・ハート」がオープン!

以前は栗林さんも世間的に「立派な」酒ばかりを売っていたという。
もしかしたら、ジョニ赤をばかりを飲んでいるような人にマッカランを紹介したこともあったかもしれない。


「『BAR レモン・ハート』ってウンチクが詰め込まれたような漫画ですが、実は普通のお酒も登場するんです。
先生の、『誰もがおいしいという立派な酒が、みんなを幸せにするわけではない』というメッセージを感じますよね。
酒は嗜好品であって、薬じゃない。
飲み手に喜んでもらってなんぼなんです。
それを履き違えないようにしたいですよね」


最近はスコットランドの蒸溜所を訪ねるという企画でテレビ番組にも出演した栗林さん。
田中屋といえばバーテンダー御用達の酒屋だが、そういう事情もあってか、さまざまな人が足を運んでくれるようになった。
相手がプロではないときこそ、コーディネーターの手腕が問われる。


「番組の収録時にはミドルカットの話までしたのですが、オンエアでは案の定、バッサリとカットされていました(笑)。
こんな時、自分たちの好きなものを広くアピールする難しさを感じます。


僕らはボトラーズ云々というものすごくマニアックな世界にいて、一方でウイスキーに全く興味がないという人が世間の大多数なわけです。
ウイスキーはともかく、スコッチといった時点で途端にとっつきにくく思われる。


ボトラーズの話で盛り上がるのも大好きなんですが、それではあまりに広がりがない。
未来のため、外の世界に広めることを考えたら『詳しい』よりも『楽しい』、『わかりやすい』が大切なんだって、改めて実感しました」

尊敬する古谷三敏先生の原画を預かって。

嗜好品とは楽しいもの。
その真髄を忘れてはダメだと自らを戒める。
「自分のクラスメイトを思い出してみてください。
1クラス40人くらいとして、シングルモルトを知っている人はせいぜい2、3人。
一歩業界を離れてみたらそんなものです。
僕たち酒屋はそういう現状を忘れてはいけない。
逆に、わかりやすく面白く伝えることができれば残りの30数人をファンにする可能性もあるってことです。
それはものすごく大きなポテンシャルですよね」


音楽好きの栗林さんによれば、「ギターが上手いヤツは腐るほどいるけれど、その中で売れるのはほんのひと握りって、よくリリー・フランキーさんが言うんです。
その中で長く売れ続けるアーティストたちというのは、僕たちが参考にすべき要素を持っている」。

アイルランドの小さなま、ゴルウェイではグラスを片手にストリートライブに耳を傾けた。こちらは栗林さんが心を掴まれたというGALWAY STREET CLUB。

「音楽がわからない人にもなじみやすいキャッチーなメロディを奏でつつ、コアな音楽好きを刺激するマニアックなフレーズも乗せてくる。
これからのお酒の世界には、マニアックなだけじゃない、『キャッチーなメロディ』もすごく大事になってくるんじゃないかな」


そういう意味で田中屋はあえて、「酒屋っぽくない作り」を意識している。
他の酒屋を見にいくこともほとんどない。
参考にするのはレコード屋や本屋、ミニシアターや雑貨屋など。
「楽しさ」を求めて人が集うスポットなのだ。


「そういう意味で、先日出かけたアイルランドは良かったですね、音楽と酒が密接で。
みんなが自分なりの楽しみ方を知っているんです。
ストリートバンドの演奏を、みんながグラスを片手に聞いていて、踊ったり口笛を吹いたり、ものすごく盛り上がっていて。
体にいいものではなく心にいいもの、これがないと世の中でやっていけない。
そんな、酒の楽しさの原点を見た気がします」

栗林さんが応援する造り手の一人、オー・ド・ヴィーのジャン=ポール・ミッテさんの来日セミナーを、インポーターと共催した。その模様はまた近日!

30年前、次々と新しいシングルモルトが現れて「ワクワクしていた」と栗林さん。
アイラモルトを輸入して、もちろん全く売れなかったけれど、ごくたまに売れると心底嬉しかったことを思い出す。
いままた、ワクワクさせてくれるこの時代は「ホップ・ステップ・ジャンプ」でいう「ステップ」の位置にいるのではないか、と。


「ロイヤルサルートやジョニーウォーカーを飲んでいる人に次にお勧めするなら、マッカランやグレンリベットですよね。
いきなりアイラじゃない。
ホップからジャンプには飛ばないんです、まずステップがないと。
僕たちが考えることは、いまの時代にどんな『ステップ』を作れるかってこと。


嗜好品は優しいものだから、酒屋はハードルを高くしてはいけない。
バーは、お客さんを三振に打ち取るのではなくて、ホームランを打たせてあげなくてはいけない。
そうやってお客さんを育て、お客さんに育てられ、酒のシーンは成熟していくんじゃないかな」

SHOP INFORMATION

目白田中屋
東京都豊島区目白3-4-14
TEL:03-3953-8888
URL:http://tanakaya.cognacfan.com

SPECIAL FEATURE特別取材