英トップバーテンダーが語る、
ジャパニーズウイスキーの魅力。
<前編>

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英トップバーテンダーが語る、
ジャパニーズウイスキーの魅力。
<前編>

#Pick up

トリスタン・ステファンソン by「Fluid Movement」

昨年上梓したカクテルブックが好評の、イギリスのトリスタン・スティーブンソン。次作のウイスキー本執筆のため、ロンドンからはるばる来日した彼を直撃!秩父蒸溜所への取材に同行、逆取材させてもらった。

文:Ryoko Kuraishi

来月リリースされる待望のウイスキー本、『The Curious Bartender: An Odyssey of Malt, Bourbon & Rye Whiskies』はただいま絶賛、予約受付中。

昨年リリースしたカクテルブック、『The Curious Bartender: The Artistry and Alchemy of Creating the Perfect Cocktail』が高く評価されたトリスタン・ステファンソン。
ウイスキーをテーマにした次作、『The Curious Bartender: An Odyssey of Malt, Bourbon& Rye Whiskies』の発刊も間近に控えている。


トリスタンはイギリスのコーンウォール出身、名店「パール」を立ち上げ、オーナーバーダンテーとして活躍していたトップバーテンダーだ。
現在、「パール」からは離れてしまったが、ショーディッチにある「ウィストリング ショップ」のオーナーであり、コーンウォールに開いた「サーフサイド カフェ」ではディレクターを務めている。


トリスタンは「ブルー・トマト・カフェ・バー」、ジェイミー・オリバーの「フィフティーン・レストラン」で修業の後、「リッツホテル」のバーでカクテルおよびフードペアリングのキャリアを積んだ。
故郷・コーンウォールの観光プロジェクトのため、アラビカコーヒー豆の栽培・ローストを行っていたこともあり、2009年の英国バリスタチャンピオンシップでは3位に輝いている強者だ。
現在はトップバーテンダー、バーおよび飲食店のコンサルタンとして、パートナーらとともに設立した「Fluid Movement」でさまざまなジャンルの飲食業に携わっている。


次作の取材のため日本を訪れたトリスタンを直撃、彼の蒸溜所取材に同行し、かつインタビューを行った。
日本のウイスキーは海外でどのように評価されているのか、どんな点に興味を引かれたのか。
トリスタンに率直に語ってもらおう。


「本当は世界中のウイスキーを取り上げたかったけれど、ページ数には限りがあるし、あらゆるウイスキーを網羅している本は他にもある。
ならば僕は、自分なりの視点でチョイスした個性的な蒸溜所を紹介しようと思った」とトリスタン。
次作ではスコットランド、アメリカ、そして日本のウイスキーを取り上げるという。
日本の蒸溜所を取材したのは今年4月のことだ。


日本をピックアップした理由?
ご存知のように、日本のウイスキーは世界中のマーケットで高く評価されている。
スコッチ、アメリカンときたらジャパニーズウイスキーをとりあげるのは、僕にとってはごく自然な考え方だった。


もともと日本のウイスキーは、バーテンダーをしていた時から好んで使っていたんだ。
そもそもは付き合いのあるインポーターとの『ところで、日本のウイスキーってどうなの?』という会話がきっかけで。
興味半分で日本のウイスキーを取り寄せてテイスティングしてみたところ、予想以上においしくて『これはイケる!』という話になった。
ちなみに、そのウイスキーは山崎だったんだけどね(笑)」

熟成庫では樽の鏡板の文字まで丁寧に確認しながら撮影。カメラからスマホに持ち替えて、気になった樽については記録したりと、カメラとスマホを駆使して取材していた。

「それはともかく、数々の受賞歴はもちろん、ヨーロッパのアイデアを自分たちの気候、風土に即して進化させ、オリジナルのものにしているという点でジャパニーズウイスキーは多くの人に注目されている。
僕は日本の蒸溜所を取材することで、ウイスキーのアプローチの背後にある日本人らしいメンタリティを探りたいと思ったんだ」


現在国内で稼働している8カ所の蒸溜所の中から彼がピックアップしたのは、秩父蒸溜所、山崎蒸溜所、そして白州蒸溜所。


「今回はスコットランドやアメリカの蒸溜所も訪ねたが、一貫して『ストーリーのある蒸溜所』を取材対象に選んだ。
たとえばその国最古である、あるいは最新である、他でやっていない手法を取り入れている、など。


その点、山崎は日本最古だし、秩父は最新。
そして山崎と白州は似ていると思ったから、あえてピックアップした。
この2つの蒸溜所は、スタイルは似ているけれどモルトのテイスティングは全く異なるよね。
それはやっぱり風土の違いによるものなのか、両者を取材することでその違いを明確にしようという意図があった」


来日してすぐに向かったのは山崎蒸溜所だった。
こちらでは思いがけず、チーフブレンダー福與伸二さんに案内してもらうことができたという。
その翌日には秩父へ。
残念ながら肥土伊知郎さんと対面することはかなわなかったが、チーフマッシュマンに取材することができた。
そして最終日は白州へと出向いた。
今回、どりぷらが同行させてもらったのは秩父蒸溜所取材である。
およそ5時間に及んだトリスタンの取材風景をご紹介しよう。

ウォッシュバックでは門間さんにポーズをとらせたのち、自身もしっかりと発酵の様子も観察する。

来日時点でアメリカ、スコットランドでおよそ60カ所の蒸溜所に赴いたというトリスタン。
秩父ではチーフマッシュマンである門間麻菜美さんに蒸溜所内を案内してもらい、その説明に耳を傾けながら著書のための写真撮影を行っていた。


秩父蒸溜所にはフロアモルティング棟(大麦を発芽させる麦芽製造のための棟)がある。
スコットランドでもいくつかの蒸留所でしか行われていないフロアモルティングが秩父で行われているということは、トリスタンにとっても大いに興味を引かれる点だった。


門間さんに「今やってるの?」「次はいつごろやるの?」と矢継ぎ早に質問をしたところ、門間さんが「今見に行かれますか!じゃぁ鍵取ってきます!」と、中を見学させてもらえることに。
通常は棟内の公開はしていないだけに、トリスタンは「ラッキー!」と嬉しそう。


真剣な表情でこれまで何度、どれくらいの量のフロアモルティングをしていたかを尋ねる。
使われている麦芽が秩父と行田で育てられている地元麦芽と聞くと、「行田ってどうスペルするの?」とメモをとる。


「その地元の麦芽で蒸溜されたものが今、熟成中なんですか?」(トリスタン)
「UK産の麦芽を蒸溜したものと合わせて樽の中に入っています」(門間)
「将来、100%地元産のウイスキーを造る予定はある?」(トリスタン)
質問しながらスマホに何かを打ち込んでいく。
彼の取材ノートはスマホなのだ。


「どのような形になるかはわからないけど、将来的にはそういうものも作っていきたいと思っています。
今度、1トンの麦芽を乾燥できる機械を入れました。
これまでは量を確保できないという事情もありましたが、設備面でもせいぜい60kgぐらいの少量しか乾燥させられない状況だったんです。
が、これからは多くの麦芽を仕込むことができます」(門間)
「このモルティングフロアは多くの麦芽に対応できるようになっているってことかな!?
だって、一回に仕込める60kgって、ちょうど僕の体重くらいじゃない?(笑)」(トリスタン)

同行者から離れ、目の前にある数多くのサンプルを丹念にチェックする。

ここで、新しい乾燥用の機械を見に行こうということになり、キルン(乾燥棟)へ移動する。


新しく導入した、麦芽を乾燥させる機械を見ると「へぇ〜、これはとても小さいタイプだねぇ」と感心しきり。
こんなに小さなタイプは初めて見たという驚きが伺える。


「モルトの充填なんかは全部手作業なんだろうね」との問いかけに対し、
「そうです」と答える門間さん。
機械が広島製であることをメモ。
「これまでの麦芽の乾燥はどういうものを使ってたの?」(トリスタン)
「もっともっとちっちゃいやつです」(門間)
「あぁ、とってもちっちゃいヤツね、ヘアドライヤーみたいなんでしょ?(笑)」(トリスタン)
「冷蔵庫みたいな感じです、見てみますか?」(門間)


それ以前に使用していた乾燥機を見に行くと、これもやはり珍しかったようだ。
乾燥機を設置した部屋はとても狭かったのだが、壁に体をぴたりと寄せて多くの写真を撮っていた。


お次は発酵工程だ。
発酵時間の確認、酵母の確認、ウォッシュバック容量の確認。
どこの蒸留所でも確認していた質問事項を投げかける。
ここで「3カ国から仕入れている麦芽の比率は?」との鋭い質問も。
その後、ウォッシュバックの中の様子を見るため門間さんが蓋を開けると、「その蓋を開けている状態でちょっと止まってて」と、その職人らしい姿を写真に収める。

熟成庫では樽の種類の在庫比率や、材質などを矢継ぎ早に門間さんに質問する。
「ここにある中で一番古いモルトは?」と尋ねると、しばし考えながら門間さんが発した言葉は「羽生……」。
この言葉を聞き逃さなかったトリスタン、「ここには羽生で蒸留されたものもあるの?」と興奮気味だ。
「これはたぶん羽生です」と、門間さんが一生懸命探して該当の樽を見つけてくれた。
「おーーーーっ!羽生!」と嬉しそうなトリスタン。
ダンネージ式熟成庫の一番下に置かれた樽を、自身もしゃがみこんで何枚も撮影する。


やっぱり羽生に興味ある?と聞くと「そりゃあ閉鎖蒸溜所だからね。それだけで興味深いと思わない!?」。
「そういう意味ではブローラだとか他にも多くの閉鎖蒸溜所には興味をもっているよ。
ブローラは先日、取材にも行ったんだ」と、その訪問もとても興味深かったことを話してくれた。

、ウイスキーつくりの工程を熟知しながらも、秩父蒸溜所ならではのやりかたを丁寧に取材する。

テイスティングルームに並ぶたくさんのボトルを見ながら、「これはいついつ発売されたものでしょ!」とか「これも知っているけどテイスティングはしたことがなくて」、「このボトルは持っているけど、開けずにキープしてるよ。将来、高く売るための投資としてね(笑)」など、やはりこれまでリリースされた多くのボトルを知っている。


実際にテイスティングを行ってみた。
トリスタンが最初に手をつけたのは、“カードシリーズ クローバーの4”。
数年前にリリースされたもので今や入手不可能、とても評判のよかったボトルだ。
門間さんも「流石ですね、お目が高い」と感心。
また今、一番話題であるカードシリーズ完結の“ジョーカー”についても、「こにはあるのかい?白黒ジョーカーは見るだけでもいいから」など、以前からチェックしていたようだ。


いくつかのテイスティングを重ねて次に手にしたのが、蒸溜所限定のテイスティングアイテムとして置いてある“秩父 リフィルホグスヘッド2010”。
2013年に12本だけボトリングされたこのウイスキーをテイスティングするやトリスタン、「3年という最低限の年月しか寝かせていないものなの?これが!?」と、思わず絶句。


もっと熟成感を感じるのか聞くと、
「その通り。
ニューポットのような特徴はとてもわずかで、ホグスヘッド樽からの良いフレーバーも感じることができる。
樽がリフィルであるにもかかわず、たった3年ここまでのテイストになるなんて本当に素晴らしい」と感嘆する。
この言葉には門間さんも嬉しそうだ。
終いにはトリスタン、「皆が見ていない間に持って帰っちゃおう」と、思わずボトルを抱えてみせるほど気に入ったようだ。


後編では山崎、秩父の取材を終えたトリスタンに独占インタビュー。
果たして今回の日本取材は、トリスタンにいかなる視点をもたらしたのか。


後編に続く。

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63 Worship Street
London
URL:http://www.fluid-movement.com

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